Gの言い分




『ふざけるなっ!』
 と心の中で叫びながら、ガイはまるで月から降り立ったかのように突然その場にあらわれた青年を睨みつけた。
 距離にして三メートル。女性たちに囲まれるようにして困ったように苦笑いしていた青年は、そんなガイに気がつくと、少しだけ表情を変えた。



「ルーク?」
 それに一番近くにいたティアが気付き、怪訝そうな声をかける。それに彼は軽く片手を上げて軽く制すると、女性たちの輪から離れてガイの方へと歩き出した。
「……っ!」
 鍔鳴りと同時に風が起こり、喉元すれすれに銀色の切っ先が突きつけられる。背後の女性陣たちから悲鳴が上がるが、青年は動揺する様子も見せずにまっすぐとガイの顔を見つめた。
「おまえ、アッシュだな……」
 常の人当たりの良い彼からは想像できないほど冷たい問いが、発せられる。それに慌てて駆けよってきた女性陣も、ぎょっとしたように自分たちがルークと思って迎え入れた青年の顔をあらためて見つめた。
 青年はそんな仲間たちの注視を受ける中、面白そうに目を輝かせると、微かに口角をあげた。
「さすがだな」
 まるでなにかの幕が引かれたように、青年を取り巻く雰囲気ががらりと変わる。声色も彼らの知るものよりも低く、そしてなによりもその表情が今ここにいる彼がルークではないのだと物語っていた。
「そのぐらい、分かるさ」
「だが、気がついたのはお前とそこの眼鏡野郎だけだ」
 アッシュは、少し離れた場所に立ってこちらを見ているジェイドを一瞥した。その視線を受けて、ジェイドはそっと眼鏡のブリッジに手をやる。
「戻ってくるなら、貴方の方だろうと思っていましたから。もっとも、今回ばかりはその予測が外れて欲しかったんですがね……」
「大佐?」
 ティアが驚いたように声をあげる。それでは、まるで最初からジェイドはこうなることを知っていたような口ぶりではないか。
 しかし、どういう事なのかとティアがさらに訊ねようとするよりも前に、ガイの声がそれを制した。
「それよりも聞きたいことがある。ルークはどうした?……そして、どうしてお前からルークの匂いがするんだ?」
 厳しい調子の声に固唾を呑みかけていたティアたちは、一拍遅れてから、ん?と首を傾げた。
「……に、匂い?」
「ああ」
 まさかねーと引きつった笑顔でアニスが訊ねれば、真顔でガイが頷く。
「俺がルークの匂いを間違えるわけないだろう」
 そこが問題なのかっ!、とおそらくその場にいた全員が突っ込みたかったに違いない。それは剣を突きつけられているアッシュも同様で、引きつった顔のまま硬直している。
 視線をその顔に固定したまま、ガイは薄く笑みを浮かべた。



 まったく、同じ顔だけにそういう顔をされると本当によく似ているから始末が悪い。
 ガイは突きつけた自分の剣の切っ先が震えないように押さえながら、苦笑を浮かべた。
 違うと分かった瞬間の絶望感と怒りは、自分でも止めようがなかった。気がつけば鞘を払い、剣を走らせていた。だからそれが正直な自分の心なのだとわかってしまって、ガイは自分でも笑い出したくなった。
 どちらにも戻ってきて欲しいなどと口では言っていても、いざとなればこうだ。所詮は平等にあろうと心がけてみても、人は自分の中で価値のある人間を選り分けてしまう生き物なのだ。
 アッシュのことが気にかかっていたのは、嘘ではない。だけどそれはルークの次にであって、彼らの事情は知らないけれど、一人しか戻ってこないのならもう一人は戻ってこないのだと、ガイにもなんとなくだが分かっていた。
 だからこそ、目の前にあらわれた彼がルークではないと分かった瞬間に、体が動いていた。たぶん、彼からルークの匂いを感じ取らなければ、そのまま剣を先へと進めていただろう。
「答えろよ……」
 わずか数ミリというところで止めた刃の先にある顔を見つめながら、ガイは促した。他の者よりも先に我に返ったらしいアッシュは、そんなガイの顔を見かえして薄く笑みを浮かべた。
「さすがに、鼻がいいな」
「俺があいつを間違えるはずがない。それに、俺はおまのこともよく知っているからな」
 かつてファブレ家に仕えていた日々。二人の子供に仕えたあの日々は同じではなかったが、それぞれに思い出がある。あの二人を間違える事なんて、自分にはありえない。だから。
「だから、どうしてお前からルークの匂いがするのか聞きたい」
「……簡単な話だ、俺の中にあいつの一部があるからだ」
 それはどういう事なのかと聞き返しかけて、ガイは口を噤んだ。きっと、ろくな答えがかえってこないことは分かっている。
「勘違いするな。……お前もだ」
 その声にハッと顔をあげると、アッシュは意味ありげにジェイドの方へ視線を向けていた。
「どういうことですか?」
 ジェイドの声に、固い物が混ざる。
「たしかにあいつの音素の一部は、は俺の体の中にある。俺の再生に必要だったからな。だが、お前が考えていた完全同位体同士におこる大爆発は、回避された」
 僅かに驚いたように目を瞠ったジェイドを見て、ガイは問いかけるようにアッシュの横顔を凝視した。
「細かい話は後回しだ。要するに、俺だけじゃねえ、あいつも生きているということだ」
「……生きている?ルークが?」
「ああ、そうだ」
 当たり前のことを聞かれたように答えるアッシュに、ガイは一瞬信じられないような気持ちになった。あれほど望んでいた言葉なのに、いざ聞いてみると実感が湧かない。
「あいつが戻ってくるのは半年後だ。それまで、お前はどうする?」
 呆けたように自分を凝視しているガイに苦い笑みを浮かべながら、アッシュが問いかけてくる。
「そんなの決まってるだろう?」
 剣を鞘におさめると、ガイは唇の端を上げた。
「世話の焼けるご主人様を待つのは、当然のことだからな」
 たぶん今、自分は上手く笑えているだろう。
 おもえばこの二年、どんなに笑みを浮かべていても本当に笑っていなかった気がする。そんなことも、今になって気がつかされたのだけれど。
「だったら、一緒に来い」
 そんな自分を見て、アッシュが苦笑するのが見えた。
 困ったような、それでいてどこか嬉しそうな笑み。すくなくとも、ガイが知るアッシュはこんなふうに笑うことはなかった。
 まだ、アッシュへのわだかまりが完全に消えたわけではない。それでも、そんなふうに笑うようになった彼に、前よりも柔らかな気持ちを感じるようになったのは確かだ。
 それなら、あと半年間彼と一緒に待つのも悪くはないかもしれない。どちらにしても、ルークが帰ってくるのなら自分の居場所は彼の傍らだ。そしてたぶん、同じ空間にアッシュも存在することは避けられないのだろうし。
 

 改めて、今度は仲間たちから質問攻めにあって半分切れかかりそうになっているアッシュを見て、ガイは自分が笑えていることに気がつく。
 新たなはじまりは、これからだった。
 

END(07/07/01)


新しく使用人人生出発。