とまどいの始まり




 
自分の中からルークの気配がなくなったことを確認すると、アッシュは軽く眉間に指をあててためいきをついた。
どうして自分がわざわざこんなことをしようと思ったのか、今になってもよくわからない。
最初はたぶん、思い知らせるつもりだったのだと思う。
ルーク自身が犯した罪と、そしてそれによって何が起こったのかを。そしてそんなルークを、仲間として行動していた彼らがどう思ったのかを。
その気持ちの中には、かつて自分が味わった絶望感を味あわせてやりたいという考えもあったかもしれない。
そして、どうあがいてもルークは自分の代用品でしかないのだと、思い知らせてやりたかったのかもしれない。
だけど実際は、自分の中にルークの意識を取りこんでその反応を見て半ば嬲るような気持ちでいたはずなのに、現実を見せつけられたルークの反応にアッシュは戸惑うばかりだった。



アッシュのルークに対する印象は、もっと自己中心的で人を思いやれるような気持ちもない、最低の部類に属する人間だという印象だった。
実際彼はまわりを見ず、己の考えだけに凝り固まってあの結果を招いた。すくなくとも、アッシュの言葉に耳を傾ける分別があればあんな最悪の結果は訪れなかったはずだ。
あの時のことを思い出すと、いまでも腹が立ってくる。
自分の複製品のくせに、どうしてあんなできそこないなのか。仮にも自分のレプリカなのだから、もっと使える人間に育っていてもよかったはずだ。それなのに、どうしてあんな愚かなことをあのレプリカしでかしたのか。
だから、現実を見せてやろうと思ったのだ。
それでも現実から目をそらそうとするのなら、いっそのこと自分の手で始末してやろうかともこっそり思っていた。
だが、ルークは違った。
最初こそ自分の非を素直に見つめられないようだったが、すぐに自分が犯した罪や自分がしなくてはならなかったことを受け入れた。
そのあまりの真っ直ぐさに、アッシュは戸惑わずにいられなかった。
しかもルークは、自分を偽物と糾弾したはずのアッシュまで自然に気遣って見せた。
それが演技でもなんでもない、純粋なルークの心の反応だとアッシュにはいやでもよくわかった。なにしろ心が繋がっているのだ。嘘などつけるはずがない。
狡いところもワガママなところもあるけれど、それらもすべてひっくるめて、ルークは恐いくらいに純粋だった。これでは簡単に操られるわけだと歯がゆく思う一方で、その真っ直ぐさが眩しくてアッシュは目をそらした。
やりきれない想いが、こみ上げてくる。
いっそもっと徹底的にダメな人間だったら、蔑んで憎むことだって出来たのに。それすらも、許されないのだろうか。



アッシュは物思いを振り切るかのようにぎゅっと一度きつく目を閉じると、意を決したように開いた。
今はできそこないのレプリカのことなどで、思い悩んでいる暇などない。自分には、しなくてはならないことがあるのだ。
だけどその小さな違和感は、アッシュの心の片隅にちいさな棘のように突き刺さったまま消えることはなかった。


END
(09/09/08:再録)



*アニメのアクゼリュス後を見た勢いで書いた物。