猫耳族誕生日   ゆいま様




「たんじょうび?」

 明らかに意味が分かっていない音で言い、首を傾げるルークの尻尾ははたはたと揺れていた。アッシュは、その様子に「やっぱりか」と軽く溜息を吐いた。

 未だ寒さは残るけれど、春の訪れを少し感じ始めた今日という日は、この小さな弟の誕生日だ。だが、当の本人は全く記憶していない。…そうだろうとは、予測していたことだけれど。

 アッシュとルークは、亜人種の中でも今や希少な有耳有尾の赤色猫人だ。
 元々は森で人の保護を受けずに暮らしていた。が、二人の母親がルークがまだ乳飲み子のうちに他界し、乳飲み子のルークを抱えて、賢いけれどまだ子どものアッシュを密猟者から守りながら生活することに限界を覚えた父親が人の保護下に入ることを決断した。
 その日から、アッシュは父とも馴染みが深かった人間―ファブレ公爵の元に引き取られることになり、現在に至る。
 だが、ルークは未だ幼いということもあって、暫くは父親と一緒に猫人の保護施設で暮らすことになっていた。だが、施設内に密売組織に通じる人間が入り込み、ルークは攫われてしまい、それを追って出た父共々行方知れずになってしまった。
 ―それが、二年前までのこと。

 アッシュは父と弟の行方を捜して探して、二年前、ケセドニアの裏路地で暁色の髪と、白い耳と尻尾を持ったルークを見つけた。その日は丁度ルークの誕生日の、今日で。
 アッシュはルークが消えてからついぞ信じたことのない神という存在を信じそうになったものだ。

 が、父親はルークを助け出した後、別の密猟者に殺されていた。それからを独りきりで過ごしてきたルークは、アッシュの存在も知るはずもなく、それはそれは盛大に牙を剥いた。が、アッシュは全身傷だらけになりながらもルークを連れ帰り、少しずつ少しずつ、その心を開いていったのだ。

 そんな生活を送ってきたルークに、誕生日の概念が分かろう筈もない。何しろ、今まではこの生活に慣れるだけで精一杯だった。アッシュは小首を傾げたルークの頭をひとつ撫でてから、気に入りの木の下に寝転がるルークの脇に手を差し入れて抱き上げた。

「ふぁ。あっしゅ??」
「誕生日、てのはな。お前が、生まれてきた日のことだ。そして、俺に弟が出来た日だ」
「うまれてきたひ?」
「そうだ」


 ルークはきょとんとしたまま、大きな翡翠色の目を瞬かせてもごもごと言葉を反芻する。
 と、やがて輝くように微笑んだ。


「じゃあ、おれが、アッシュのおとうとになった日だな!!うれしい日だ!!!」


 そんなルークの思わぬ反応に、アッシュは面食らうが、やがて顔を背けて『そうだ』とぶっきらぼうに返した。そんな反応を気にすることもなく、ルークはにこにこと笑いながらアッシュの首に抱きついた。

「アッシュ、アッシュ。おれをおとうとにしてくれてありがとうなっ。おれ、アッシュだいすきだっ」

 頬にふわふわと柔らかなルークの髪がかすめてくすぐったく感じながら、アッシュは素直な言葉に目を細めた。
 ―誕生日というのは、その本人が祝われて、幸せを感じるものではなかっただろうか。
 祝う立場の、兄である自分が、こんな幸せをルークに貰って良いのだろうか? 

 そうは思いながらも、アッシュにはルークを喜ばせるような言葉を返すことが出来ない。
 あたたかな陽だまりの中で、ただ柔らかなルークの体を抱きしめた。

 これからの誕生日、この小さなルークがずっと笑っていられるように守る事を誓いながら。



END




お誕生祝いにいただきました、猫耳族兄弟です。
おとうとを思うアッシュがもの凄く格好いいです。素晴らしい兄弟愛! うちの耳っ子アッシュにもこれくらい格好良くなって欲しいものです。このお兄さんなら、何があっても弟を死守しそうな気がします。
イラスト付きで素敵なお話、ありがとうございました!