冷たい誘惑(または、アイスクリームラブラブ)




「あ、アッシュいい物食べている!」

ひょこりと窓から頭を覗かせるなりそう叫んだルークに、アッシュはうるさい奴が来たとばかりに顔をしかめた。

「てめえ、どこから入ってきている」
「いいだろ別に。お前だってよく窓から入ってきていたじゃねえか」

それはまだ公爵家子息に復帰する前のことだったりするのだが、そのあたりのことを言ったとしてもこのお子様には通じまいと、さっさとアッシュも説明を放棄する。
もっとも、緊急事態であれば普通に窓からの侵入をためらうようなことなどない自分の性格は棚上げだ。
ルークはよっと軽いかけ声と共に部屋の中に入ってくると、ソファで一休みしていたアッシュのところに駆けよってきた。
仕事に一段落ついたところでタイミング良くメイドが運んできたのは、綺麗なガラスの器に入ったアイスクリームだった。
公言してはいないが、アッシュもルークには負けるが甘いモノを好む質だ。ましてこれだけ暑い日だから、いくら空調を効かせていても冷たいデザートはとても魅力的な物だった。

「やらんぞ」

じっと自分の手元に視線をむけてくるルークに先回りして答えれば、ぷくりと頬が膨れる。

「ケチ」
「うるせえ。メイドに頼んで持ってきてもらえ」
「今すぐ食べたい!」

お前のどこの子供だと怒鳴りつけたくなるのをなんとかこらえると、アッシュは銀のスプーンでアイスをすくい上げた。
そのままゆっくりと口に運ぶまでの間、ルークの視線が痛い。だいたい、メイドを呼んで頼めばすぐに運んでくるのだから、そうすればいいだけの話だ。確かに外から戻ってすぐに食べたいのはわかるが、だからといって譲ってやるような親切心はアッシュには欠片もなかった。

「恨めしそうに見るな」
「う──っ」

つまらないことにこだわっている間に行動を起こせ。だからお前はつかえねえんだ、と喉のすぐそこまで言葉がこみあげてきそうになるがなんとかこらえる。なにしろ今アッシュが片付けている書類は、本来はルークがやるべき仕事なのだ。これくらいの意地悪は許されるだろう。

「なあなあ〜、一口だけ!」
「しつこい」

にべもなく言い切ると、また小さくルークが唸る。それを無視してさらにもう一口食べようとしたところで、それは起こった。


パクリ。


「ん〜! 冷たい!」

ルークは頬を押さえながら嬉しそうに叫ぶと、満面の笑みを浮かべた。

「やっぱり暑い日にはアイスかスイカだよな!」

そんなことを言いながらうんうんと満足げに頷いていたルークは、ふと目の前にいるアッシュが固まっていることに気がついて首を傾げた。

「どうしたんだ? アッシュ」
「……こ…」
「こっ……?」

ん、とさらに首の角度を深くしたルークは、アッシュの手にある銀のスプーンが小刻みに揺れているのに気がついた。

「こンっの……! 屑がっ!」

落ちてきた雷に反射的に飛び上がりそうになったルークに、ガラスの器とスプーンが投げつけられるように押しつけられる。

「え? アッシュ、これ」
「てめえが責任もって食え!」

問いかけるより先に怒鳴りつけられてまったく状況がわからなかったが、押しつけられたアイスにすぐに気をとられたルークは嬉しそうに食べ始めた。
喜々としてアイスを口に運ぶルークを横目で見ながら、アッシュはこみ上げてくる苛立ちとそれを上回る動悸に、必死に耐えていた。


きせずして「あ〜ん」をやってしまった事実に、そうやってアッシュはしばらくの間撃沈されることになったのだった。



END
(07/10/18)




人のアイスはなぜか三割り増し美味しそうに見える。