ルルリラ



*まずは設定の説明などから。ジェイドが人でなしっぽいのが苦手な方は、ここでBACKしてください。


 この話は本当は連載として考えていた話だったのですが、先を考えていくうちにちょっと無理が出てきてしまったので、諦めたものです。内容は『ジェイド逆行』。リスタートはバチカル廃工場のところからです。逆行ネタは絶対にアシュルクかガイルクが先だと思ったのに……。
 普通に逆行してきてルークに再会して感激したジェイドが、今度こそルークを死なせないようにするのが目的だったわけですが、それがだんだん歪んでゆく話でした。
 最初はルークに再会できてすごく嬉しくて、ルークの信頼を得ようと色々ジェイドががんばるんですが、途中からこのルークが自分の知っているルークとはやっぱりなにかが違うことに気がついてしまう。
 もちろん親善大使なルークもルークなんだけど、何かが違う。
 そこでふと考えるわけですよ。『何が違うのか』。
 そこで思いつくのが、最後までルークが悩んでいたアクゼリュス陥落。実際にゲーム内でもあれがルークが変わるきっかけになるわけですが、そういう劇薬がなければ劇的な変化が望めないのではないかとジェイドの頭は考える。
 なので、本来ならルークのためを思って回避するべきはずのアクゼリュスを、このジェイドはわざと落とさせます。
 ここからちょっとずつ、ジェイドが壊れていきます。世界よりも何よりも、ルークが優先。そんなジェイドに戸惑いながらも引きずられていくうちに、ルークはジェイドが何もかも知っていたのにわざとアクゼリュスの崩壊を招いたことを知ってしまいます。
 そのことで激しく争った二人に決定的な溝が出来てしまい、抵抗するルークを結局押さえこむ形でジェイドは無理矢理関係を持ってしまう。
 その後も抵抗するルークを無理矢理何度も犯しながら、どうすれば前のように優しい関係に戻れるのかと必死に考えすぎて、ジェイドの思考はますますルーク中心にずれていってしまう。
 ルークもジェイドが自分を真剣に好きでいてくれているのもわかっているし、彼がおこなうすべてが自分のためだとわかっているのだけれど、どうしてもそれを受け入れられないでいる。本心はジェイドに惹かれていても、理性がそれを否定している状態ですれ違いまくる二人。
 ……と、ここまで考えたわけですが、素敵にジェイドが人でなしになるので断念しましたorz。
 いつか突然書きたくなったらこそこそとアップしているかもしれませんが、一応こんな話を書く予定でした。


 でもって、これが一応プロローグになります。


*******


 誰かに後悔をしたことはあるかと聞かれた時、ジェイドはいつも曖昧に笑って答えることにしている。
 笑顔は便利だ。色々と複雑な感情を、たった一つの表情で補ってくれるのだから。
 笑顔の意味に気がついた者は絶対にそれ以上訊ねてこないし、気がつかない者も、相手がジェイドという時点でそれ以上訊ねてこない。
 だからずっと彼は、その答えに笑みしか返したことがない。
 あの時から。



 ぽつりと頬に水滴があたった感覚に、ジェイドは大きく瞬きを一つした。
 今の今まで執務室で書類を眺めていたはずなのに、どうして水滴が落ちてきたのか。
 まさか雨漏りなど考えられないから、次に考えたのは、いまだにことある事に自分の執務室に押しかけてくる、主君であり幼なじみでもある男のことだった。
 しかしもう一度瞬きをしたジェイドの目の前にあったのは、見慣れた執務室の壁ではなく、どこか知らない寂れた外の景色だった。
 かすかに鉄錆臭い匂いがするのは、雨の匂いだ。
 鉛色をした、雨の景色。
 そこまで状況を把握するのに、数秒かかっただろうか。
 しかしそれだけではいま自分の置かれている状況を理解するのにはもちろん足りず、ジェイドはもう一度瞬きをしかけて、この景色が自分の記憶にあるものだと言うことに気がついた。
 その記憶に思い当たったところで、そんなはずはないと否定の思考が追いかけてくる。
 彼の地ははるか大洋を隔てた、その先。それに……。
 思考が否定の材料を並べ立てるよりも前に、それはジェイドの耳に届いた。
 少年特有の、まだどこかに高さを残した怒声。
 鈍色の風景の中にあざやかに翻る、その赤い色彩。
 そして、その視線の先にあるもう一つの色合いの違う赤。
 あの時も、こんなふうに自分は息を飲んだ。だけどそれは、薄々予想していた自分の過去の過ちの結果に対する落胆から来た物だった。
 だが、今は違う。
 純粋な驚きの目で、ジェイドは目の前で繰り広げられる剣戟を見つめていた。
 動きに連れて、少年の背にある長い夕陽色の髪が空を切る。
 もう二度と見ることのないと思っていた、その鮮やかな色。
 胸の奥底から、なにかがあふれてくるのがわかった。もうずっと、それこそ『彼』が帰ってきたあの月の夜から忘れてしまっていた、あたたかな何か。
 それが歓喜と呼ばれるものなのだと、ジェイドは知っていた。



 雨の中、呆然と立ちつくす面々の中で、ジェイドはさてと心の中でひとりごちてから口を開いた。
「ところで……イオン様がつれていかれてしまいましたが」
 今さらのようにはっと気がついたような顔をした彼らを見回してから、ジェイドはルークへと目を向けた。
「な…なんだよ……」
 懐かしい碧の瞳が、勝ち気そうに見上げてくる。そういえばこの頃は自分も彼のことを嫌っていたが、彼も自分のことをこんな目でいつも見ていた。
 思わず笑みを浮かべると、驚いたようにルークの目が丸くなる。だがすぐにそれは不機嫌そうに細められると、ふいとそらされた。
 それが照れ隠しの仕草なのだと気がついたのは、何時だっただろうか。こうやってあらためて気がつくと、ジェイドが惹かれたあの子供の片鱗はそこかしこに見え隠れしている。
 だけど、ここにいるのは彼であって彼ではない子供。


「……おい、さっきからなに人のことじろじろ見てんだよ!」
 突然目の前からあがった不機嫌な声に、ジェイドは現実に引き戻される。目を向ければ、敵意を露わにした顔でルークがこちらを睨んでいる。
 そういう反抗的な顔も悪くはないと頭の中で考えながら、ジェイドは手を伸ばすとそっとルークの頬を撫でた。
「無事で良かったですね」
「……は?」
 ぽかんとした顔をしたのは、ルークだけではなかった。すぐ近くにいたアニスも、突然のことに反応できないでいる。
 ジェイドがルークに対してあからさまに気に入らないという態度を取っているのは、パーティの面々もそれなりの形で感じ取っている。そんな彼がもっと酷い戦闘の後でならともかく、今この場でそういうことを言い出すとは誰も思いもしなかった。
「さて、この後どうするかですが。ルーク、あなたが決めてください」
「へ?俺?」
「ええ、あなたです」
 その言葉を受けて何かを言い出そうとするナタリアとアニスを目線で押しとどめると、ジェイドはふてくされたような顔をしているルークの顔を覗きこんだ。
「このまま陸路をいってイオン様を助けるか、それともバチカルに引き返してナタリア殿下を置いて海路を行くか」
「そんなのダメですわ!ルーク!わかってますわよね?」
 横合いから口をはさもうとする彼女を制するように片手を上げながら、ジェイドは視線をルークから動かさずに、もう一度問いをくり返した。
「なんで、俺が決めなきゃなんねえんだよ……」
「それが正しい形ですから。それに、本当はもうどうしたいのか、決まっているんじゃないんですか?」
 からかうような調子はなるべく抑えながら、ジェイドは切り出した。その言葉にはっとしたような顔になったルークは、だが次の瞬間にはまた警戒するような目を向けてくる。
「……イヤミかよ」
「いいえ。私はあなたがどちらを選んでもついて行きますよ」
「大佐?」
 アニスが、驚きと批難をまぜたような声をあげる。
 さすがに表だっては誰も言わないが、このメンバーの中ではジェイドが決定権を握っているのをアニスは知っている。その彼がルークの意見に従うというのであれば、それはすでに決定事項と同じ事になる。
 そして、それこそがジェイドの狙いだった。
 あの時は自分の罪から目を背けることに精一杯で、自分はまともにルークを見ようとしていなかった。もちろん彼の態度にまったく問題がなかったわけではないが、彼を追い詰める一端を作ったのは確かに自分だった。
 ルークはしばらくの間さぐるようにジェイドの顔を見ていたが、鬱陶しげに髪を後ろに払うと小さく息をついた。
「このまま陸路で行く。……イオンを、助けなきゃなんねーし」
「わかりました。では、このまま陸路でケセドニアに向かいます。よろしいですね?」
 その答えに、否やはあるはずはなかった。



 歩き出してしばらく行ったところで、ジェイドはさりげなくルークの隣にならんだ。
 それにやはりまだ警戒心を露わにして、ルークが見上げてくる。
「……んだよ」
 いかに自分がこの頃は彼に信用されていなかったのかを思い知らされながらも、ジェイドはそっと彼にだけ聞こえる声で囁いた。
「気になることがあったら、何でも聞いてください」
 その瞬間のルークの顔こそ、見物だった。まるで異物を見るかのような目で自分を見上げてくるルークに、ジェイドは微かに苦笑を浮かべる。
「どんなにくだらないことでもかまいません。出来る範囲でお答えしますよ」
 最後に、あの時は決して彼に向けなかった笑みを浮かべて、ジェイドはルークから離れた。何か言いたそうな目がこちらを見ているのを感じるが、あえて無視する。


 ルークが自分を見つめている。すぐ近くで生きて、声を発している。
 それだけで、衝動的に自分の手の中に引き寄せてしまいそうになる。
 お日様の匂いのする髪にキスを落として、くすぐったそうに笑う子供の唇に唇を重ねたくなる。
 今の自分たちの関係では、絶対に考えられないこと。だけどジェイドはすでにその甘い感覚を知ってしまっている。
 少しずつ、心を引き寄せなければならない。
 今のこの状況で、手をさしのべる自分にはじめは警戒をするだろうけれど、それを上手くリードしてゆく自信がジェイドにはある。
 本当は、いますぐにでも自分の腕の中に引き込んでしまいたい。
 彼を失ってからもう何年経っただろうか。
 まだ自分の指は彼の肌の感触もその体の形も覚えているし、自分の唇は甘いキスの味も情事のときに彼が流す涙や汗の味も覚えている。
 すぐにでも確かめたいのに、巻き戻された時間がそれを阻む。
 いや、そんな不満を言っている場合ではないことは良くわかっている。もう一度ルークに巡り合わせてくれたこの偶然の奇跡を、無駄にしてはいけない。
 思いにまかせてその身を攫い、人知れず閉じこめてすべてを奪い自分だけで満たすことを考えなくもない。
 だけどジェイドが欲しいのは、彼が知るあの少年なのだ。
 無理矢理奪うだけでは、あの甘美な幸福は手に入れられない。
 そう、ここからがはじまり。
 もう二度とあの幸福を失いはしない。


END(07/06/28)


というわけで、ネタとしては出来ていたのですが中途半端なので小話に収録でした!