手を伸ばして




 
「あ……」
 角を曲がった途端に見慣れた顔を見つけて、ルークは思わず声をあげた。
 だいぶ離れていたにもかかわらずその声をどうやって聞きつけたのか、アッシュはこちらに顔を向けると、迷惑そうな顔をしてからくるりと踵を返した。
「おい!待てよアッシュ!」
 抱えた紙袋を落とさないように用心しながらルークは駆け出すと、アッシュの後を追いかけはじめた。
「ついてくるなっ!」
「なんでだよ。ここにいるって事は、用があったんだろ?」
「今回は、たまたま鉢合わせただけだ。だからついて来るな!」
「なんでだよ。せっかく会えたんだから、話したいこともあるし……」
「どうせつまらねえ事だろ」
「ンなことねえよ」
 がつがつと早足で歩きながら怒鳴りあうように話す二人は、はっきり言って往来でかなり目立っていた。
 なにしろ、ただでさえ彼らの鮮やかな赤い髪は人目を引く。しかもその二人は全く同じ顔をしていて、それが大声を上げながら歩いているのだ。目立たないはずがなかった。
「ちっ……」
 行き会う人々の視線に気がついたのか、アッシュは小さく舌打ちすると、ルークを無視したままさらに足を速めて目的の店の前に立った。その後を、小走りにルークが追いかけてくるのが足音でわかる。
 本当はこのままルークをまくことも考えたが、アッシュの無駄に高いプライドは、自分のレプリカにまとわりつかれただけで当初の目的を諦めることに、強い抵抗を感じていた。
「なんだ、お前も買い出しか?」
 ようやく追いついてきたルークは、紙袋を抱えなおすと店先を見渡した。
「てめえには関係ないだろう」
「お前なあ、そういう言い方はないだろ」
「うるさい。俺はおまえと話す事なんてねえ」
 それこそとりつく島もないアッシュに、ルークはむっとしながら半目でこちらを無視している横顔を睨みつけた。
「なんだ、不服そうな顔だな……」
「お前がそうさせてんだろ」
 子供っぽく拗ねたような顔をするルークに、アッシュは怒りよりも先に呆れを覚える。
 あれだけ突き放しているというのに、どうしてこのレプリカは自分にまとわりついてくるのか。最初はびくびくとこちらの顔色をうかがうようだったのに、最近では突進するような勢いで向かってくる。まったく、わけがわからない。
「はいよ、お兄さん」
 店主がさしだしてきた包みを受け取り代金を渡すと、なぜか釣り銭と一緒に小さな包みが手渡される。
 なんだと目で問いかけると、年配の女性店主は笑いながらルークの方へ軽く顎をしゃくった。
「弟さんにあげな。兄弟喧嘩もほどほどにするんだね」
「なっ……!こいつとは兄弟なんかじゃねえ!」
「おや、じゃあ従兄弟か何かかい?」
 そっくりだもんね、あんたら。そう言って店主はからからと声を立てて笑った。
「あの、その……、俺とアッシュは兄弟でも従兄弟でもないんだ」
 きっと何を言っても無駄だろうとアッシュがため息を落としかけたところに、不意におずおずとした様子でルークが口をはさんできた。
「そんなにそっくりなのにかい?」
「はあ、まあ……」
 曖昧に笑いながら答えるルークに、店主は不思議そうに二人の顔を見比べる。
「でも、他人の空似にしちゃあそっくりだね。あんたら」
 店主の目に、怪訝そうな色が宿る。それにどう答えるべきか必死に考えていたルークは、不意に腕を強く掴まれて慌ててアッシュの方をふり返った。
「……こいつとは、遠い親戚みたいなもんだ」
「アッシュ……」
「ああ、そうなのかい」
 ようやく納得した言う顔になった店主に、アッシュはこれで用は済んだとばかりにルークの腕を掴んだまま引きずるようにして店先を離れた。



 動揺からさめやらないままアッシュに引きずられて歩きながら、ルークは目の前で揺れる長い赤い髪をぼんやりと見つめていた。
「……なあ、アッシュ。なんで俺のこと、遠い親戚だなんて言ったんだ?」
 正直、意外だった。血縁関係があるのかと言われれば、ある意味自分たち以上に近い存在はないだろう。だけどアッシュはそういうことを一切認めていないと思っていたので、彼が突然あんな事を言い出すとは思ってもみなかったのだ。
「あのままだと、てめえは誤魔化しきれなかっただろうが」
「誤魔化す?」
「てめえは、自分のことを正直にレプリカだって言うつもりだったのか?」
 突然足をとめたアッシュにぶつかりそうになったのをなんとか避けると、ルークはさらに不思議そうな顔になった。
「……だって、別に本当の事じゃねえか」
「てめえは、つくづく馬鹿だな……」
 心底呆れたというように、アッシュがため息をついた。
「この街はレプリカへの反感が強い。てめえが不用意なことを言ったら、後々面倒なことになっていたぞ。もう少し、そういうところに気を配れ」
「あ、うん……」
 こくこくと子供のように頷くルークに、アッシュは本当にわかっているのだろうかと内心ため息をつきかけて、逆になんで自分がそんなことまで心配してやらなくてはならないのかと思い直した。
 どうにも、こいつといると調子が狂う。さっさと別れようと足を早めかけたアッシュは、がくりと後ろに引っ張られるような感覚を感じて、ぎろりと鋭い目つきでルークの方をふり返った。
「……なんだ?」
「へ?」
 きょとんと目を丸くして自分を見つめてくるルークに、さらに苛立ちが跳ねあがる。
「アホ面さらすな。さっさと離しやがれ!」
「離せって言われても……」
「なんだ?」
「アッシュが俺の手、掴んでいるんだと思うけど」
 アッシュの不機嫌顔が、一瞬にして豆鉄砲を喰らったような顔になる。その顔を見て、そういう顔になるとちょっと似ているかなあなどと暢気に考えていたルークは、突然手を振り払われても今回は少し余裕があった。



 そのまま凄い顔でアッシュが自分の顔を睨みつけて足早に去っていっても、ルークは追いかけなかった。
 アッシュが強い力で掴んでいた手は少し痺れていたけれど、それ以上にそこがほんわりと温かく感じられる。
 まるで本当の兄弟みたいに、手を繋いで歩いた。
 偶然だったとはいえ、繋がった手が余りに自然に組み合わさったのでかえってドキドキした。
 今日は帰っても手を洗わないでおこう。
 そんな、まるで恋する乙女のような事を考えているルークに、突っ込む相手は誰もいなかった。



END
(07/09/09)


もちろん、帰った途端におかん(ガイ)に手を洗うように怒られます。