笑顔の嘘




 
 なぜそんな話になったのか、わからなかった。
 いつものように不意打ちで訪れて情報交換を行った後、これもいつものことながらルークがもっと話をしたいと食い下がってくるのを、適当にあしらっている最中のことだった。
 本当のことを言えば、アッシュの方も以前よりはルークに対する憎悪に近い怒りはおさまっており、鬱陶しいとは思いながらもそれなりに気にかかる存在になりつつある。もちろん、決して口にしたりはしないが。
 対するルークの方は、なにがあったのかはじめの頃とはうって変わって、今ではアッシュの姿を見つけると嬉しそうに駆けよってくるほどだ。
 むけられる感情ははじめは罪悪感からはじまり、今では信じがたいごとだがはっきりと好意的な感情をむけられている。
 だから軽い気持ちで訊いてみたのだ。
 なぜ自分に必要以上に接触しようとするのか、と。
「そりゃ、アッシュのこと好きだから」
 おそらくあの死霊使いあたりから学んだのだろうと思われるような、しれっとした顔でそう答えたルークに、アッシュはひくりと唇を引きつらせた。


「……どうやら、その脳天気な頭をブッ叩いて修正する必要がありそうだな」
「おわっ…と!急に剣を振り回すんじゃねえよ。おまえが訊いたんだろ?」
 横にないだ剣筋をバックステップで避けると、ルークはむっとした顔でアッシュの方を睨んできた。
「俺は冗談が嫌いだ」
「あー、冗談通じなそうな感じだもんなお前。でも、冗談じゃないし」
「余計悪い!」
「だから、剣を振り回すなっつーの!」
 軽い身のこなしで攻撃をよけるルークに舌打ちしつつ剣をおさめると、アッシュは少し離れた場所で胸をなで下ろしているルークを睨みつけた。
「俺はおまえが嫌いだ」
「知ってる」
「お前は嫌われている相手が好きだって言うのか?」
「本当は、おまえにももっと俺のことわかって欲しいけどな」
「ざけんなっ!」
 いいかげん頭が痛くなってきたのでそのまま踵を返そうとすると、はしっと上着の裾をルークに掴まれる。
「……離せ」
「もう少し話ししてもいいだろ?滅多に会えないんだし」
「てめえの頭は湧いてるのか?どうしておまえはいつもそうやって、人の神経を逆なでするようなことをしやがるんだっ!」
「アッシュの怒った顔が好きだから」
 いまこいつは何を言ったのだろう。一瞬アッシュの脳がルークの言葉を理解することを拒否した。
「気色悪いこと言うなっ!」
「だって本当のことだし」
 きょとんとした顔でそう答えたルークに怒鳴りつけてやろうと息を吸い込んだアッシュは、しかし続けられた次の言葉に思わず罵倒の声を飲みこんだ。
「アッシュは俺に笑いかけないから。だから好きなんだ」
 そう言って微笑んだルークの表情が怖いくらいに明るいことに気付き、アッシュは気味悪そうにその顔を見かえした。
 だって、とルークが続ける。

「笑顔の嘘は残酷だけれど、怒り顔の嘘は優しいからな」

 返された言葉に、頭を殴られたような気がした。
 アッシュはなにかを言い返そうとして、上手く自分の口が動かないことに気がついた。
 否定したいのか、それともどうしてなのかと問い詰めたいのか自分でもわからない。
 ただ一つわかったことは、そう答えたルークの笑顔に自分が切り裂かれたことだけだった。



END
(07/07/03)


笑顔って時々残酷。