アイスとキス




互いの熱を解放し終えたあとの気怠い余韻に浸っていたルークは、いつもなら中から抜き出されたあとに優しく抱きしめてくる腕が遠ざかっていったことに、怪訝そうに重い瞼を押しあげた。

「アッシュ…?」

呟いた声がかすかに掠れていることに、高めあった熱の余韻だけではない熱さにうっすらと頬が染まる。ことの最中は快楽を追うことだけに必死になって我を忘れてしまうので、そんなことから自分がどれほど乱れたのかを後になって思い知らされる。
じっくりと時間をかけてアッシュに慣らされた体は、今ではそういう意味で触れられるだけで感じてしまうほどに快楽に弱くなっている。そんな自分が恥ずかしくてもちろん抵抗することもあるが、結局は気持ちに流されてしまう。好きな相手に求められて触れられれば、最後はどうしたって拒めないのだから。
ベッドのスプリングの動きで、アッシュがベッドを下りたのがわかる。バスルームに湯を張りにいったのだろうかなどとぼんやり考えながら、ルークはまだ自分の熱を吸って熱くなっているシーツに手をはわせた。
今日の行為がいつもよりも激しかったような気がするのは、たぶん気のせいではないだろう。
耳の後から足の指に至るまで、ルークの体でアッシュが触れなかった場所はなかったような気がする。散々焦らされて求める言葉を叫ばされ、普通の状態であれば口にするのも躊躇われるような言葉も散々言わされた。
もっとも、アッシュがそういうことをするのは珍しくない。独占欲の強い彼は、ルークを追い詰めて羞恥を強く感じさせることを好む。もちろん悪趣味だと今までにも散々なじっているが、それでいつもよりも乱れる自分を指摘されれば反論する声も弱くなってしまう。
そこに気持ちがともなわなければもっと強く抵抗できるのだろうが、結局ルーク自身がアッシュを受け入れてしまっているのでなし崩しになってしまっている。
ルークは深いため息を一つもらすと、そっと目をとじた。まだちりちりと肌のうえに残っている熱が時折ぞくりと体を震わせるが、気怠さがゆっくりと眠気を誘いこむ。
このまま眠ってはいけないと思いつつも、うとうとと眠りの中に引き込まれそうになっていたルークは、突然頬に触れてきたひんやりとした感触にびくりと体を震わせた。

「ひゃっ!」

何事かと慌てて目を開くと、こちらを覗いて意地悪く笑うアッシュと目があう。咄嗟に起き上がろうとして体に力が入らずもう一度ベッドに沈んだルークは、そのかわりに座った目でアッシュを睨みつけた。

「なんだよ今の! つか、あっちに行けよ俺は寝るんだからな」
「なんだ拗ねてんのか?」
「ちげーっての!」
「アホか。そのまま寝たら腹下すぞ。まだ始末してねえからな」

それともここで始末するかと意地悪く訊ねてきたアッシュに、ルークはなんとか手を上げようとした。しかしその手をアッシュは軽々と受け止めると、逆に腕の内側に口づけを落とした。

「てめっ!」
「暴れるな。あとで念入りに綺麗にしてやる」
「いらねーっての!」
「ほう。じゃあこれもいらねえか?」

すっと小馬鹿にしたように唇の端をあげると、アッシュはルークの腕を掴んだ手とは反対側の手をルークの前にさしだした。

「……へ?」

さしだされた手の上に乗っているものを見て、ルークは思わず目を丸くした。それは手のひらよりも一回り小さなアイスクリームのカップと、スプーンだった。

「これって…」
「食うのか、食わねえのか?」
「く、食う!」

ひょいと取り上げられるように持ち上げられて、思わず慌てて声をあげたルークは、ハッとしてからバツが悪そうにアッシュを上目づかいに見あげた。
そんなルークにアッシュはふと表情を和らげると、ベッドの端に腰をおろしてアイスクリームの蓋を開けた。

「ほら」

そのまま渡されるのかと思っていたら、アッシュはアイスをのせたスプーンの方をルークの方へさしだしてきた。横向きにベッドに転がっていたルークは一瞬固まってから、もそもそと腕だけで起きあがりながらぱくりとスプーンを口に入れた。
ひんやりとした感触と甘い味が、乾ききった口の中にひろがる。体が熱を帯びているせいなのか、舌の上に感じる涼感が心地よい。
喉を滑り落ちてゆくアイスのじんわりとした冷たさを味わっていると、またひと掬いアイスが口元に運ばれてくる。猫のようにすこし伸びをするようにして口をつけると、またひやりとした甘い味が口の中にひろがる。
つぎつぎと運ばれてくるアイスを口にしながら、ふとなにげなく視線を上げたルークは、自分を見つめているアッシュの表情に思わずどきりとした。
まるで可愛がっている猫でも見るように眼を細めているアッシュの表情は、いつになく穏やかで優しさに満ちている。

「…あっ!」

その顔に見とれていたせいか、スプーンの上のアイスを口に入れる前に落としてしまい、シーツの上についた手の甲に冷たい破片が落ちる。慌ててルークがその手を口元に持っていこうとするよりも前に、アッシュはひょいと身を屈めるとルークの手の上に落ちたアイスを舌ですくい上げた。

「あっ、アッシュ?」

ぺろりと手の甲を舐められ、上目づかいに見あげられる。
そのままゆっくりと伸び上がってきたアッシュの顔が近づいてくるのを、瞬きも忘れて見つめていると、赤い舌が薄い唇から伸びてきてちろりとルークの唇を舐めあげた。

「甘いな……」

くすりと唇を近づけたまま笑われ、ルークは一気に頬が熱くなるのを感じた。

「おっ、おまえっ!」
「まだ残っているぞ」

顔を真っ赤にさせたまま声をあげたルークをからかうように、アッシュは平然とした顔で離れると、アイスをすくい上げたスプーンをさしだしてきた。

「いらねえ!」
「なんだ、良い子にしていた褒美にやったのに。もういらねえのか?」

そういわれると、つい反応してしまうのが悲しいところだ。アッシュからご褒美なんてめったにもらえなし、といういじましさもある。
しぶしぶと口を開くと、今度はちゃんと口の中にアイスが運ばれる。
結局そうやって最後までアイスをルークに食べさせると、アッシュは立ち上がれないルークをだきあげてバスルームに運び清めてやり、綺麗なシーツと取り替えたベッドの上に大事そうに抱き下ろした。
いつも以上に大切に扱われることに戸惑いながらも、優しく抱きしめられて髪を撫でられるとどうでもよくなってきてしまう。
意地悪をされてもこんなふうに甘やかされると、それだけで嬉しくなってしまうのがすこしだけ悔しい。なんだか、負けているような気がするから。
それでも降りてくるキスを拒めずに唇をあわせると、微かに甘いアイスクリームの味がする。
それでもささやかな抵抗に甘い唇に噛みついてやると、今度は味覚だけではない甘いキスが返される。
結局のところ、いいようにあしらわれている気がしながらもそれで満足してしまう自分が、すこしだけ恨めしかった。


END(08/11/12)初出(08/06/09)