魔王的アッシュの小話




前提として、これはアッシュが戻ってから1〜2年ほどしたオールドラントが舞台。
ヴァンが星に与えたダメージが大きすぎて異常気象をおこしているオールドラントを救うための架空アビス2に、もしアッシュが主人公パーティを助ける振りしていてラスボスだったらという設定。
余談ですが、正体がばれないように髪を染めていてパーティインもイベントの時だけという謎な存在になっているアッシュです。
髪色は、ラジエイトゲートでの裏切り発覚後に、元に戻っています。





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雪山を越えて螺旋の通路を降りてたどり着いた場所は、前に訪れたときとは違い、淡い小さな記憶粒子が深海にただよう雪のように空気の中を流れていた。
行き場のないその光の中を歩きながら、アッシュはパッセージリングのさらに下層にある何もない場所へと降り立った。
すでに、ラジエイトゲートにあった譜陣は復活させた。だけどそれだけでは足りない。空から降りてくるプラネットストームの帰結点を開かなければ、いつまでも記憶粒子は世界にあふれたままで強大な力にはならないのだから。


「そう言えばここだったな……」


外郭大地を降ろしたあのとき、はじめて自分はルークと繋がって一つのことを成し遂げたのだった。
あの時の不思議な気持ちを思い出しながら、アッシュは微かに唇の端を上げた。まだあの頃は、ルークのことを便利なもう一人の自分としか見ていなかった。そしてその愚かさに苛つき焦れて、事あるごとに突っかかっていた。それなのに、今の自分はその彼のために世界を裏切ろうとしている。


プラネットストームをいま活性化させることは、障気を世界に蔓延させることとなる。ヴァンがこの星に与えたダメージから星はまだ癒えておらず、この星は異常気象と大規模な地殻変動に見舞われていて、そのために各国が動いているのも知っている。
なぜなら、それを食い止めるために世界中を駆けめぐる少年たちと時には行動を共にしていたからだ。
アッシュは本来の色を取り戻した長い髪を後ろにやると、右腕を一振りした。
それだけの動作で、彼の手の中に黒い剣があらわれる。


いずれ何らかの形でプラネットストームは復活させられるだろうが、アッシュには時間がない。
アッシュの中にあるルークから受け取った記憶は、日を追うごとにその境を曖昧にしてゆく。どれだけ意思を強く持とうと、もう限界が近い。最後の記憶の一つまですべて自分の中で融合してしまったら、彼を取り戻すことは出来なくなる。


何もない床の中心に剣を突き立てると、そこから淡い緑色の光があふれて蔦が這うように複雑な譜陣を自動的に描いてゆく。
アッシュは目を閉じると、自分の中にある力を呼び起こした。
ローレライと同じ力である、自分の力を。
描かれた譜陣が次々と形を変え、活性化してゆく。
緑色の光に照らし出されたアッシュの顔は険しく、そして何かに祈るかのように真摯だった。
意識を流れる記憶粒子の流の中で逆流させ、大気圏の外音譜帯第七層までにとばす。あふれる第七音素をかきわけ、自分とおなじ色を放つ音を探す。


『見つけた!』


探し求めていた、たった一つの音色。自分とおなじ音を持つ、でも自分ではないもう一つの存在。アッシュはそれに意識を伸ばすと、一気に高みからそれを地へと引きずり下ろした。


その途端、体にかかった恐ろしいほどの疲労感にアッシュは床に膝をついた。手応えは確かにあった。だけれど。
なんとか落ちそうになる意識をつなぎ止め、顔をあげる。そしてその視線の先にあったものを目にした途端、アッシュは狂喜した。
床に広がる、白い衣装の裾。そして優しい色合いの朱色の長い髪。目を閉じてはいるが、その下にある瞳が自分とおなじ色であることは誰よりもよく知っている。
ようやく自分は彼を取り戻せたのだ。
かけがえのない半身を。


「ルーク!」


床を這うようにして彼の側までたどり着くと、その体をかき抱く。温かい確かな感触。同じ音で動く鼓動。そしてなによりも、触れただけでわかる、強い繋がり。


アッシュはもう一度ルークの体を強く抱きしめると、そっとその唇に口づけた。後悔なんてしていない。
世界が犠牲にした自分のかけがえのない半身。それを取り戻すために世界を犠牲にして、なにが悪いのだろうか。


悪魔とか魔王とか呼ばれてもかまわない。
ただ彼が自分の腕の中にいるのなら、彼がこの世界にいるのなら神にだって牙をむく。
それだけが、いまのアッシュにとって真実だった。




というわけで、魔王ルートアッシュでした。
そして、プラネットストーム理論とかあらゆる矛盾には目を瞑ってくださると嬉しいです。




END
(08/03/04)




日記萌え小話からの再録でした。