幸せプリン




目が覚めたら、目の前に小さな赤い毛玉が転がっていた。
アッシュは瞬き二つの間に状況を把握すると、小さくため息をつきながらベッドの上に体を起こした。
その動きに連れて、ころりと毛玉が転がる。その毛玉──もといハムスターになったルークは大の字になると、気持ちよさそうに眠りながらぽりぽりとお腹を掻いた。
その、緊張感の欠片もない寝顔に、ますますため息が出る。
なんの冗談なのか、目が覚めてもルークは縮んだままだった。



「朝から鬱陶しい」

アッシュは珈琲を飲みながら、丸いテーブルの隅で背中を丸めていじけているルークの背中を指で突いた。

「……うるせえ、この衝撃がてめえにわかるか」
「だったらさっさと元に戻れ」
「出来るなら、俺だってそうしてえよ!」

ルークは勢いよく立ち上がって振り向くと、地団駄を踏むように足を鳴らした。

「だいたい、どーして元にもどんねえんだよっ!」
「俺が知るか」
「酷い、アッシュは俺のこと好きじゃないんだ……」

よろよろと倒れるマネをしようとして失敗したのか、ぽてんと軽い音を立てて転がったルークに、アッシュは気付かれない程度に微妙な顔になった。
本当に好きでなければ手など出さないし、まして同じベッドで眠ることなど許すはずもないのだが、どうしてそれがわからないのか。今だって、さすがにハムスターサイズに縮んだのには驚いたが、これはこれで可愛いなどと思っている自分がいるというのに。
テーブルの上に転がったルークは、さらにいじけたのかその場でころりと丸くなっている。面倒な奴だと思いながら突くと、小さいくせに殺気のこもった目が睨みつけてくる。

「つつくなっ!」
「だったらその辛気くさい顔をどうにかしろ」

突くなと言うからかわりに小さい耳を引っ張ってやると、さらに嫌そうな顔をする。なんとなくだが、小さい動物をかまいたおしたくなる気持ちが分かってしまったような気がする。
ぷくりと頬をふくらませたルークが、ふんと顔をそらしてテーブルのすみっこに移動してゆくのを目で追ってから、アッシュは飲み終わった珈琲のカップを持って立ち上がった。

「おれは眼鏡のところに行ってくるが、おまえはどうする」
「……いかねえ」

座った目でふり返ったルークに、無理もないかと心の中で独りごちる。たしかに、あんな目にあってすぐに顔をあわせたい相手ではないだろう、あの男は。

「ついでに後で何か持ってきてやる」

丸まったままこちらを向こうとしない背中にそう呟くと、アッシュは部屋を出て行った。



部屋に戻ると、ルークはぺたりとテーブルの上に座り込んだまま、ぼんやりと窓の方を見ていた。
ドアの閉まる音に気がついてこちらを振り向いたルークが怪訝そうな顔をしたのに、ジェイドの不在を告げるとなるほどという顔になる。しかしその顔はアッシュの手元にあるトレイに視線が向けられると、好奇心丸出しの子供のような顔になった。

「アッシュ、なんだそれ?」

テーブルに置かれたトレイの上にあった皿に駆け寄ると、ルークはキラキラした目でアッシュを見上げた。

「見りゃわかるだろ」

口調はそっけないが、くるくると皿のまわりをまわっているルークを見るアッシュの目は楽しそうに細められている。
皿の上にのせられていたのは、透明なカップに入った卵色をしたプリンだった。甘いバニラエッセンスの香りとカラメルの香ばしい匂いが、甘い誘惑となってルークの食欲をそそる。
頭のあたりに花を散らさんばかりに幸せそうな顔をしているルークにつられて微笑みながら、アッシュはカップを逆さまに皿の上に置く。それを見て、ルークが不思議そうに目を丸くする。

「なにするんだ?」
「このままじゃ食えねえだろ。皿に移すんだよ」
「っ! どうやるんだ?」

ぴこんと音を立てそうな勢いで、小さな丸耳が立つ。

「どうって、ここの爪を折って……」

今更何をという口調で続けながら、アッシュは途中で口を閉じた。ビーズのように丸い目が、キラキラと輝きながらプリンの入った容器を見つめている。
そういえば、箱入り息子だったルークは、あまり庶民の食べ物に詳しくない。あの旅のおかげで少しは庶民の食生活に慣れたようだが、どうやら一般的にぷっ○んプリンと呼ばれるこれを見たのも初めてらしい。

「……やってみるか?」

その言葉にコクコクと首振り人形のように頷くと、ルークは容器の上に登ってえいやっと飛び出している小さな爪を足で踏み倒した。
ぷちっ。
そんなのどかな音を立てて、プリンが皿の上に落ちる。容器ごと持ち上げられたルークは、皿の上でぷるぷると震えているプリンを見下ろしながら歓声をあげた。

「うおおっ! スゲえっ!」

キラキラと緑色の瞳が嬉しげに輝く。
だが、さらによく見ようと容器にしがみついて下を覗き込んでいたルークは、自分の重心の位置が変わったことにまだ慣れていなかった。

「……んっ? う、おあああっ!」

重い頭が下を向いたことでバランスを崩したルークは、小さくなった手足をジタバタさせながらなんとか踏みとどまっていたが、アッシュが慌ててその体を支えようとするよりも先にころりと下に落ちていった。

「……」

空を切った手を呆然と見つめながら、アッシュはそろそろと視線をさげた。そこには予想通りというかなんというか、皿の上に潰れたプリンまみれになったルークが座っていた。
ぷるぷると、甘い欠片を頭にのせたままルークの体が震えている。
アッシュはため息をひとつつくと、両手で自分の耳を塞いだ。

「ちっくしょ〜〜っ!」

小さな足をふんばりながらそう一言叫ぶと、ルークは猛烈な勢いでプリンに頭を突っ込むようにして食べ始めた。
後で風呂場の洗面器にそのまま放り込もう。
怒っていたはずなのに、うっかり美味しさに負けたのか、幸せそうにプリンを手づかみで口に運んでいるルークを見ながら、アッシュは小さく肩を落としたのだった。





END(08/05/18)(初出08/04/12)



日記よりハムるくの再録。ミサトさんがくれたプリンネタv