馬鹿な子ほど可愛い




 
「アッシュ、アッシュ、ちょっとこっち来いよ」

ちょうど読みかけの本の一章分を読み終えたところでルークに呼ばれて、アッシュは椅子から立ちあがるとルークのいるソファの方へ移動した。

「なんだ?」
「いいからそこに座って」

にこにこと全開で笑いながらルークはポンポンと自分の隣の座面を叩くと、期待に満ちた目でアッシュを見あげてきた。
経験上言えば、こんな顔をしているときのルークは、たいていとてもくだらないことを考えている。頭の出来はそこまで悪くないはずなのだが、どうも情緒面での幼さが致命的らしい。
もっとも、そういう幼いくだらなさが煩わしいと思うと同時に可愛いと思ってもいるので、アッシュも気が向けば付き合ってやっている。
ちょうど一息つこうと思ったところだから仕方なく付き合ってやるかなどと考えているアッシュは、それが自分へのいいわけになっているなどとは少しも思っていない。
さらに言うなら、そんな彼の態度が周囲から見ればたんにルークを甘やかしているだけにしか見えていないなんて、夢にも思っていない。
おとなしく言うとおりに隣に腰をおろしてやれば、ルークは嬉しそうににこりと笑う。レプリカなのだから自分と同じ造りの顔のはずなのだが、最近のルークの顔を見ていると、本当にそうなのだろうかと不思議に思うことがある。
もっとも、あまり親しくない者達が見ればやはり二人はそっくりで、特に黙ってすました顔をしていたら見分けがつかないらしい。
それが不思議だと前にこっそりナタリアにこぼしたら、鈴を転がすような声で笑われた。

『あたりまえですわ。だってあなたは、ルークがルークだと知ってらっしゃるのですから』

どんなにそっくりでも、相手が自分ではないとわかっているから違って見える。だからアッシュがそう思うのは当たり前なのだと、ナタリアは笑った。
その言葉に、アッシュはなるほどとようやく納得がいった。
あらためて考えてみなくても、あまりに当たり前のことだった。自分は自分で、ルークはルークなのだから。だから、自分から見ればそっくりだなんて思えないのは当たり前だ。

「アッシュ?」

ぱたぱたと目の前で手を振られて、アッシュは大きく瞬きをした。

「どうかしたのか? ぼーっとして」
「……いや、なんでもない。それで、何の用だ?」
「ああ、うん。ちょっとじっとしてて」

そう言うなり、ルークは手を伸ばしてアッシュの首筋を触ってきた。
さわさわとルークの指が首筋を辿り、うなじの方までまわってゆく。
見ようによってはなかなか色っぽい仕草のはずなのだが、妙に生真面目で真剣なルークの顔と、なんだか子供が一生懸命なにか珍しいものでも触っているような手つきなのが、色っぽさからはほど遠い物にしている。

「あれ? おっかしいなあ〜」

ルークはひとしきりアッシュの首筋を撫でさすった後で、不思議そうに首を傾げた。首を傾げながらも、まだルークの指はアッシュの首を撫でている。その指の動きは少々こそばゆくはあったが、特になんの感想ももたらさなかった。

「なんのつもりだ」
「くすぐったくねえ?」
「特には」

ルークの表情が、ムッとしたものに変わる。どうやらアッシュの返事が気に入らなかったらしい。

「おっかっしいなあ。普段髪の毛で首筋が隠れている人は、そこが弱点だって聞いたのに」
「……誰だそんなバカらしいことを言った奴は」
「ジェイド」

あっさりそう答えたルークに、アッシュは思わず額を押さえたくなった。
ルークを可愛がっていると同時にからかうことにも全力を注いでいる、あのうさんくさい軍人の笑顔が脳裏に浮かぶ。自分だって同じように長い髪で首筋を隠しているくせに、よくもしゃあしゃあとそんなことを言ったものだ。あの男は、絶対に首筋に触られても眉一つ動かさないだろう。

「馬鹿かてめえは。いいようにからかわれやがって……」
「え? そうなのか?」

まったく、変に警戒心が強いくせに肝心なところですっぽ抜けているのだから、思いやられる。もっとも、ルークの仲間たちがこのお子様に本当に酷いことをするはずもなく、それを本人もわかっているから警戒心が薄いのだろうが。だが、そのたびに変なことを吹き込まれてくるルークの相手をする、こっちの身にもなってもらいたいものだ。

「別に髪の毛が長いから弱点だってわけでもねえ」
「そうなのか?」
「証拠を見せてやる」

アッシュは小さく傾げられたルークの首に手を伸ばすと、そっと指先を滑らせた。
「うひゃっ!」

突然の刺激に飛び上がったルークが後に逃げようとするのを、アッシュの腕ががっちりととらえる。

「これはどうだ?」

逃げようと暴れるルークの首筋に顔を埋めると、アッシュはぺろりとそこを舐めた。腕の中で暴れていたルークが、びくりと小さく跳ねあがって小さく震えはじめるのがわかる。
それに気をよくしたアッシュはさらに舐めた場所を軽く吸いあげると、その上にあったやわらかな耳たぶを戯れのように軽く噛んだ。

「……ふっ…ん……」

ビクビクと震えるルークの声が逆アッシュの耳を擽る。その感触の方が先ほどのつたない指で触られたときよりもぞくりときて、アッシュは微かに唇の端をあげた。

「これでわかっただろう? 別に髪の長さとかは関係ねえ」
「わかった! わかったから、放せッ!」

必死にアッシュの腕から逃げだそうとするルークにますます笑みを深めると、アッシュはそのままのしかかるようにしてルークをソファの上に押し倒した。そして引きつった顔で自分を見あげているルークににこりと笑ってみせると、鼻先に軽くキスをした。

「わかったところで、覚悟はいいな?」
「なんでそうなるんだよっ!」
「自分に聞け」

アッシュは鼻先でそう笑うと、まだ納得がいかない顔をしているルークの唇を塞いだ。
彼がルークから逆襲として思いきり噛みつかれるのは、あと数十秒後のことだった。



END
(09/04/17)