Chocolate war    深山椿様




 「ちわーす」
 挨拶をしながら,いつもより疲れた言い方になる自分に,鳳は吐息を漏らす.
 今日は,ヴァレンタイン.
 レギュラー入りをした事もあってか,去年よりもいっぱいチョコをもらった.
 ありがとう,と笑って答えることは苦ではないけれど,その回数が多かったのでさすがにまいってしまう.
 しかも,鳳にとっては本命ではないわけだし.
 さらに.
 「・・・いっぱいもらったな,長太郎」
 鞄とは逆の手に大きめの紙袋を提げている自分に,本命である宍戸は目を丸くしてそんなコメントを言ってよこすし.
 それは,宍戸が,まるっきり,自分がそういう対象ではないと言外にこぼしているようなもので.
 「はぁ」
 がっくりとして,鳳はうやむやな返答をしか,できないのである.
 
 
 だん!
 「?誰だぁ」
 いきなりクラブハウスの扉から強い音が聞こえた.
 宍戸も鳳もその,乱暴な叩きかたに,眉根を寄せる.
 だだん!
 蹴ってるのか・・・
 どちらかというと下の方から聞こえてくるそれに,舌打ちをする.
 「ったく,誰だよ,一体」
 この場に跡部が居合わせなくてよかったと,思う宍戸である.
 「あ,宍戸さん,俺が」
 「いいよ,おめぇは荷物片づけろよ」
 鳳をいなし戸口に向かう間も,ノックとは言い難い音は続いている.
 「はいはいはい,一体誰だってんだ」
 一発殴ってやる,と宍戸は思う.が.
 「遅い!」
 扉を開けた途端,頭ごなしに怒鳴りつけられた.
 言葉通りに仁王立ちしているのは跡部である.
 「早く開けねぇか!」
 「自分で開ければいいだろうが!」
 蹴ってんじゃねぇと,歯を剥く宍戸であるが,同じ勢いで跡部が言い返された.
 「出来ねぇから,言ってんじゃねーか」
 見やがれと,ズイと入ってくるその跡部の両手には紙袋である.綺麗なラッピングがあふれんばかりに詰め込まれている.
 今日は,ヴァレンタイン・ディ.
 好きな人にチョコレートを渡す日である.
 有名になると,不特定多数より,多くもらうことになる.
 例年のことだが,跡部はいっぱいもらったらしい.
 「レギュラー」という肩書きの威力を悟らされる瞬間である.
 跡部の試合に現れる破壊的な性格とかを知らなければ,格好良いテニスプレーヤーである.一応全国区レベルだし.基本的には義理チョコはもらわない主義の宍戸にだって,下駄箱や机にこっそりと入れられているのだ,きちんともらう彼ならば,そりゃあ,一山ぐらいできてもおかしくはない.
 「持って帰れんのか,それ」
 樺地に荷物持ちをさせているのは性格的な問題で,あんなえげつないサーブを打てるほどなのだ,力はある.が,そのチョコレートの山は重さよりも嵩ががあって,長時間の持ち運びには苦労しそうである.
 「まったくだ.帰る前に整理するしかねーな」
 「だろうな.って,おい.あっちのも全部お前のか?」
 運ぶ方法を考えているのだろう跡部に同意しながら,壁際に置かれた紙袋に気付き,宍戸は目を剥く.
 「あぁ?」
 怪訝そうに宍戸の示す先を見て,紙袋の種類を確かめてから,跡部は首を振る.
 「それは忍足のだ」
 あっさりと,事も無げに言って返す.
 「ふーん?」
 宍戸は,いささか拍子抜けする.
 跡部と忍足が付き合っていることを知っているのは一部の人間だけで,宍戸や鳳はその数少ないうちの二人だ.
 けれど,噂話に興味を持たない性格もあるだろうが,本人からその事実を知らされていなかったら,自分は気付かなかったのではないかと思う宍戸である.
 どう決めたのかは知らないが,彼らの学校生活ではその片鱗すら見いだせない.
 けれど,お互い,たとえそれが義理チョコだろうが,気にならないものだろうか.
 「なぁ,お前,渡すのか?」
 「へぇ?」
 目的語がまったく抜けている宍戸の問ではあったが,跡部は面白そうに目を瞬かせる.
 「なんだ,お前も誰かに渡したいのか?」
 「ちっ,違うって!そう言うことじゃねぇだろ!」
 言い返しながら,顔が赤くなるのを感じる.
 側で聞いていた鳳も,手にしていたボールを落としそうになる.
 「そうか?」
 事ある事に宍戸をからかう跡部だが,今は突っ込むつもりはないらしい.にやにやと笑いながらも,それ以上は何も言わず,着替え出す.
 「で,どうなんだよ」
 「渡すぜ」
 跡部は綺麗に笑ってみせる.
 
 
 「あいつは,俺のが欲しいはずだからな」
 
 
 揺らぐことのない,自信.
 なんだか圧倒された.
 なによりも,跡部の,あまり見かけない幸福そうな笑みに,宍戸は羨望を覚えた.
 だから.
 「そっか」
 わざと気のない返事を返しラケットを片手に戸口にむかう.
 「長太郎!先,言ってるぞ」
 「あ,待ってくださいよ,もう,俺も準備できましたから!」
 二人の会話を聞き入ってしまったために,すっかり手が止まっていた忍足は,慌ててロッカーに出したままになっていた荷物を突っ込み出す.体格の割に動きはスポーツ選手らしくなめらかな方だが,それでも余裕もなくばたばたと動く様子は騒々しい.
 跡部に当てられてしまって,なんだか自分でも判別のつかない心によどむ感情が,鳳を見ているとすこしはかき消されていくような気がする.
 「急げよ〜」
 冗談に,わざと急かすと,がばっと顔を上げて,真っ直ぐ宍戸を見る.
 「すぐッスから!」
 おいていかないでと,縋るような犬の眼差しで.
 本気で言っているわけではない.
 鳳だって,宍戸が待っている事ぐらい,わかっている.
 だから,これはちょっとした悪ふざけだ.
 つい,笑ってしまう.
 けど,鳳は紙袋いっぱいのチョコレートをもらうほどもてる後輩で.
 こうして自分に懐いてくれている今が,楽しいけれど.
 ダブルスを組んでいるから一緒にいる時間は長かったけど.
 けれど,それは自分が無理を言って特訓に付き合ってもらったから始まった関係なのだ.
 鳳はいつも,自分の我が儘を許してくれる.
 逆に,宍戸が鳳にしてあげられたことなど,何もない.
 そんな一方的な関係だから.
 たとえば,鳳は,あのチョコレートをくれた,誰かに応えるなら.
 こうして側にいるのは自分ではなくなるのだろう.
 そう言えば,随分と親しくなったはずなのに,聞いたこともなかったと気付く.
 鳳には,好きな人がいるのだろうか.
 「宍戸さん?」
 「っっ!!」
 顔を上げた宍戸は,目前の鳳のアップに動揺する.ちょうど思い回していた相手であったので,感情がセーブできない.
 「どうしたんです?」
 宍戸の心情を知らない鳳は逆に,そんな宍戸を逆に気遣う.
 「いや,何でもねー」
 「宍戸さん?」
 俯き,自分から目を反らす宍戸.
 その姿が寂し気で,鳳はたまらない.
 自分が側にいて,そんな顔をされるなんて.
 「おかしいですよ?俺,なんか気に障ること,しましたか?」
 だから,つい,しつこいとわかっていても,問いつめてしまう.「宍戸さん?」
 「・・・・・・お前」
 「はい?」
 「好きな奴とか,いんのか?」
 「!」
 鳳は返す言葉に迷った.
 もし,宍戸が尋ねてくるとすれば,こんな感じの打算も策略もない言い方だろうと予測していたが.さすがにこのタイミングで聞かれるとは,思ってもみなかったので.
 自分の読みもまだまだ浅い.
 「・・・・・・います」
 考えあぐねたあげく,そう,答えた.
 「そっか」
 「宍戸さん!」
 「ん?・・・あぁ,悪ぃな,プライベートなこと聞いて」
 「いや,それはいいですけど」
 「さっきさ・・・」
 「はい?」
 「さっき,ちょっと,羨ましかったな」
 跡部が,と照れくさげに笑ならが,鳳を見上げる.あいつらしくて,めちゃめちゃ偉そうだったけどよ,と鼻の脇をかく.
 「俺もそう思いました」
 言ったらまずいかもしれない,思いながらも口を衝いて出た内容に,鳳が頷いたことに宍戸は驚いた.
 自分と同じように鳳が感じているとは,思ってもいなかったので.
 「そう,か?」
 「あんな風に,お互いが信じられるのって,いいですよね」
 「うん」
 きちんと説明していないのに,自分の思ったことをそのまま言葉にして鳳が返してくれたので,宍戸は嬉しくなる.
 
 
 
 あんな風に,好きだと言って欲しい.
 
 
 
 
 
 あんな風に,好きだと言ってみたい.
 
 
 
 
 
 たとえコート整備が下級生の仕事だといわれても,現状,最後に引き上げるのはレギュラーメンバーズである.
 「よぉ,お疲れサン」
 クラブハウスに戻ると,練習には顔を出さなかった忍足が宍戸らを出迎えた.昼間,委員会が長引きそうだとぼやいていたところからして,クラブハウスまで来たもの,練習するには間に合わないと判断したのだろう.
 「コート,閉めてきました」
 宍戸の後を追うように戻ってきた鳳が,忍足と向き合うように座って日誌を広げている跡部に報告する.
 「あ,忍足先輩,凄いッスね〜」
 テーブルにはチョコレートの山が幾つかできている.
 「何してんだ?」
 「チェック.来月返さなあかんやん」
 宍戸の問に,当然とばかりに忍足が答える.「全部持って帰るにしても,忘れる前に名前と品物を見とかんと」
 「義理なんだろ?」
 これだけの数に返礼していたら費用もかかるだろうに.
 「義理だから,なおさらや」
 挨拶代わりみたいなもんだから,と説明される.
 「まあ,もらったら返さねぇと,悪ぃよな」
 「そうそう」
 ちょっとニュアンスが違うと思う忍足だったが,それは感覚の違いでもあるから,敢えて,宍戸への説明はよすことにする.
 「そこの,上手いですよ」
 何気なく手を伸ばした跡部が掴んだ小さな包みに,鳳が言う.
 「知ってるのか?」
 「前にもらったことあるんですよ」
 「ふうん」
 「跡部,見せて」
 興味を持った忍足の手が跡部の腕に伸びる.跡部の腕ごと引き寄せて,その話題のチョコを見た.
 「ああ,ここな.うまいで」
 知っているメーカーなのだろう,忍足も頷く.そして腕を掴んだまま,跡部を見遣る.
 「今度,買ってくるから」
 つかの間驚いたように目を大きくし,そして跡部はそっけなく頷く.
 「・・・ああ」
 それは一瞬.
 跡部の緩んだ雰囲気に,鳳は息をのむ.
 
 
 
 
 シャワーを浴びた宍戸が戻ってくると,今度は鳳が整理を始めていた.
 「・・・せやから,どうしてもきちんと返さなあかん相手のはまず,わけとくんや」
 「ええ,それはしました」
 ちらりと宍戸と視線を交わし微笑んだ鳳は,忍足との会話に戻っていく.
 どうもホワイトディ対策らしい.
 「で,その後は,値段やな」
 「やっぱ,リストはつくんないといけないかもしれませんね」
 溜息をつきながら,広げたプレゼントの山を見る.
 「去年はどうしたんや?」
 「別に.こんなにもらいませんでしたし.それに,返礼するって感覚,なかったんですよ」
 幼かったんですと,頭を掻く鳳を忍足が興味深げな視線で,先を促す.
 「昔っからもらわないことがないから,もらえるのが当たり前で.お返しをするって発想がなかったんですよね」
 返さなくて,余計な噂まで飛んでしまった.
 「サイアクやな」
 忍足もあきれ顔である.けれど,なんだか鳳ならあり得るのかもしれないとも,納得する.
 「去年はまいりました」
 だから,今年はきちんとするつもりなのだけれど.
 「せやな.まぁ,そう,力まんでもいいとは思うけどな」
 鳳の去年の行動は,非難される事ではないのだと思う.
 少女たちがくれるチョコレートを,純粋に好意として受け取っていけば,あり得る話だ.返礼が前提条件であるとうがったものの見方は,逆に中学生らしからぬとは言わないか.
 「・・・・・・しかし,お前んのは,手作り系が多いなあ」
 値段もわかりにくい.
 「先輩のは高そうなの,多かったですよね」
 「イメージだろ」
 ビター系が多かった忍足である.
 イメージがあるのだろう.
 名前だけは知っていそうなメーカーの包みが中心だった忍足のと比べて,鳳がもらってきたのは,甘い香りがこぼれる,ラッピングも手製のものが多い.
 それに.
 「俺らは,付き合うてる奴がおるからな」
 忍足も,跡部も.
 彼ら同士が,そのような関係であるとは,知られていないけれど.
 けれど,独り身の鳳であれば,あわよくばという思いも女子にあるだろう.とすれば,気合いも入るとういうものだ.
 同じ義理や挨拶のチョコレートでも,含まれる意味は異なる.
 「手作りって,微妙ですよね」
 「ん?」
 苦笑まじりの鳳に,忍足は窘めるような色を眼差しに含ませる.
 「美味しいのもあるんですけど,時々,持って帰ると大変なことになってる奴とかあって」
 だから嬉しいけど,既製品のほうがもらいやすい気もするのだ.
 「あ,これ!」
 より分けている途中で,鳳は一つ取り出す.
 「これ,美味いんスよ!」
 嬉しそうにその小箱を取り上げる.いそいそとそれを別の場所に置き,他のチョコレートと混じらないようにする.
 「もう,やめろよ」
 宍戸は不意に耐えられなくなり,怒声を上げていた.
 「あ,もう帰りの支度できたんですか?すみません,すぐ終わりますから」
 「そんなんじゃねぇよ」
 鳳は,勘違いして,慌てて他のチョコレートを分け始める.だから宍戸は苛立つ.
 「お前に本気になる奴が,可愛そうだって言ったんだ」
 「え?」
 「くれる子たちはみんな同じじゃねぇか.それなのにそうやって,分けて!」
 困惑に曇る鳳に苛立つ.
 そんな顔をさせているのは自分なんだと気付いているから,なおさらだ.
 違うのだ.
 鳳を責めるつもりなんてない.
 それは義理チョコなので.鳳がしていたのは,単なる選別で.
 だけど鳳がそんな風に分けていることが,たまらないのだ.
 
 
 鳳は混乱する.
 自分がしていることは,さっき忍足もしていたことだ.宍戸は,好んでいるわけではなさそうだったけど,でもこんなに感情的にはならなかったのに.
 どうして,自分にはこんなに怒るのだろう.
 その理由は?
 「なんか,宍戸さん・・・」
 まるで.
 それは.
 「嫉妬しているみたいですよ」
 鳳は覚えず,そのまま思ったままを口にしてしまう.
 「な・・・に・・・」
 宍戸はギョットする.まるで金縛りから解けた直後のように,よろめいて,ロッカーに背をぶつける.
 その動揺する様に,鳳はあながち当たっているのではないかと,思う.
 「違う・・・俺はっっ」
 「あの・・・」
 「来んな!」
 立ち上がる鳳を宍戸は制した.見つめられるのが,耐え難い.
 そして,いたたまれなくなって,逃げるように,その場から駈けだしてしまった.
 
 
 残され,鳳は茫然とする.
 「間抜け」
 手加減のない叱責に我に返る.
 跡部である.
 「けど・・・」
 「ほれ」
 忍足が何かを投げてよこす.反射的に受け取ったそれは,宍戸の鞄だった.
 「せんぱ・・・」
 「あそこまで,追いつめたんだ,なんとかしろ」
 「・・・はい!・・・・・・お先に失礼します!」
 鞄と二人を交互に見つめた鳳だったが,宍戸の後を追うように走り出した.
 
 
 
 
 
 「宍戸さん」
 探しまわって,やっと見つけた宍戸は,鳳の視線を避けるようにまた,駆け出そうとする.
 「うわっ,ちょっと!逃げないでくださいよっっ」
 「離せっっ,俺は帰る」
 鳳に掴まれた腕を解こうと,宍戸は自分の腕を力一杯振る.
 「帰るったって,定期も財布もないでしょうが!」
 鳳は預かってきた宍戸の鞄を見せる.
 その事実にすら気付かなかった,宍戸は失態にほぞをかむ.
 「どこ行くんです!」
 「歩いて帰る」
 どこまでも強情な宍戸に,鳳は溜息をついた.体格差があるといっても,手加減していたら逃げられてしまう.鳳は卑怯と言われそうだなと思いつつも,宍戸を羽交い締めた.
 「話があるんです!」
 「俺にはねぇ!」
 「聞いて下さい!」
 「嫌だ!離せって,卑怯だぞ」
 「それはわかってます」
 「なんだそれ,ムカツクぞ」
 ムキになっても,鳳の力にはかなわない.冷静な返答が,一層宍戸を煽る.
 「いいから!」
 終いには,引きずられるように,近くにあったベンチに座らされる宍戸である.
 「これ,受け取ってください」
 「あぁ?」
 おもむろに突き出された,コンビニのビニール袋.
 押しつけられるように受け取らされた宍戸は,中身をみて息をのんだ.ラッピングされた細長いものが入っている.この時期に,この風体と言えば,中身はもう一つだ.
 「受け取ってください」
 「長太郎?」
 「俺の気持ちです・・・・・・・・・わかりますよね」
 唖然と,包装されたチョコレートを見つめた宍戸は,頭上から振ってきた告白に,びくりと身体を揺らした.それはもう,みっともないほどに.
 混乱.喜悦.困惑.
 懐疑.
 「な・・・に,言ってんだ・・・冗談」
 「冗談なんかじゃありません」
 即効否定されて,宍戸は色々入り交じる中でも,鳳の言うことを好い方に解釈しそうになる自分がいる.
 期待しそうな自分がいる.
 けれど.
 それは,絶対に違うはずなのだ.
 「じゃぁ・・・」
 「宍戸さん?」
 「じゃぁ,俺を馬鹿にしてんのか!」
 「何・・・・・・言ってんですか?」
 睨みつける宍戸は,もともときつい顔立ちだがら,なおさら獰猛な感じなのだが,小作りな為,迫力に欠け,逆に鳳は魅入ってしまいそうだ.
 「だってそうだろう!好きだとかっっ,そんなこと,お前が俺に言うわけないだろう」
 「どうして,そんなこと言うんです?」
 鳳は歯がみする.
 この宍戸の頑なさは一体なんだろう.
 好きだという言葉すら,受け入れようとしないのは何故だろうか?
 「・・・・んで」
 「え?」
 「なんで,俺なんだ?」
 「何もかも」
 無茶な特訓をするような,がむしゃらなところも.
 策を練ることをしない,一本気なところも.
 傷ついても,同じ傷を負うと知っていても,真っ直ぐに前に進んでいくようなその性格が.
 「あなたが,好きです」
 宍戸の手を取り,鳳はそっと,手のひらに唇を寄せる.
 いつかは離れていくだろうと,諦めていた.
 だから,突然訪れた幸福に,宍戸は戸惑ってしまう.
 激ダサだ・・・・・・
 好きなのは自分なのに.
 それなのに,自分を好きだという相手を信じ切れない自分は.
 
 
 眩暈がしそうだ.
 「宍戸さん」
 「・・・・れは・・・・・・ない」
 「え?なに?」
 鳳は必死である.「聞こえないです.なんですか?宍戸さん」
 「俺はっっ.お前に何もしてやれてない」
 我が儘を言うばかりで,自分のしたいことを言うばかりで,鳳の望みを聞いたことがない.
 驚く.まさか,そんな風に宍戸が考えていたとは思ってもみなかった.
 「・・・・じゃぁさ....ねぇ,宍戸さん」
 
 
 こっちを見て.
 鳳が宍戸を促す.
 ベンチに座る自分の前に膝をつく鳳が,互いの呼吸すらわかるほど近くで,自分を見上げている.
 懇願するような,熱っぽい,眼差しで.
 「俺を,好きになってよ・・・・」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「宍戸さん,返事は?」
 「バーァカ.バレンタインの返事はホワイトディって決まってんだろうが!」
 「は?」
 よくよく見ると,宍戸の顔は真っ赤で.
 「・・・・・・顔,赤いですよ」
 「っつ・・・・っせーよ」
 思わず,宍戸は顔をこする.
 「や,擦っても・・・・・・傷つけちゃいますから・・・・・・って,えぇ!」
 「ど,どうした」
 宍戸の両手を顔から離させようとする,妙な余裕を感じ去る鳳で,それが悔しくてむやみに力勝負をしてしまう宍戸だったが,いきなりショックを隠せない声を挙げるから,照れていたことを忘れてしまう.
 「酷いッス」
 「はぁ?」
 唐突な糾弾に,宍戸は怒るよりも面食らう.
 「ホワイトディって来月ッスよ!」
 立ち上がり,座ったままの宍戸の前で,両拳を握りしめて叫ぶ鳳.
 「・・・・・・そうだな」
 そりゃあ,ホワイトディだから.
 「俺にそれまで待ってってんですか!」
 ああ,なるほど.
 「そうだ.待てよ」
 宍戸は立ち上がった.
 歩き出す.
 「早く来いよ!帰ろうぜ」
 「宍戸さ〜ん」
 「早く!・・・・・・いつまでも言ってんじゃねぇよ.激ダサだぜ?」
 振り返り,宍戸は鳳に笑う.
 もう,答えは決まっているけれど.
 
 
 どうやって,伝えようか,この気持ちを.