ひまわり




目が覚めたら、隣で寝ていたはずのルークがいなかった。
アッシュはおろしたままの前髪をかき上げながらため息をつくと、ぺろりと上掛けをめくった。
二度目ともなれば、いいかげん耐性もつく。
予想通り、めくり上げた上掛けの下では、手のひらサイズに縮んだルークが赤い毛糸玉のように丸まりながら、のんきに眠っていた。

「起きろ、屑」

片手でつまみ上げながら軽くデコピンすると、いててと小さく呻きながら毛玉がむにゅむにゅと顔を擦る。その仕草に、うっかり和んでしまう。

「……んう〜? …アッシュ…?」

こてんと首を傾けるようにして目を覚ましたルークは、まだ半分寝ぼけているのかしょぼしょぼした目でアッシュを見あげると、ふああと大きく欠伸をした。

「ねぼけてんじゃねえ、さっさと目を覚ませ!」
「うおわああっ! じ、地震?」

のんきに寝ぼけているルークを思いきり振り回すと、ようやく目が覚めたのか、じたばたと短くなった手足をばたつかせてから顔をあげ、そしてそのまま硬直した。

「あ、アッシュが巨人に……!」
「……てめえには学習能力がないのか」

前回と全く同じ反応をしめしたルークにアッシュはため息をつくと、ぽいとベッドの上にルークを投げ出した。

「いてえっ! なにすっ……、うおおおおっ!」

ようやく今の状況に気がついたのか、ルークは慌てて飛び起きると弾みでそのままころりと横に転がった。
さすがに哀れになってアッシュはルークをもう一度つまみ上げると、手のひらにのせてやった。ルークはぷるぷると震える小さな手で自分の頭の上をさぐると、がくりと肩を落として背中を丸めた。間違いなく、またもや人にあるまじき丸い耳が頭の上に乗っている。

「ざっけんな――っ!」
「それは俺のセリフだ」

うがあっと、頭を掻きむしりながら手のひらの上でゴロゴロ転がるルークを胡乱な目で見下ろすと、アッシュは煩いとばかりにルークを軽く握った。

「うおっ! アッシュに握りつぶされるっっ!」
「……本当にあの世に送ってやろうか、てめえ」

すうっとアッシュの目が細められたのにルークは慌ててぷるぷると首を横に振ると、ようやく緩めてもらった手の上ではあとため息をついた。

「なんだってまた、こんな目にあわなくちゃなんねーんだよ」
「知るか……」

どんよりとした顔で呟くルークに、アッシュは非情にもそう言いきると、今度はそっと丁寧にベッドの上にルークをおろした。
手早く着替えをすませてベッドの上に目を戻すと、必死に頭を上に向けてこちらを見ているルークと視線が合う。そんなことをしているとまた後に転がるのに、と思って見ていると、案の定ころんとルークが後に転がる。
思わずそのまま見守ってしまうと、ルークはいじけたのか、どんよりとした空気をまとったまま丸くなった。

「鬱陶しい」

つんつんと指でつつくと、ちろりと顔半分だけでふり返るが動こうとしない。面倒なのでつまみ上げて顔の前までもってくると、小さくなってさらに幼くなった顔が、ふくれ面をしている。

(カワイイ……)

またもやうっかり和みそうになりながら、アッシュは慌ててそんな自分の考えを否定するようにわざとらしく咳払いをした。

「いつまでもンな顔してんじゃねえよ」
「うるせっ! あーもう! さっさと元に戻せっ!」

つまみ上げられたままルークはジタバタと短い手足を動かすと、むうっとした顔でアッシュを見あげた。
ルークのハムスター化を解くには、アッシュにキスをしてもらう必要がある。それはすでに前回でわかっていることなので、ルークは早くしろとばかりにアッシュを睨みつけた。
だが肝心のアッシュはしばらくルークの顔をじっと見つめると、何を思ったのかルークをつまみ上げたままドアに向かって歩きはじめた。

「アッシュ?」
「どうせすぐに元に戻せるんだ、せっかくだからしばらくその恰好でいろ」
「なっ! 馬鹿言ってじゃねーよっ!」

つまみ上げられた手から逃れようと、必死にルークはアッシュの手を小さな足で蹴るが、びくともしない。

「今日はおたがい公務も家庭教師もないからな。ちょうどいいだろう」
「ぜんっぜん、よくねーっつの!!」

うがあっ、とルークは噛みつかんばかりの勢いで叫ぶが、いきなりアッシュの指が優しく頭を撫でてきたのに、戸惑ったように彼を見あげた。

「少しは堪能させろ」

そう言って猫にでもするように指で喉の下を撫でられて、ルークは髪の毛の色に負けないくらいに真っ赤になった。

「お、おおおおおおまっ!」
「決まりだな」

そしてからかうようにちょんと鼻先をつつかれて、ルークはちろりと一度アッシュの顔をみあげると、渋々と小さく頷いたのだった。


* * *


朝食の席に小さくなったルークを連れて行くと、はじめこそシュザンヌは驚いた顔をしたが、すぐに笑みを浮かべるとあらためてルークの分の朝食を用意させるようにメイドに命じた。
小さく千切られたパンやそれにあわせて切られたハムやチーズが用意され、この時のためにと用意された小さなコップにはオレンジジュースが注がれる。
それらを両手で掴んで口元に運ぶルークの姿に、シュザンヌやアッシュだけではなく、給仕をしているメイドたちまでが相好を崩して見入っている。
最後にデザートのイチゴを両手でもってルークがかぶりついている姿は、その場にいた全員が心の中で思わず親指を立ててしまったほど、和み度の高いものだった。
特にシュザンヌは前回遊び損ねてしまったこともあって、朝食が終わるとすぐに、二人の息子の抗議など無視して、ルークを連れて部屋に戻ってしまった。
しかもその際、アッシュには買い物を頼むという用意周到さを発した彼女は、前回の借りを返す勢いでルークを構い倒した。
おかげでアッシュが戻ってきた頃には、ルークはぐったりと背中を丸めて自室のテーブルの上にいた。

「母上はどうした?」
「……昼寝の時間だって」

身体の弱いシュザンヌは、主治医の薦めもあって最近規則的に昼寝をするようにしている。本当はルークも一緒にとすすめられたのだが、さすがにそこまでかまわれるのは勘弁して欲しかったので、逃げてきたのだ。
じつはここに連れてこられる間もメイドたちが散々かまってくれたのだが、そのあたりは黙っておく。ほんのちょっぴりだけもてて嬉しかったのだが、自分がハムスターの姿になっていることを思うとちょっと空しかったりする。

「それよりてめえ。俺を置いて逃げたなっ!」
「人聞きの悪いことを言うな。母上から頼まれたのをおまえも見ていただろうが」

もちろん、完全な八つ当たりである。
だがこのちょこまか動く小さい姿を見ていると、一瞬ムッとはするがつい和んでしまう。
ここのところ公務で忙しかったせいか、思ったよりもストレスがたまっていたようだ。なるほどアニマルセラピーとはよく言ったものだ、などと、アッシュはなかなか失礼なことを考えていた。

「それより土産だ」
「みやげ?」

ぴこん、と小さな丸耳が立つ。そのくせ、見あげてくる顔はそんなんじゃ騙されねえって表情なのだが、よくよく見れば小さな尻尾もぴこぴこ動いているのが見える。
もともとルークは大変わかりやすい性格をしているが、ハムスターになると、それが耳や尻尾という媒体を通してさらにわかりやすくなる。
馬鹿な子ほど可愛いという言葉は自分には縁がないと思っていたのに、今ではしっかり実感しているアッシュである。
アッシュは懐から小さな袋を出すと、あけてやってからルークの前においた。なんだろうと興味津々でのぞき込むより前に、ふわりと甘いチョコレートの匂いが鼻をかすめる。

「チョコレートだ!」

さっそくごそごそと袋の中に頭を突っ込んで粒を取り出すと、ルークは嬉しそうにそれにかぶりついた。

「ん…? あれ?」

単なる粒チョコだと思っていたのに、中になにか入っている。それも、アーモンドとかそういう馴染みのあるものとは、ちょっと違うもののようだ。
香ばしい味に首を傾げながら口をもぐもぐさせていたルークは、じっと自分を見つめているアッシュの瞳に気がついて、怪訝そうに眉を寄せた。

「……ンだよ」
「美味いか?」
「おう」

中身はなんだかわからないが、たしかに美味しいことは美味しいので頷く。すると、アッシュはにやりと楽しそうな笑みを唇の端に刻むと、ルークの方に見えるように袋の表を見せた。
袋の表には、黄色い大きな花が描かれていた。それがなんの花なのか、さすがにルークにもすぐにわかる。

「さすがハムスターの好物だな」
「は?」

こてん、と首を傾げたルークにアッシュは意地悪げに目を細める。

「そいつの中身はひまわりの種だ。ハムスターといえばやっぱりこれだろう」

その一言に、ルークはチョコレートを手に抱えたままアッシュの手に思いきり蹴りをいれた。

「てっめええええっ! 誰がハムスターだっ!」
「お前に決まっているだろうが。なんだその耳と尻尾は」
「こっ、これはオプションだっ!」
「……なんのオプションだ。馬鹿なことを言うのもたいがいにしろ」

ぺしっと頭を指で小突かれて、ルークは恨みがましい目でアッシュを見あげてから、ぷいっと横を向いた。

「なんだ、もう食べないのか?」
「あったりめーだろ! ハムスターのエサなんて誰が食うか!」
「誰がハムスターのエサなんて言った」
「おまえが…って、へ?」

勢いよく上を見あげたせいでそのまま尻餅をつくが、そんなことよりもいま自分が見ている光景の方が衝撃的で、ルークはテーブルの上に座り込んだままぽかんとアッシュの顔を見あげた。

「お、おまえ。なに食ってンだよっ!」
「てめえは食わないんだろ」
「で、でもそれハムスターの」
「よく見ろ、れっきとした人間の食い物だ」

ふたたび突きつけられた袋のラベルには、そういえば動物用とかそういうことは一切書かれていない。

「ひまわりの種は普通に菓子としても売っている。てめえが知らなかっただけだろ」
「う〜っ。だったとしても、普通の菓子を買ってくればいいだろ! なんでひまわりの種なんだよ」
「そんなの、決まっているだろう……」

ふわりと、アッシュにしてはやわらかな笑みに思わず目を奪われる。だがそれは一瞬のことだった。

「面白いからだ」

そう言ってニヤリといつものくせのある笑みを浮かべたアッシュに、ルークは無言のまま小さな足で思いきり蹴りを入れた。



その後、やけくそになってチョコレートコーティングされたひまわりの種をすべて食べ尽くしたルークは、腹痛を起こして転げまわり、屋敷中を騒がせることとなる。
そして元に戻った後も丸一日ベッドの住人となり、少しだけ罪悪感を感じたアッシュは一日文句をたれるルークの相手をしてやっていた。



END(08/08/27)




タイトルでメルヘンを想像した方、申し訳ありませんorz。