雪の日




「オラっ! いい加減に起きやがれっ!」

怒声と共にげしっと蹴り落とされて、ルークはまだ半分寝ぼけ顔でむにむに言いながらもふわわっと欠伸をひとつした。

「何時までも間抜け面さらしてンな! 顔を洗え!」

そのまままたウトウトと船をこぎかけていたルークの腕を、じれったそうにアッシュが掴む。しかし一向にしゃっきりとしないルークに業を煮やしたのか、アッシュはルークの頬に手を伸ばすと、思いきり引っ張った。

「…ひっ! ひひゃい、ひひゃいっ! おひまひゅ〜!」

半分涙目で訴えるルークにアッシュはフンと鼻先で笑うと、頬を引っ張る指を緩めてやった。

「ひでーよアッシュ! 俺の顔はゴムじゃねえ!」

ほら見ろおかげで尻尾がこんなにごわごわになってるじゃねーか、と毛羽立ってしまった自分のふさふさの尻尾を撫でながら、ルークは恨みがましく呟いた。

「てめえがさっさと起きねえからいけないんだろ。目が覚めたんならさっさと顔洗ってこい」
「うー」

ぴしっ、と舌打ちのように床を叩いたアッシュの長い尻尾を寝ぼけ眼のまま睨みつけながら、ルークはよろよろと洗面台へむかった。
ルークが部屋に戻ってくると、なぜかアッシュは暖房器具のあるソファの方へ移動していて、そこで丸くなっている。寒い日は確かにそこがアッシュの定位置ではあるけれど、朝からそこにいるのは実は珍しい。

「アッシュー、朝食食いにいかないのか?」
「今日はこっちに運ぶように言ってある」
「ふーん」

だったらもう少し寝かせておいてくれてもいいのに、とちょっと不満に思いながらなにげなく窓の外へ目をやったルークは、ピンとふかふかの耳を立たせると、窓に張り付いた。

「アッシュ! 雪だ、雪っ! スゲエっ!!」
「ンなのみりゃわか……、おいっ! 窓を開けるなっ!!」

ルークは勢いよく窓を開け放すと、ひらりとそこから窓の外へと飛び降りた。
そのままたかたかと共同の離れの部屋のまわりを回ると、アッシュが覗いたソファの後ろにある窓に大きく手を振ってから中庭の方へまわっていった。

「ったく! あのバカっ!」

アッシュはソファの上にあったブランケットを体に巻くと、まずルークが開け放していった窓を閉めてから、中庭の見える窓の方へ移動した。
すでにルークはアッシュのことなど忘れたように、積もった雪の上をはしゃいで転げまわっている。あんなに薄着で出て行きやがって、とルークの上着を掴んで外に出ようと試みるが、部屋のドアをちょっぴり開いたところで吹き込んできた冷気に、そのまま固まる。
あのバカが風邪を引く前にと思うのに、アッシュの猫としての本能は温かくて居心地のいいこの部屋から出て行くことを拒否する。そのままドアの影でジタジタと暴れていると、そのうち母屋の方からガイが出てきたのが見えた。
落ちてくる雪にじゃれるように遊んでいたルークが、ガイを発見して突進してゆく。思いきり体当たりをくらったガイは少しよろけながらも、手に持っていたトレイを落とすことなくルークと何か言葉を交わすと、勢いよく頷いたルークが鞠のように弾みながらこちらに向かって走ってきた。

「アッシュ、朝飯っ!」
「朝食といえ、屑がっ!」

いったいどこからそういう悪い言葉を覚えてくるんだか、と自分のことを棚に上げながらアッシュは眉間に皺を刻む。しかしルークはそれだけ告げてドアを開くと、またそのままだかだかと外に向かって走って行ってしまった。

「ルーク!」

慌てて呼び止めようとするが、ひゅるりと吹き込んできた雪交じりの風に、そのまま硬直する。寒い、むちゃくちゃ寒い。

「無理するなよ、アッシュ。おまえ、寒いの苦手だろうが」

金縛りのように戸口で硬直しているアッシュの隣を、笑いをこらえながらガイが通り過ぎる。

「う、うるせえっ! このくらいの寒さなんかっ…うっ」

ひゅるると吹き込んできた冷気に、へたりと黒くて長い尻尾がたれる。そしてすごすごと定位置に戻ってゆくアッシュを見ながら、ガイは笑いをこらえるのに必死だった。

「歌のまんま……」

犬は大はしゃぎで庭を転げまわっているし、猫は何かに負けたような顔をしてソファの上で丸くなっている。
まったく可愛い奴らめ。
そう使用人が和んだ、雪の朝の出来事であった。



END(08/03/29)




めずらしく、にゃんことワンコ。雪が降った日記念でした。