春の先触れ   サハ様




ふわりと鼻をくすぐった香りにルークはててっと廊下に転がり出る。友達とでかけて飼い主が不在の今、彼を引き止めるものはない。好奇心にはちきれんばかりにピンとはったしっぽと耳が、その興奮具合を余すところなく伝えていた。
彼にとって幸いなことにガイも不在。「ルークルーク」と小うるさいほどに追い掛け回すものがいないので、アッシュも出かけたといえる。
香りにつられて階段を一段いちだん慎重に下りる。一歩間違えば真っ逆さまという油断できない状態だ。
ていっと一階にたどり着いたときのルークの顔には、何かやり遂げた者だけが持ちうるものがあった。ふぅと拳で額を拭う姿を見たら、アッシュは真顔で撫でなでし、ガイはカメラを取り出して激写していたことだろう。しかし二人とも不在なのでそれもない。
なので特になにがあるわけでもなく、ルークは匂いを追いかける。尻尾をふんふん振り回し、耳を右左右左と忙しなくセンサー代わりにして。視線も当然のように落ち着かない。

「父上と母上もいない?」

キッチンとリビングを覗き込んでいつもそこで誰かしらいるのに人の気配は皆無。ちょっと寂しいと自分の尻尾を掴んだルークは、それでも鼻をくすぐる香りに負けて右に左に追いかける。
誰もいないキッチンに入り込んで、椅子によじ登りテーブルの上に手をつける。
真っ白な紙に包まれた枝が。香りはそれから零れていた。ルークは顔を突っ込むようにして鼻を寄せて。

「花!」

いい匂いだと尻尾をはたはたさせる。触ってもいいかなと右を見て、左を見て、後ろを見て、誰もいないのを確認。
椅子からテーブルに完全移動。たし、と踏む足取りは楽しそうだった。そぉっと紙をはいで無骨な枝を一つ引っ張り出す。桜や桃にしては少ない数の蕾と、綻びだしている花。それを指先で突いて、匂いをかいでいるうちにすっかり楽しくなったのか片手に握ったままテーブルから飛び降りる。とぅっと言う勇ましい掛け声で着地したルークは、玄関の開く音で我に返った。


惜しい、もうちょっと早く分かっていたら枝を振り回すことなくいたのに。
不味い、そう頭の中で直感する。
テーブルの上のものに悪戯してはいけません、そういつも言われているのだ。
にぎっていた枝をそっと見る。短時間ではあるものの、振り回したせいで心なしくったり且つ蕾が若干減少傾向。

「ルーク?」

動き回っていた音が聞こえていたのか迷わず自分の名前を呼ぶのは大好きな飼い主だ。しかして今は逆に「はぅぅぅ」と緊張に身を硬くする。慌てて手にしている枝をぺいしそうとするも寸前に思いなおしてテーブルの上に逆行。椅子をよじ登り、紙の中に突っ込むことは難しいとそっと紙にくるまれた束の下に押し込みおしこみ、ちょっとペキッて音がしたけれど気にしない。いいや、気にする余裕がない!

「なんだここに居たのか」
「おっ、おかえり!」

びくぅっと、傍からみてもあやしさ満点な態度で振り返ったルークの耳と尻尾は緊張でがちがちだった。キッチンを覗き込んだアッシュにしても、怖ろしく不審なルークの態度に目をすがめ、テーブルの上の体を持ちあげる。視線の高さを等しくして。

「何してた」

ふぃと、顔がそらされる。相手の体を傾けまた。

「ルーク」

ふぃと顔が反対に。

「……素直にいわねぇとおやつは抜きだな」
「あああああああっ」

それは嫌だっ。アッシュの顔にぎゅうとしがみ付いていやいやする小動物に、飼い主さまは軽く笑って引き剥がした。その時、テーブルの上に気づいて、かつ一本だけが至極不自然に束下にねじ込まれているのを発見。くたびれきった風情の漂う梅の枝だ。まぁ、これのことだろう隠したのは。そう看破できるわけだが、本人の口から言わせるのが重要です。

「いい匂いがしたから、探したらそれがあって」

小さな指が枝を示す。

「枝引っ張り出したらなんか楽しいから」

振り回しちゃった。
へにょりと耳が垂れる。盛大に反省中なルークに、表情を変えないままで飼い主アッシュ興奮気味。ここで顔にだしたら某ガイと同じだと自制の塊だ。頑張れ。

「アッシュ怒る?」

うぐーと目にうっすらと涙をためて「おやつ抜きかなっ、怒るかなっ」とどきどきしている生物をどうして叱れよう。心を鬼にすればいいのかっ。いいんだなっだが無理だ!
直撃をうけたアッシュは、ため息をついて(自制の為に)テーブルにルークを座らせるとくたびれた一枝をルークに握らせた。

「母上が貰ってきたものだろう」

アッシュ怒っていないー? 不思議そうに首をくりんと傾げたルークが大人しく頷く。

「一本くらいならお前がもらってもいいんじゃないか?」

いい香りだしな。
髪をわしゃわしゃ撫でられて気持ちいいと目をつぶる耳族だ。アッシュは落ちてしまっていた梅の花を一つ摘みあげ、己が乱した髪を直すついでに差し込んでやった。



END




お誕生祝いにいただきました! 可愛い耳をありがとうございます〜v
この首を傾げた小動物にメロメロになりそうな飼い主もたまらんです。そしてやっぱり耳付きルークはちょっと頭が温かくてなんぼだと思います。