蜂蜜味の悪夢
最近、変な夢を見る。
知っているような、でもやっぱり知らないような場所で、何かに追いかけられる夢だ。
その追いかけてくる何かを、見たことはない。
逃げるのに必死でふり返る余裕がないせいもあるけれど、一番の理由は怖いからだ。
子供じみていると笑われてもいい、怖いものは怖いのだから。
だけどあまりに頻繁にその夢を見るので、ある日ルークはこっそりとジェイドに夢のことを話してみた。
ジェイドはルークのつたない話し方での説明を根気よく聞いてくれて、そしてなぜかひどく困ったような顔をした。いつも人を煙に巻くような言動の多いジェイドがそんな顔をするのはまれで、そんな反応が返ってくるとは思っていなかったルークは、逆に不安そうにその顔をうかがった。
「……疲れているんでしょう。なんでしたら、よく眠れる薬でも出しましょうか?」
ルークの不安が伝わったのか、すぐにいつもの顔に戻ったジェイドはそう訊ねてきた。しかしルークは、首を横に振った。
「いらねえ。……目が覚めねえ方が、なんか不安だし」
ジェイドはその言葉を聞いて何か言いたげにルークの顔を見つめていたが、すぐにわかりましたと小さくため息をついた。
「怖かったら、ガイのベッドに潜り込んでもいいですよ。私は見なかったことにしておきますから」
「なんだよそれ、完全に子供扱いしてんな!」
「と言われましても、それで眠れないようでは困りますからね」
図星を指された顔になったルークに、ジェイドはにこりと音が聞こえそうな笑みを浮かべた。
「間違っても、私のベッドには入ってこないでくださいね。たたき出しますよ」
「誰がっ!」
思わずムキになって声をあげると、ジェイドはあやすようにルークの頭を軽く叩いて立ち上がった。
「あまり気にしないのが、一番だと思いますよ」
「……ん」
そう言われて、少しだけ心が軽くなる。ようは、誰かに聞いてもらいたかっただけなのかもしれない。ちょっと甘えているような気がしないでもないけれど、安心したのは確かだ。
だから素直にルークが感謝の気持ちを告げると、ジェイドは笑って小さく肩をすくめた。
その翌日、起きてきたルークの顔を見て全員がどうかしたのかと訊ねた。
だが、夢見が悪かっただけだと告げたルークに、他の者たちは顔色を心配しながらも大事ではなさそうだと判断したのか、ほっと息をついた。
ガイだけは少し違うのか、それでも心配そうにルークの世話を焼こうとしていたが、途中で煩がられでもしたのか、小さく肩を落として席に戻るのが見えた。
朝食を終えてそれぞれ出発の準備に部屋に戻る途中で、ジェイドはルークを捕まえた。
「どうしました?」
「……昨日言っていた夢を見たんだけどさ」
ルークはぼそぼそと言いづらそうにそう呟くと、なぜか少し顔を赤らめてやっぱりいいやと告げてくるりと背をむけた。
「ルーク?」
「本当に、なんでもねえから」
伸ばされた手から逃げ出すように階段を駆け上がると、ルークは昨日割り振られた自分の部屋に逃げ込んだ。
扉を閉め、そこにもたれかかる。
まだ顔が赤いのが、自分でもはっきりとわかる。
だって、言えるわけがないではないか。
昨日見た夢で、ルークはついに後ろから来る何かに掴まってしまったのだ。もちろん最初は怖くて必死に逃げようとしたのだけれど、結局は逃げることが出来なくて、自分は食べられてしまったのだ。
「うわ……」
ルークはさらに赤くなった自分の頬を押さえながら、ずるずると扉に背を付けたままそこにへたりこんだ。
食べられてしまった。
食べられたと言っても、バリバリとやられたわけではなくて丸呑みにされたのだけれど。だけど、だんだんと自分がなくなって自分を食べた何かの中に吸収されてゆくのまで、はっきりとわかってしまった。
だけど、驚いたのはそのことではない。
食べられているのに、怖いよりも気持ちいいと感じてしまったのだ。
夢から覚めたとき、ちょっと人には言えない状態になっていたことも問題だった。まさか怖いと思って必死に逃げていたはずなのに、掴まったら逆の感想を持つことになるなんて、思いもしなかった。
「さすがに言えねえよなあ……」
ルークは顔を赤くしたままそうぽつりと呟くと、大きなため息とともにがくりとうなだれた。
そして、ルークたちのいる街から遠く離れた街の宿で、同じように困惑したままベッドに腰掛けている人物がいた。
ついに食べてしまったのだ。夢の中であれを。
あれがなんであるのかは分からないけれど、それはとても美味しいものだった。
だけどどうしてだろう、あんなに美味しいものを食べたはずなのに、ひどく悲しい気持ちになっている。
夢に整合性を求めてはいけないことはわかっているけれど、そう感じることが無性に腹立たしい。
彼はぎゅっと眉間に皺を寄せると、苛立たしげに立ち上がった。
それはただの夢なのだろうか。
答えはたぶん、誰も知らない。
END
(07/09/09)
この二人だと、食べる食べられるは別の意味もあるのでなんとも。
知っているような、でもやっぱり知らないような場所で、何かに追いかけられる夢だ。
その追いかけてくる何かを、見たことはない。
逃げるのに必死でふり返る余裕がないせいもあるけれど、一番の理由は怖いからだ。
子供じみていると笑われてもいい、怖いものは怖いのだから。
だけどあまりに頻繁にその夢を見るので、ある日ルークはこっそりとジェイドに夢のことを話してみた。
ジェイドはルークのつたない話し方での説明を根気よく聞いてくれて、そしてなぜかひどく困ったような顔をした。いつも人を煙に巻くような言動の多いジェイドがそんな顔をするのはまれで、そんな反応が返ってくるとは思っていなかったルークは、逆に不安そうにその顔をうかがった。
「……疲れているんでしょう。なんでしたら、よく眠れる薬でも出しましょうか?」
ルークの不安が伝わったのか、すぐにいつもの顔に戻ったジェイドはそう訊ねてきた。しかしルークは、首を横に振った。
「いらねえ。……目が覚めねえ方が、なんか不安だし」
ジェイドはその言葉を聞いて何か言いたげにルークの顔を見つめていたが、すぐにわかりましたと小さくため息をついた。
「怖かったら、ガイのベッドに潜り込んでもいいですよ。私は見なかったことにしておきますから」
「なんだよそれ、完全に子供扱いしてんな!」
「と言われましても、それで眠れないようでは困りますからね」
図星を指された顔になったルークに、ジェイドはにこりと音が聞こえそうな笑みを浮かべた。
「間違っても、私のベッドには入ってこないでくださいね。たたき出しますよ」
「誰がっ!」
思わずムキになって声をあげると、ジェイドはあやすようにルークの頭を軽く叩いて立ち上がった。
「あまり気にしないのが、一番だと思いますよ」
「……ん」
そう言われて、少しだけ心が軽くなる。ようは、誰かに聞いてもらいたかっただけなのかもしれない。ちょっと甘えているような気がしないでもないけれど、安心したのは確かだ。
だから素直にルークが感謝の気持ちを告げると、ジェイドは笑って小さく肩をすくめた。
その翌日、起きてきたルークの顔を見て全員がどうかしたのかと訊ねた。
だが、夢見が悪かっただけだと告げたルークに、他の者たちは顔色を心配しながらも大事ではなさそうだと判断したのか、ほっと息をついた。
ガイだけは少し違うのか、それでも心配そうにルークの世話を焼こうとしていたが、途中で煩がられでもしたのか、小さく肩を落として席に戻るのが見えた。
朝食を終えてそれぞれ出発の準備に部屋に戻る途中で、ジェイドはルークを捕まえた。
「どうしました?」
「……昨日言っていた夢を見たんだけどさ」
ルークはぼそぼそと言いづらそうにそう呟くと、なぜか少し顔を赤らめてやっぱりいいやと告げてくるりと背をむけた。
「ルーク?」
「本当に、なんでもねえから」
伸ばされた手から逃げ出すように階段を駆け上がると、ルークは昨日割り振られた自分の部屋に逃げ込んだ。
扉を閉め、そこにもたれかかる。
まだ顔が赤いのが、自分でもはっきりとわかる。
だって、言えるわけがないではないか。
昨日見た夢で、ルークはついに後ろから来る何かに掴まってしまったのだ。もちろん最初は怖くて必死に逃げようとしたのだけれど、結局は逃げることが出来なくて、自分は食べられてしまったのだ。
「うわ……」
ルークはさらに赤くなった自分の頬を押さえながら、ずるずると扉に背を付けたままそこにへたりこんだ。
食べられてしまった。
食べられたと言っても、バリバリとやられたわけではなくて丸呑みにされたのだけれど。だけど、だんだんと自分がなくなって自分を食べた何かの中に吸収されてゆくのまで、はっきりとわかってしまった。
だけど、驚いたのはそのことではない。
食べられているのに、怖いよりも気持ちいいと感じてしまったのだ。
夢から覚めたとき、ちょっと人には言えない状態になっていたことも問題だった。まさか怖いと思って必死に逃げていたはずなのに、掴まったら逆の感想を持つことになるなんて、思いもしなかった。
「さすがに言えねえよなあ……」
ルークは顔を赤くしたままそうぽつりと呟くと、大きなため息とともにがくりとうなだれた。
そして、ルークたちのいる街から遠く離れた街の宿で、同じように困惑したままベッドに腰掛けている人物がいた。
ついに食べてしまったのだ。夢の中であれを。
あれがなんであるのかは分からないけれど、それはとても美味しいものだった。
だけどどうしてだろう、あんなに美味しいものを食べたはずなのに、ひどく悲しい気持ちになっている。
夢に整合性を求めてはいけないことはわかっているけれど、そう感じることが無性に腹立たしい。
彼はぎゅっと眉間に皺を寄せると、苛立たしげに立ち上がった。
それはただの夢なのだろうか。
答えはたぶん、誰も知らない。
END
(07/09/09)
この二人だと、食べる食べられるは別の意味もあるのでなんとも。