掌の温度




 
「ジェイド、ちょっといいか?」
 宿の部屋割りも決まり、本日めでたく一人部屋を引き当てたジェイドは、部屋に入ろうとしたところをそう呼び止められた。
「なんですか?」
 ふり返れば、赤毛の少年が小走りにこっちにやってくるところだった。
「手を貸してくれないか?」
「買い出しなら手伝いませんよ」
 先回りしてそう答えると、まだ子供っぽさの残る頬がぷくりと膨れる。
「そうじゃなくて、手を出せよ」
 ジェイドは少し考えるような顔になってから、それでも彼にしては素直に手を差しだした。それを見て赤毛の少年──ルークは嬉しそうに笑うと、その手を取って掌同士を重ね合わせた。
「あ、やっぱでかいのなお前の手」
 ルークはむむっと軽く顔をしかめると、自分の手よりも大きなジェイドの手をしげしげと見つめた。
「……どうしたんですか?急に」
「いやアニスがさ、俺の手よりもジェイドの手の方がでかいって言うから」
「それはそうでしょう。普通に考えて、あなたよりも私の方が背が高いのですから」
「でも、おまえは譜術士だろ?だったら前衛の俺の方がでかいんじゃないかって思ったんだけどなあ」
「残念でしたね」
 まったくそんなことは欠片も思っていないような口調で、ジェイドが言う。
「うー、でもやっぱなんか納得いかねえよなあ」
 結果は目に見えているのにあきらめがつかないのか、ルークは何度も掌をあわせながら小さく唸っている。
「無駄だと思いますよ?」
「るせえなあ」
 それでもまだしつこく手を合わせていたルークは、ふと何を思ったのかあわせた手に顔を寄せた。
「へ〜、ジェイドって指が長いんだな。ほら、こんなに違う」
 なっ、と同意を求めるように上を向いた緑の瞳に、ジェイドはそうですかといつもの笑顔で気のない返事を返す。
「あらためて見るとけっこう骨張っているし」
「これでも一応軍人ですから」
 ぎゅうぎゅうと指を絡めてくるルークに苦笑しながら、ジェイドは視線を泳がせた。
「ルーク!」
 さてどうしようかと思ったところで、不意にルークの後ろから声がかかった。
「ガイ?」
「なにしてんだ?アニスが探してたぞ。おまえ、今日は買い出し当番だっただろう?」
「あ、いっけねえ!」
 途端にジェイドの手を離すと、ルークはそのまま駆けていってしまった。
 そんなご主人様をひらひらと手を振って見送ったガイは、ジェイドの方へやってくると、そのままで固まっているジェイドの肩を気の毒そうにぽむと一つ叩いた。
「子供のやることだから、許してやってくれよな」
「なんのことですか?」
 しれっとした声で返された答えに、おもわず苦笑が浮かぶ。
「なんでもないなら、良いんだけどな」
 ガイは苦笑を浮かべながらそういうと、ジェイドの横を通って部屋に戻っていった。


 後に残されたジェイドは、じっと自分の右手を見つめたまましばらくその場から動くことができなかった。


END
(07/07/07)



ジェイルクは不意打ちが好き。