ウサギの玉子



「なあなあ、シンク」
「なに?僕は忙しいんだけど」
 書斎に資料を取りに行く途中で呼び止められた緑の使用人は、不機嫌そうにご主人様であるはずのルークを軽く睨みつけた。
 端から見ればとても使用人とは思えない態度だが、ルークには全く気にするそぶりは見えない。もっとも、彼のこの態度はすでにデフォルトでこの屋敷内ではまかり通ってしまっているので、今更とも言える。
「手短に済ませてもらえる?煩いんだから。あんたの兄貴」
「あ、うん」
 コクリとひとつ頷いてから、ルークはやたらとキラキラした瞳をむけてきた。
 その目を見た瞬間、嫌な予感がシンクの頭をよぎる。
 そして、そういうときの彼の勘は嫌なくらいよく当たるのだ。
「ウサギって、玉子から生まれるって本当か?」



 自室のドアが壊れんばかりの勢いで開かれたが、アッシュは驚いた様子も見せずにペンを置いてから、戸口の方へと顔を向けた。
「資料はあったか?」
「それどころじゃないよ!」
 そう怒鳴りながら入ってきたのは、かつて疾風の二つ名を持っていたアッシュの元同僚兼現使用人であるシンクだった。
 アッシュはまず肩で息をしている彼に目をとめ、それからその後ろに引きずられるようにしてついてきた己の半身の顔へと視線を移した。
 有無を聞かれず連れてこられたのだろう。きょとんとした顔でアッシュを見ているルークの顔は、いつにもまして幼い。そんな顔も可愛いものだとこっそり思いながらも、アッシュはそんな考えはおくびも表情には出さずに、シンクの次の言葉を待った。
「あんた、ルークにどういう教育してんのさ!」
「こいつの教育係はお前だろうが」
 そして、もう一人の親馬鹿な使用人の仕事でもある。アッシュも時々面倒を見てやってはいるが、ほとんどはこの二人の使用人が面倒をみているのが現実だ。
「とにかく!僕の常識を疑われるような発言はしないように、最低限躾けてもらえる?」
「基礎知識の責任者は、ガイの奴だろうが」
 いったい何があったのかわからないが、よほど呆れるようなことがあったのだろう。
 アッシュは恐ろしい剣幕で迫ってくるシンクに、人間て自分よりも沸点が低い相手を見ると冷静になれるんだなと、しみじみ実感していた。
「それでも!こいつはあんたのレプリカでしょ?それとも、まさかあんたもウサギが玉子から生まれるとか出すんじゃないだろうね?」
「は……?」
 いま、なんて言った?
 シンクは小さな体に似合わない怪力でルークをぺいっと前に放り出すと、腕を組んで仁王立ちになった。
「たしかにウサギは一羽二羽って数えるけれど、まさかそれで鳥と一緒だとか思ったんじゃないだろうね……」
「へー、ウサギってそうやって数えるのか」
 床の上にあぐらをかいて座り込んだルークが、はじめて知ったとでも言うような口ぶりで答える。
「……おまえ」
「な、なんだよ」
 思わず可哀想なものを見るような目をむけてしまったアッシュを、むっとした顔でルークが見上げる。
「とにかく!どこからそんな馬鹿げた知識を仕入れてきたのさ!」
 あまりに暢気な赤毛二人の会話に、アッシュに自分よりも沸点が低いなどと評されているとは知らないシンクが、苛立った声をあげる。
「どこからって……。本で読んだんだけど」
「は?」
「あーでも先に言っておくけどな、俺だって普通のウサギが玉子から生まれるなんて思ってねえよ。ただ、そういうのも中にはいるのかなって」
「いないよ!つか、あんた何の本読んだのさ!」
 しかし、シンクの剣幕に押されながらぼそぼそとルークが呟いた題名に、二人は揃って首をひねった。
「そんな馬鹿なことが書いてあるとは思えねえけれどな、ソレなら」
「同感だね」
 ルークは、そろって考えこみはじめた二人に、何か調べ物をしていたんじゃなかったんだろうかとこっそり心の中で思いはしたが、賢明にもそのまま黙っていた。


 結局の所、ウサギの玉子疑惑はその数刻後に帰ってきたガイによって、判明することとなる。
 彼の本日の用事は、週末のイースターに使う物の買い出しの手伝い。
 イースターの祭につきもののある品物。
 それこそが、ウサギの玉子とも言われるイースターエッグだった。


 その後、シンクのルークへの教育方針がさらにスパルタ度を増したことは、言うまでもない。



END(07/06/11)

季節外れイースターだったので、拍手にいました。