Dollと愛情について
真っ青な空を、白い翼が横切る。
「鳩かな?」
ぼんやりと空を見あげていたルークがそう呟くのに、つられたようにすぐ近くにいたジェイドも空を仰いだ。
「伝書鳩ですね。どこかに鳩舎があるのでしょう」
少し傾いたとはいっても、まだ陽は高い。
ジェイドは薄く目をすがめるようにして空を仰ぐと、横切ってゆく鳩を見あげた。
白い羽が、青空に綺麗に映えている。
オールドラントでは、遠方とのやりとりは主に鳩でおこなわれる。だから別に珍しい光景でもなんでもないのだが。
「はじめて見た」
まるで子供のように大きく目を瞠ると、ルークは鳩を捕まえようとするように空に向かって手を伸ばした。
「無理ですよ」
「なにがだよ」
「おや、捕まえたいのではないのですか?」
からかい口調ながらも、自分の声が思いがけず優しくなっていることにジェイドは気づいた。
それは、彼にとっても意外なことだった。
初めの出会いからして好印象とは言えなかったこの少年に、ジェイドはあまり良い感情を持っていない。
ぎこちないこのパーティのなかでも、彼の奏でる音はあきらかに耳障りだ。
自分に協調性があるとはさすがにジェイドも思ってはいないが、それでも不協和音のもととなっているルークよりはまだましなはずだと思ってもいた。
もっとも、自分がそんなふうに他人へ積極的な評価を下すこと自体珍しいことだったりする。
ただ、その理由があまり嬉しくないところにあることも承知しているので、余計にジェイドのルークに対する態度は冷ややかになってしまう。
確信はもてないと自分の心に言い聞かせてはいるが、おそらく、いやほぼ間違いなくこの少年は自分の負の遺産による結果だ。
そのことが、さらに彼にむかう感情を冷たいものにさせている。
だから、こんなふうに穏やかな声で自分がこたえを返せるのを、ジェイドは意外に思っていた。
「捕まえようなんて思ってねーよ」
ルークは軽く頬をふくらませるような感じで答えると、呆れたようにジェイドの方を見た。
「そうですか」
「そうだよ。ただ、ちょっと珍しかったんだよ……」
もぞもぞと口ごもったルークに、ジェイドはそういえばこの少年がいままで外に出たことがなかったと言っていたことを不意に思い出した。
「伝書鳩を見るのははじめてですか?」
「……悪りいかよ」
ふてくされたような返事に、なぜか作り物ではない笑みが自然にもれた。
「近くで見たかったのなら、捕まえれば良かったじゃないですか」
「だから、別に捕まえようなんて思ってなかったって言ってんだろ?」
それに、とルークはむすっとした顔で続けた。
「せっかく空を飛んでるのに、無理やり捕まえたらかわいそうだろ」
そう言ってきゅっと小さく下唇を噛むと、ルークは怒ったような顔をしたままくるりとジェイドに背を向けて行ってしまった。
その後ろ姿を見送る形になりながら、ジェイドは詰めていた息をようやく吐き出した。
「まったく、なにを言い出すんでしょうね」
ジェイドは指で眼鏡を押し上げると、ちいさく肩をすくめた。
あまり好きでない子供の戯言だとわかっているのに、そのルークの言葉はなぜか不思議と胸の中に残った。
不意に軽い振動を体に感じて、ジェイドは薄く目を開いた。
かすかな機械油の匂いに、自分が今どこにいるのかすぐにわかった。
珍しくうたた寝をしてしまったらしい。
無理な姿勢で眠ったせいで少し強ばってしまった体を伸ばすようにしてまわりを見まわすと、よほど疲れていたのか、他の仲間たちも静かに眠っているようだった。
ジェイドは自分から少し離れたところで、壁面にもたれかかるようにして眠っている赤い髪の少年へ目をむけた。
腰のあたりまであった髪をばっさりと切り落とした彼は、あの頃よりもずいぶんと外見的に幼く見える。
しかしその中身は、あの頃よりもずっと成長している。
それを喜ばしいことと思いながらも、ジェイドは自分が心のどこかではそれをあまり嬉しく思ってないことを知っている。
以前ルークは、空を飛んでいる鳥を捕まえるのは可哀想だと言っていた。
傲慢だとばかり思っていた子供がそんなことを言い出したのが、ジェイドには意外だったのでよく覚えている。
思えば、あの頃からルークは本質的には優しい人間だったのだと、いまならわかる。
自分の理由に目がくらんで、その本質を見誤っていたのはジェイド自身だ。
そして、いまになってそれを自分は後悔している。
誰かのためになら、自分が空に帰ってしまってもいいと望んでいる子供。
その優しさが、いまはひどく恨めしい。
もっと傲慢に図太く生きればいいのに。
そんなことをぼんやりと思いながらも、きっと自分はそれを口にできないことも知っている。
切れすぎるジェイドの思考は、いつでも冷静に最善の事実をはじき出す。
感情と理性なら、自分の場合はたいてい理性が打ち勝ってしまう。
どちらがいいのかなんて、きっと答えはない。
感情が先立ってしまうルークも、理性が先に立ってしまう自分も、それぞれが出した答えは正しくて正しくない。
だけどふとした瞬間に、ジェイドはどこかにぽっかりと穴が開いたような気持ちを感じることがある。
以前はなかったその感覚は、間違いなくルークと関わるようになってから得たものだ。
そして、ふと思う。
ああそうなのか。
これが情と言われるものなのだ、と。
レプリカをもし人形というなら、人形に感情を吹き込まれた人間はもしかしたらもとは人形に等しかったのではないだろうか。
だったら人形からもらったこの感情を、自分はいつまでも大事に抱えて生きてゆくべきなのだろう。
それが、彼の存在していた意味の一つになるのなら。
END
(07/02/09)
感情面ではある意味未発達の大佐が好きです。
「鳩かな?」
ぼんやりと空を見あげていたルークがそう呟くのに、つられたようにすぐ近くにいたジェイドも空を仰いだ。
「伝書鳩ですね。どこかに鳩舎があるのでしょう」
少し傾いたとはいっても、まだ陽は高い。
ジェイドは薄く目をすがめるようにして空を仰ぐと、横切ってゆく鳩を見あげた。
白い羽が、青空に綺麗に映えている。
オールドラントでは、遠方とのやりとりは主に鳩でおこなわれる。だから別に珍しい光景でもなんでもないのだが。
「はじめて見た」
まるで子供のように大きく目を瞠ると、ルークは鳩を捕まえようとするように空に向かって手を伸ばした。
「無理ですよ」
「なにがだよ」
「おや、捕まえたいのではないのですか?」
からかい口調ながらも、自分の声が思いがけず優しくなっていることにジェイドは気づいた。
それは、彼にとっても意外なことだった。
初めの出会いからして好印象とは言えなかったこの少年に、ジェイドはあまり良い感情を持っていない。
ぎこちないこのパーティのなかでも、彼の奏でる音はあきらかに耳障りだ。
自分に協調性があるとはさすがにジェイドも思ってはいないが、それでも不協和音のもととなっているルークよりはまだましなはずだと思ってもいた。
もっとも、自分がそんなふうに他人へ積極的な評価を下すこと自体珍しいことだったりする。
ただ、その理由があまり嬉しくないところにあることも承知しているので、余計にジェイドのルークに対する態度は冷ややかになってしまう。
確信はもてないと自分の心に言い聞かせてはいるが、おそらく、いやほぼ間違いなくこの少年は自分の負の遺産による結果だ。
そのことが、さらに彼にむかう感情を冷たいものにさせている。
だから、こんなふうに穏やかな声で自分がこたえを返せるのを、ジェイドは意外に思っていた。
「捕まえようなんて思ってねーよ」
ルークは軽く頬をふくらませるような感じで答えると、呆れたようにジェイドの方を見た。
「そうですか」
「そうだよ。ただ、ちょっと珍しかったんだよ……」
もぞもぞと口ごもったルークに、ジェイドはそういえばこの少年がいままで外に出たことがなかったと言っていたことを不意に思い出した。
「伝書鳩を見るのははじめてですか?」
「……悪りいかよ」
ふてくされたような返事に、なぜか作り物ではない笑みが自然にもれた。
「近くで見たかったのなら、捕まえれば良かったじゃないですか」
「だから、別に捕まえようなんて思ってなかったって言ってんだろ?」
それに、とルークはむすっとした顔で続けた。
「せっかく空を飛んでるのに、無理やり捕まえたらかわいそうだろ」
そう言ってきゅっと小さく下唇を噛むと、ルークは怒ったような顔をしたままくるりとジェイドに背を向けて行ってしまった。
その後ろ姿を見送る形になりながら、ジェイドは詰めていた息をようやく吐き出した。
「まったく、なにを言い出すんでしょうね」
ジェイドは指で眼鏡を押し上げると、ちいさく肩をすくめた。
あまり好きでない子供の戯言だとわかっているのに、そのルークの言葉はなぜか不思議と胸の中に残った。
不意に軽い振動を体に感じて、ジェイドは薄く目を開いた。
かすかな機械油の匂いに、自分が今どこにいるのかすぐにわかった。
珍しくうたた寝をしてしまったらしい。
無理な姿勢で眠ったせいで少し強ばってしまった体を伸ばすようにしてまわりを見まわすと、よほど疲れていたのか、他の仲間たちも静かに眠っているようだった。
ジェイドは自分から少し離れたところで、壁面にもたれかかるようにして眠っている赤い髪の少年へ目をむけた。
腰のあたりまであった髪をばっさりと切り落とした彼は、あの頃よりもずいぶんと外見的に幼く見える。
しかしその中身は、あの頃よりもずっと成長している。
それを喜ばしいことと思いながらも、ジェイドは自分が心のどこかではそれをあまり嬉しく思ってないことを知っている。
以前ルークは、空を飛んでいる鳥を捕まえるのは可哀想だと言っていた。
傲慢だとばかり思っていた子供がそんなことを言い出したのが、ジェイドには意外だったのでよく覚えている。
思えば、あの頃からルークは本質的には優しい人間だったのだと、いまならわかる。
自分の理由に目がくらんで、その本質を見誤っていたのはジェイド自身だ。
そして、いまになってそれを自分は後悔している。
誰かのためになら、自分が空に帰ってしまってもいいと望んでいる子供。
その優しさが、いまはひどく恨めしい。
もっと傲慢に図太く生きればいいのに。
そんなことをぼんやりと思いながらも、きっと自分はそれを口にできないことも知っている。
切れすぎるジェイドの思考は、いつでも冷静に最善の事実をはじき出す。
感情と理性なら、自分の場合はたいてい理性が打ち勝ってしまう。
どちらがいいのかなんて、きっと答えはない。
感情が先立ってしまうルークも、理性が先に立ってしまう自分も、それぞれが出した答えは正しくて正しくない。
だけどふとした瞬間に、ジェイドはどこかにぽっかりと穴が開いたような気持ちを感じることがある。
以前はなかったその感覚は、間違いなくルークと関わるようになってから得たものだ。
そして、ふと思う。
ああそうなのか。
これが情と言われるものなのだ、と。
レプリカをもし人形というなら、人形に感情を吹き込まれた人間はもしかしたらもとは人形に等しかったのではないだろうか。
だったら人形からもらったこの感情を、自分はいつまでも大事に抱えて生きてゆくべきなのだろう。
それが、彼の存在していた意味の一つになるのなら。
END
(07/02/09)
感情面ではある意味未発達の大佐が好きです。