ファンシーの二乗




 
突発的な事故というのは、何の前触れもなく起こるものである。
もちろんだからこそ突発事故というのだが、なにもこのタイミングで起こらなくともと、ルークはうちひしがれながら小さく背中を丸めた。
いや、現実的に丸めたルークの背中は小さくなっていて。
つまり、またいつものごとく、目が覚めたら彼はハムスター化していたのだった。
どういう原因があるのか定かではないが、つい先日からルークは、目が覚めたら突発的にハムスターになっているという怪現象に見舞われていた。
もっとも怪現象だとうちひしがれているのは本人だけで、周囲はひそかに彼が小さな手乗りハムスターになることを期待している。もちろん、本人が知らないところでの話である。
大きさは手のひらにちんまりと収まるサイズ。赤いひよこ頭には丸い小さなハムスターの耳。そしてぴこぴこと動く小さな尻尾。
本人以外には見るだけで和める、なんとも可愛らしい姿だ。
そんなちんまりとした姿でルークはたしたしと苛立ったように足踏みすると、ぐっと顔を上に向けた。

「ちっくしょ──っ!!! だけど、なんだって今日なんだよ!」

思わず叫んでしまう。だって今日は、待ちに待っていた日だったのに。
そう、今日はルークにとって初めてのハロウィンだった。



「しかも朝からならまだしも、なんで昼寝してなるんだよっ!」

ごろごろとベッドの上で転がりまわっていても、元に戻れるわけではない。それどころかうっかり枕の上から転がり落ちてシーツの波の中にダイブしてしまい、危うく抜け出せなくなるところだった。
ルークはじたばたと小さな手足を動かしながらそこから何とか抜け出すと、ベッドの足を伝って床におりた。
空しいことだが、ハムスター化すると身体能力が少しあがったりする。ルークはちょろちょろとテーブルのところまで行くと、同じように足を伝って上まで登った。
テーブルの上には、ルークが昼寝をする前に用意した衣装とカボチャをくりぬいたランタンが置かれている。そして籠にいっぱい用意された色とりどりのキャンディやチョコレートの包み。
屋敷の中だけで育ったルークは、あの旅の途中ではじめてハロウィンという行事があることを知った。
何しろルークがこの屋敷にアッシュの代わりに戻されたときはすでに10才になっていて、しかもルークがしっかりと物心がつき始めた頃にはすでにまわりは彼が早く大人になることを期待していたので、子供らしいそういう行事はいっさい行われなかったのだ。
そんなルークの境遇を仲間たちも知ってはいたが、本格的なハロウィンを満喫するには時間が足りず、その時はなんとなく雰囲気を楽しむだけだった。だから約束したのだ。来年こそはみんなで楽しもう、と。
もちろんその時にはもう、ルークは自分の時間が残されていないことを知っていたのだけれど、同じように知っているジェイドやティアもなにも言わずに頷いたので、大きく頷いた。
だけどこうやって戻ってくることが出来て、そしてその約束を守るためにこれからみんなが来てくれることになっているというのに、どうしてこんなことになってしまったのだろう。

「なんの恨みがありやがるんだ、ローレライっ!」

思わず八つ当たり的に恨み言を呟いてしまう。
この怪現象には、別にローレライは干渉していない。もしかしたら音譜帯の彼方で、誤解だと泣いているかもしれない。
とにかく、こんな姿はみんなには見せられない。
いや、ジェイドとナタリアにはすでに一度見られているけれど、できればティアとかティアとかティアには見られたくない。
しかもタイミングの悪いことに、ルークが元に戻るために必要なアッシュは、どうしても外せない予定が入って夜まで帰ってこない。
みんなが来るのは夕方頃のはず。それまでどこかに隠れているしかないだろう。
ルークはきょろきょろとテーブルの上で部屋の中を見まわしたが、あいにくとあまり家具を置いていないルークの部屋には隠れるのに最適な場所はそうない。
ベッドにもぐり込んでいれば即見つかるだろうし、埃っぽいところには隠れたくない。しばらくきょろきょろと部屋の中を見まわしていたルークは、ふと自分のすぐ横にあるランタンに気がついて、じっと見つめた。
中をくりぬいて作られたランタンは、自分よりも大きい。少し考えてから、ルークはえいやとランタンを蹴り飛ばした。
弾んでテーブルから落ちたランタンは、柔らかな絨毯のおかげか割れることなく床に着地したようだ。
さらにお菓子の包みをいくつか引き出して床に落とすと、ルークは急いでテーブルから降りた。
急いで降りたのでうっかりお尻を強打したりもしたが、無事に床に着地すると、ルークは転がっているランタンを机の影にひきずっていって、先程落とした菓子の包みを抱えたまま中にもぐり込んだ。
予想通り、ルークの背の高さぎりぎりの大きさのランタンは、座ってしまえば狭いがなかなか快適な隠れ家だった。カボチャの少し甘い匂いも、綺麗に中を洗ってあるせいか、そんなに気にならない。
ルークは小さくなってしまった身体には大きすぎるチョコレートの包みを開くと、その端っこを囓った。甘いチョコレートの味がふわりと口の中にひろがる。 それにほんの少しだけ慰められたような気がしたが、すぐに今の自分の姿を思い出してしょんぼりと耳を垂らした。
こんな姿でも、仲間たちが気にしないのはわかっている。
だけどみんなと一緒に騒ぐには、あまりに今の自分の身体は小さすぎる。

「アッシュのバカ野郎……」

それこそ本当に八つ当たりだがそう呟くと、ルークはもう一口チョコレートをかじった。
なぜか甘いはずのチョコレートが、ちょっぴり塩辛い味がした。



その日の宵の口。急いで屋敷に戻ってきたアッシュは、屋敷の者達がそれこそ屋敷中をひっくり返すような騒ぎでルークを捜していることを知り、目を丸くした。
はじめは屋敷の者達もルークの姿が見えないのは、待ちきれずに街に降りて彼の仲間たちと合流しているものだと思っていたのだ。
だが時間になっても待ち合わせ場所に現れないルークに、ティアたちが心配して訊ねてきたのを受けて、はじめてルークがいなくなったことを知ったのだった。
アッシュは小さく舌打ちしからルークと回線を繋げようとして、繋がらないことにもう一つ舌打ちをした。
厄介なことに、相手の意識がない状態では回線を繋げることが出来てもどこにいるのかまではわからない。気を失っているのか寝ているのかわからないが、とりあえずルークの意識がないことだけはたしからしい。
アッシュは外出用のマントを着たまま部屋に向かうと、乱暴にドアを開いた。
すでに誰かが探しに来たのか、灯りがつけっぱなしになっていた部屋の中は当然もぬけの殻。テーブルの上には着るはずだった衣装が、綺麗にたたまれたまま置かれていて、菓子の入った籠もそのままになっている。
アッシュはそのまま踵を返そうとして、ふと違和感を感じてもう一度部屋をふり返った。
何かが足りないような気がする。
アッシュは記憶を掘り出そうとするように一度目を細めると、ふと大きく瞳を見開いた。
机の上にあったはずの、カボチャのランタンがない。どこにいったのだろうと視線をめぐらせて、テーブルの足元にまるで隠れるように転がっていることに気がつく。
なにかの拍子にルークが落としたのだろう。だけど、なぜかそのランタンがとても気になった。
アッシュはランタンを拾い上げると、何気なく中をのぞき込み、そのまま硬直した。そして深くため息を一つつくと、さてどうしたものかとランタンを目の高さまで上げてみた。
不器用なルークの代わりに料理長が綺麗にくりぬいたカボチャのランタンの中に、見慣れてしまった小さな赤い毛玉が丸まって入っている。
しかも、菓子の包みをしっかり抱えたまますよすよとのんきそうな顔で眠っている。
これは、どうするべきか。
ファンシーなものに、ファンシーなものが入っている。しかも、破壊力抜群の可愛らしさだ。

(起こすに起こせない……)

なんだっていきなりまたハムスター化してるんだとか、テメエ今までそこで寝ていたのか、とか色々と言いたいことはある。
だがしかし、あまりのことにどこをどうすればいいのかわからない。

「むにゅ……」

もそもそとランタンの中のルークが動いて、にへらっと笑みを浮かべる。
だが別に起きたわけではなく、単に寝ぼけているだけのようだ。
しかしその笑みは、被験者をさらに硬直させるのに十分なだけの破壊力を備えていた。


そのあと結局、ランタンの中で目を覚ましたルークが、ジッと自分をのぞき込んでいるアッシュに驚いて悲鳴を上げるまで、その硬直状態は続いたのだった。




END