薔薇のサラダボゥル




ルークは最近、花屋がお気に入りだ。
連れだって買い物に行くと、必ずと言っていいほど最後に花屋を覗きたいと言い出す。
それはガイと出かけるときだけに限らず、女性陣達と出かけるときも同じらしい(そして、時には小さな花を買って帰ってくることもあった)。



なぜ花屋なのか理由はわからないが、もともと屋敷にいるときでもたまにぼんやりと花を見ていることがあったから、嫌いではないのだろう。
しかし、女性と一緒ならまだしも、男二人で花屋の前に立つのはなかなか勇気がいる。
現に、ジェイドは頑としてルークのその要求を受け入れてくれないとこぼしていたが、それが普通だろう。
だいたい一人の時には寄らないというところが、ルーク自身のずるいところだ。
それでも、お願いされてしまえば断れない自分を、ガイは自覚している。

 
 
  今日の買い出しの帰りも、最初に見つけていた小さな花屋の前でルークはならべられた花を見ている。
木桶に放りこまれた切り花は、そろそろ夕刻にさしかかる時間のせいか、ものによっては少しくたびれているように見えるものも混じっている。
それでも色とりどりにそろえられた花は、たしかに綺麗だった。
ついでにいえばそれに囲まれているルークも、それなりに絵なっている。
ひいき目だけでなく、ルークは黙って立っていれば顔立ちも綺麗だし品もある。
だからといって花に埋もれている姿が綺麗だと思ってしまうのは、もちろんガイの恋情による盲目さももちろんあったが、まんざらでもないのではないかと思っている。



「ずいぶんと、熱心に見ているね」
店先に張り付くようにして見ているルークに、店主の声がかかる。
年配の、恰幅のよい女性だ。
「ここらは花の栽培に適した土地だから、他のところよりも花の種類が多いんだよ」
「へえ……」
若い男が花に興味を持っているのが珍しいのだろう、店主はあれやこれやとルークに向かって話し始め、またルークもそれに律儀に相づちを返す。
それを少し離れたところに立って、ガイはぼんやりと眺めている。
しばらくなにやかにやと話した後、店主はいくつかの花を束ねてルークに手渡した。
あわてて代金を払おうとするルークを笑いながら制し、ひらひらと手を振る。
それでもしばらくのあいだルークは食い下がっていたが、彼女が他の客の相手をはじめてしまったため、あきらめたのかとぼとぼとこちらに戻ってきた。



「もらっちまった……」
「いいんじゃないのか?くれるって言うんならもらっておけ」
ルークはこくりと小さく一つ頷くと、ガイの足下に置いておいた荷物を持ち上げた。
荷物の隙間にさした花は、ひらひらと動くたびに揺れてなんとなく楽しげだ。
「そういや、お前が時々買ってくる花って結局どうしてるんだ?」
旅を続けているから持ち歩くわけにも行かないので、たいていガイが最後に花を見るのは宿の部屋のテーブルの上でコップに生けられている姿だ。
ふと、突然思いついて問いかけると、なにを今更と言った顔でルークはガイを見た。
「食べている」
「え……?」
思いがけない答えに、思わず目を丸くする。
「食べてるって……」
「結構美味しいし」
なにか問題でもあるのか、と言った顔でルークはガイを見あげた。
どうやら冗談ではなく本当らしいと察したガイは(こういう顔で自分を見上げるときのルークは、決して嘘を言わないのを知っている)、かるく眉根を寄せた。
「なんで花なんか食べてるんだ?」
「最初は、綺麗だしいい匂いだし、美味しいかなって思って」
「……おまえなあ、中には毒持っているものだってあるんだぞ。ほいほいと口にするなよ」
「そうなんだ」
初めて知ったといわんばかりのルークに、思わずため息がでる。
「赤ん坊じゃないんだから、目に入ったものを口に入れるようなことするなよな」
「だれが赤ん坊だよっ!」
むっとして頬をふくらませたルークに、ガイは悪い悪いと笑いながら頭を撫でた。
「でも、たのむから今度からそんなことするなよ」
「なんで?」
「そのうち腹壊すだけじゃ済まなくなるかもしれないだろ」
苦笑混じりにそう答えたガイに、ルークは小首をかしげた。

「別に、いいんじゃねーの?」

それは、あまりにすっきりした表情で、一瞬なにを言われたのか理解できなかった。
「その時はそれで、ってつーことで」
へらりと、あまりにいつもの顔で笑うその下になにがあるのかわからなかった。
「……なんで?」
「だってさ、花食ってうっかり死んじゃったってのも、ちょっとみっともねえけどまあ悪くもないかなって」
「バカかお前!毒草や毒花を間違って食ったら、半端じゃなく苦しいぞ」
 くすりと笑った顔は、ガイの知らない顔で。
「バカなのはお前だよ、花を一つや二つ食ったところで簡単に死ぬわけねえだろ」
「ルークっ!」
笑いながら駆けだしてしまったルークを追いかけながら、ガイは一瞬だけ聞こえた小さな声が空耳であったことを祈らずにはいられなかった。

『ちょっとは苦しんで死なないと、フェアじゃねえじゃん?』

そしてきっとこれからも、彼は花を食べ続けるのだろう。
怠慢な自殺行為として。



END(06/12/16)