仲良し味のクッキー   ウミ様




耳がいつもより突っ張っているような気がするのは、己の気が立っているからだろうか。隠れるように下町の路地裏にしゃがみこんだまま、ユーリはそんな事を思っていた。頭の上にはぴんと真っ直ぐ伸びた艶やかなうさぎの耳が、ぴくぴくと落ち着かない様子で揺れている。
この亜人族特有の長い耳は、どうやら塞ぎ込むユーリの代わりに周りの気配を敏感に感じ取ってくれているようだ。すぐ傍を通り過ぎる足音を一つずつ拾い上げては、また次の音を追いかける。これは違う、これも違う、あいつの足音じゃない。
そうやって無意識のうちに特定の足音を探し出そうとしている自分に気がついて、ユーリは思わず一人で笑みを浮かべていた。自嘲の笑みだった。この耳が探している主から、たった今逃げてきた所だというのに。


親友と喧嘩をした。仲が良い者同士なので喧嘩なんてしょっちゅうやってしまうのだが、今日はどちらも一歩も引かずにエスカレートしてしまった。激しく言い合う最中は頭に血が上っていて、最早相手に何を言ったか、何を言われたかなんて覚えてない。それでもユーリの心は傷ついていた。ひどい事を言われた事と、ひどい事を言ってしまった事に。そして、こうして逃げてきてしまった。


「あいつ……どうしてるかな……」


寂しさを紛らわせるために、ぽつりと一人呟く。すでに頭は冷えていた。今は後悔ばかりがじくじくと胸の内を責めてくる。もしかしたら、自分と同じように後悔しながら座り込んでいるのかもしれない。それとも、怒りも冷めてユーリが戻ってくるのを待っているのかもしれない。いや、それとも。
自分に都合の良い想像ばかりを思い浮かべて、ユーリは思わず苦笑した。その時だった。


「……!」


ぴくり、と耳が反応した。思わずユーリはパッと顔を上げていた。今聞こえた音は、知らない音ではなかった。毎日、物心ついた頃からずっとユーリの隣を歩み続けている、とても馴染みのある足音だった。それは今までユーリが脳内に思い描いていた音だった。それが、こちらに近づいている。
足音はまるで下町の隅っこに隠れているユーリの居場所が分かっているかのように真っ直ぐこちらへ向かってきていた。これ以上は隠れられないのに、ユーリはとっさに体にぎゅっと力を入れて小さくなろうとした。ぴょこんと耳がどうしても飛び出てしまうけど、真っ黒なユーリはそのままこういう暗い路地に隠れていればほとんど見つかる事はない。騎士団から逃げる時はやたらと目立つ色合いをしている相棒を自分の体で隠しながらこうやって隠れているのだ。
しかし今回はそれが、無駄な足掻きだとユーリは分かっていた。

だって、この足音の主は。


「ユーリ、見っけ」


ユーリがどこにどんな風に隠れていても、必ずすぐに見つけ出してしまうのだから。


「……何だよ」


嬉しそうな空色の瞳に見つめられて、ユーリはそっけなく顔を逸らしてしまった。喧嘩して飛び出してきた手前、どうしても素直に相手の顔を見る事が出来ない。しかしユーリがいくらそっけない態度をとっても、とても素直な耳が嬉しそうにぴくぴくと揺れているのだった。それを見た相手も、同じように真っ白な長い耳を揺らす。ユーリの漆黒の耳とは正反対の、純白のうさぎ耳を持つ幼馴染フレンは、座り込むユーリの隣に自らも静かに腰を下ろした。


「ユーリに、渡したいものがあるんだ」


そう言って懐から包みを取り出してくる。そこからほのかに漂ってくる香りに、無意識のうちにユーリは反応していた。反応してから自分で気がついて、罰の悪そうな顔になる。そんなユーリの反応に、フレンはますます嬉しそうに笑った。


「ユーリはこれが大好きだもんね」


フレンが手にしている包みの中には、お世話になっている宿屋の女将さんが作ったクッキーがたくさん入っていた。甘いものに目がないユーリのために大目に砂糖が入っているに違いない。ユーリも、そしてフレンも女将さんがこうしてたまに作ってくれるクッキーが大好きだった。


「僕が落ち込んでいたら、女将さんが手渡してくれたんだ。二人で食べなさいって」


どこか照れくさそうにフレンが言う。ユーリと喧嘩別れした後の事だろう。心配をかけてしまっただろうかと一瞬思ったが、男の子は喧嘩をしてなんぼ!といつも豪快に見守ってくれている人だから、大丈夫だろう。
クッキーの入った包みを差し出しながら、フレンが頭を下げた。同時に頭の上の耳も一緒にお辞儀する。


「ユーリ、ごめん。さっきは言いすぎちゃった。これを、仲直りの印として一緒に食べて欲しいんだ」


良い匂いが目の前に広がる。喧嘩して怒鳴って逃げ回ったせいか、ユーリのお腹は確かに減っていた。大好物が目の前にあるのだから、いつもの状態なら何も迷わずにユーリはすぐに手を伸ばしていただろう。しかしユーリの目の前には今、フレンがいる。申し訳なさそうに項垂れる金色の頭を見つめながら、ユーリもゆっくりと頭を下げていた。
互いの頭に生える長い耳が、ふわりと触れ合う。


「……ユーリ?」
「俺も、悪かった。ひどいこと沢山言っちまったし、それにこうやって逃げてきた。ここまで探してくるの、大変だったろ。……ごめん」


最早この喧嘩の始まりが誰からだったか、原因は何だったかなんて二人とも覚えていない。しかしその状態なのに、フレンが先に謝った。謝ってくれた。それならばユーリも謝らなければならない。しかもフレンにはユーリを探させるという余計な仕事までさせてしまった。それを思うと、申し訳が無かったのだ。
先に謝らせてしまった。追いかけてきてくれた時、顔を合わせた時に素直に謝っていれば、よかった。


「そんな、ユーリが謝る事は無いよ。これは意地になってしまった僕が悪かったんだ」
「意地になったのは俺もだ。しかも先に謝らせた……俺が悪い」
「違うよ、ユーリは悪くないよ。僕が悪いんだ」
「いいやフレンは悪くない、俺が悪い」
「僕が悪いんだ!」
「俺が悪いんだ!」


揃ってバッと顔を上げて、かち合ったふたつの視線。また、くだらないことで喧嘩をしようとしていた。その事に気がついて、思わず頬が緩んでいた。きっとさっきの喧嘩も、こんなくだらない事が始まりだったのだ。何てくだらない喧嘩だったのだろう。あんなに後悔して、寂しい思いをしたというのに。


「……ふふ」
「ははは」
「あははっ」


顔を見合わせて、笑い合う。とてもおかしかった。いつもこうやって喧嘩をする。いつもこうやって笑い合って、仲直りをする。そんな些細ないつもの日常が、ひどく愛おしく思えた。
おでことおでこをくっつけて、耳と耳を触れ合わせて、互いの温度を感じ取る。これでもう、仲直りの完了だった。


「なあ、俺腹減った」
「うん、クッキーを食べよう。仲直りの印」
「仲直りの印なんて、いらねえよ」


ユーリの言葉にキョトンとするフレン。その隙をついてクッキーを一枚掠め取って見せたユーリは、美味そうに口の中に放り込みながら笑った。


「俺とお前は、印なんて無くったってこの通り。あっという間に仲直り出来ちゃうだろ?」
「……ユーリ」


一瞬驚いたように目を見開いたフレンは、とても嬉しそうに笑いながら、ひとつ頷いてクッキーを食べた。


「うん、そうだね。僕達はもう、目に見えない印を持っているんだ」
「ああそうさ。だからこのクッキーは俺とお前で食べるクッキーだ。それ以上もそれ以下もない。これからもずっと二人で、な」
「これからもずっと……僕と君の二人で食べるクッキーだね」


二人の仲良しのために作られたクッキーなのだから、二人で食べなければならない。それはいくら時が経っても変わる事は無い。何歳になったって、このクッキーはユーリとフレンが二人で食べる、仲良しの証なのだ。


「美味しいね」
「ああ、美味い」


大人がグラスを傾けるように、互いにクッキーを軽くぶつけ合う。その拍子に先が触れ合う互いの耳が、少しだけくすぐったくて、そして温かい。
口の中に甘く広がるクッキーの味は、一人じゃ決して味わえない、二人だけの特別な美味しさなのだ。



END




闇色ノートのウミさんから、20万ヒットのお祝いにフレユリうさうさ小話をいただきましたvv
ちょっ、ウミさん。私を萌え殺す気ですか! 私の書いたうさうさ設定でとのことなのですが、断然こっちの方が可愛い……!
ウミさんの耳モノにはよく悶えさせられていますが、今回もPCの前でごろごろ転げさせてもらいましたよ!!
この、街のすみっこで小さくなっているうさユーリが、ぎゅうっとしたいくらいに可愛いです。本当にありがとうございました!