ブルーバードからスノーホワイトへ




澄み渡ったダアトの青い空を、一羽の白い鳩が飛ぶ。
白い鳩は、ダアトではさして珍しくはない。平和の象徴とも言われる鳩は、ダアトのローレライ教団本部でも大切に扱われているので、教団本部前の広場だけでなくまちのあちこちで見かける。
だが見るものが見れば、その鳩が訓練を受けた通信用の鳩だということはすぐにわかっただろう。
力強いはばたきには迷いはなく、まっすぐと空を渡ってゆく白い鳩。
そして、その鳩は教団本部の窓のひとつにすいこまれるようにして消えていった。


コツコツと小さく窓を叩く音に顔をあげると、サフィールは面倒げに眉を片方はねあげた。
敷居にとまった白い鳩は、首を傾げながら丸いつぶらな瞳でこちらを見ている。その仕草に今は手放してしまった愛しい子供のことを思い出して、サフィールは一瞬懐かしむように目を細めてから立ちあがると、ひょろひょろとした足取りで窓辺にむかった。
いかにも学者肌らしい動きだが、その動きが実は隙のない動きに繋がっていることに気がつけるものはそういないだろう。見かけも軽く猫背で、どうみても武術の心得などないに等しそうに見えるが、よく見れば無駄のない動きなのだ。
サフィールが窓を開くと、鳩はちいさくはばたきながら差し伸べたサフィールの腕にとまった。その足に目立たないようにつけられた通信管を取ると、鳩は勝手にサフィールの肩に移動した。

「……まったく、飼い主に似て図々しいですね」

その動きを神経質そうな眼差しで見守っていたサフィールは、小さくため息をつくと鳩の好きなようにさせることにした。
まず宛名を見て、顔をしかめる。

『Dear Snow White〜』

その可愛らしい名前が自分を指しているのを考えたくないが、相手が相手だけにたぶん本気なのだろう。こんなことで気分を害していても仕方がない。
サフィールはざっと書面に目を通すと、最後の署名を見てさらに眉をひそめた。

『〜Blue bird』
「本当に……図々しいですね」

Blue bird、青い鳥。
幸せを運ぶ、幸福の鳥。
はたして本当にこの手紙の相手は、自分たちの青い鳥になるのだろうか。
でもそれは、あの子供が言っていた運命の瞬間が訪れるまでわからないのかもしれない。
それでも、今の自分ができる最良の手のひとつはたしかにこれなのだ。
あの子供を救うためなら、きっとなんだって自分はする。
そう決めたのだ。




END(08/11/13)初出(08/07/16)