クリスマスの星




 
もう何となく恒例になりつつあったので、嫌な話だが、覚悟は出来ていた。
だけど覚悟が出来ているのと、実際にそうなってしまうのとはまた別の話で。しかもさらにへこむことに、今回はちゃんと目が覚めているときの出来事だった。

「……なんて、考えている場合じゃねえか」

ルークはじたじたと短くなってしまった手足をばたつかせると、なんとかすぐ下にあった枝にしがみくことに成功した。
ようやく不安定な体勢から脱出できて安堵のため息をつくが、まだ危機は去っていない。なにしろいまルークがいるのは、ファブレ家の巨大なクリスマスツリーの天辺なのだ。

「油断したな……、朝起きたときは平気だったのに」

小さなため息とともに、頭の上の小さな丸い耳がへにょりとへたる。もちろん普段のルークの頭の上にはそんなものはない。というか、いまの彼は、普段の彼の何百分の一に縮んだ姿になっていた。
いまだに解明していない、ときどきルークの身に起こる謎現象。それが、このハムスター化だ。
通常ならまずありえないだろうという超常現象なのだが、本人以外にはいたって評判は良い。もちろんルークにとっては、迷惑以外の何物でもない。
一番困るのは、この謎のデフォルメ化現象がルーク本人の意志に関係なく、また本当に何の前触れもなく起こることだった。
それを考えると、これまでずっと寝ている間にハムスター化していたのは運が良かったのかも知れない。少なくとも、いまルークが直面しているような危険には無関係でいられるからだ。
ルークはそろそろと下を見下ろして、ぴこっと丸い耳を立たせた。予想以上に高い。たぶん、エルドラントの端から海を見下ろしたときくらいの高さはあるんじゃないだろうか、と考える。もちろん、ハムスター比でだ。

「……落ちたらタダじゃすまねえだろうな」

さすがにそれくらいはわかる。なにしろ大きいときの自分だって、はしごをかけないと上の方の飾りはつけられなかったのだ。

「こんなことなら、天辺の星を最後にするんじゃなかったな」

ため息とともに、へにょっと丸い耳が垂れる。最後の達成感を感じたくて最後にまわしたのだが、よもや星をのせようとした途端、自分が小さくなるとは思っても見なかったのだ。
そういえば天辺の星はどうなったのだろうか。
ルークはしっかりと小枝にしがみついたまま、そろそろと下をのぞいた。だが下の方に裾を広げている樅の枝のせいで、まったく見えない。いったい誰がこんなでかいツリーを置こうなんて考えたんだと責任転嫁したくなるが、それが他ならぬ自分だったことを思いだして、ルークはがっくり肩を落とした。
しかし困った。
ツリーがあるのは表の玄関ホールで、ここは来客か家族のものが帰宅しない限りあまり人が通らない。屋敷の者達は今日のパーティの準備で忙しいし、うっかりすると、かなりの時間がたたないと自分がいないことに気付いてもらえない可能性もある。
いや、それ以上にこの姿でここにしがみついている現場を誰かに見つけられるのは、あまり嬉しくない。

「がんばって降りるか……」

ルークはそう決心すると、そろそろと枝を掴みながら後ろ向きに降りはじめた。
ちくちくする葉をつかみながら、よたよたと枝を下りてゆく。途中からはモールからモールに移ってゆくことで、かなり距離が稼げた。アッシュに文句を言われながらもこのモールをもふもふと沢山飾った自分を、ちょっと褒めてやりたい。

「これならなんとか降りられそうだな」

降りたら降りたで移動するのが大変なのはわかっているが、とりあえず今ここで必死にツリーにしがみついている姿を見られなければいい。その一心でルークは小さくなってしまった手足を動かしていた。
そうやって時間をかけながらもなんとかじりじりと下りて行きながら、ルークはツリーの中程まで来ると、ちょっと休むためにモールを掴んだまま枝の上にとまった。そこには雪に見立てた綿が置いてあり、ちくちくする葉とは違いふわふわとして温かい。
ただやっかいなのは、ぼーっとしていると眠くなることだ。さすがにルークも、ここで寝たらどうなるかぐらいはわかっている。しかし小さくなってしまった身体でこのツリーを降りるのは、なかなか骨が折れるのだ。

「あーあ。アッシュの奴いつ帰ってくるのかな」

ルークはぴこぴこっと小さな耳を動かすと、小さな身体には似合わない深いため息をついた。ルークのハムスター化は、アッシュの協力がなければ解けない。だが彼は、今日は朝から出かけてしまっているのだ。
さすがに夕方前には帰ってくるだろうが、出来れば早いところこの状態から脱したい。
一番怖いのは、この状況を母親に見つかることだろう。彼女のことだから、ここぞとばかりにクリスマス関連の衣装を着せられるに違いない。
可愛く思ってくれるのはありがたいが、ほとんどぬいぐるみ状態で可愛がられるのははっきりいって迷惑だ。一応実年齢は10才以下とはいえ、身体的には成人間近。自分の気持ちだって一応大人の仲間入りをしていると思っているのに、その扱いは勘弁して欲しい。

「……さっさと降りよう」

そして、どこかにこっそり隠れていよう。アッシュが帰ってくるまで。
ルークはそうもう一度決心すると、よいしょっと立ちあがって近くにあったモールを掴んで引っ張った。

「……え?」

なんだか変な手応えとともに、くるりと視界がまわる。そしてなにごとかと思っている間に、身体が宙に投げ出された。

「へっ? うっ、わああああぁっ〜!」

まるで振り子のように大きく左右に振られ、ルークは必死にモールにしがみついた。だがここまで降りてきた疲れもあって、手が痺れてくる。もうだめだと思ったその瞬間、床まで落ちるはずの身体がなにか温かいものの上にころんと落ちた。

「……なにをしている」

ため息とともに降ってきた、呆れたような声。ルークが逆さまになった身体をもとに戻そうとじたばたと小さい手足を動かすと、ひょいとつまみ上げられる。
そして持ち上げられた先では、呆れた顔で自分を見つめているアッシュの顔があった。

「あ、アッシュ!」
「まさかと思って早く帰ってきてみればこれか」
「しかたねえだろ! 俺だって好きでなっているわけじゃねえ!!」

うがっと途端に元気に怒りだすルークをつまみあげながら、アッシュは指でルークの頭をペしりと叩いた。

「ともかく……。なにあぶねえことやってんだテメエは。小さくなったんだったら、大人しくしていろ」
「飾り付けやっている最中に急になったんだよ!」
「飾り付け?」

アッシュはあらためてツリーを見あげて、天辺で視線をとめた。

「一番上のやつはどうした」
「つけようとしたら、この有様だぜ」

だからさっさと元に戻せと睨みつけるルークを見て、それから視線を左右に動かして床の上に落ちている星を見つけたアッシュは、まず星を拾い上げた。そしてルークを自分の肩に移すと、まだかけっぱなしになっていたハシゴを登りはじめた。

「アッシュ?」

ルークはアッシュの肩にしがみつきながら、予想外の行動を取る彼に不思議そうに首を傾げた。
やがて天辺にたどりつくと、アッシュはルークを掌に乗せなおして星を渡した。

「……わっ!」

ルークよりもずっと大きいその星は、うっかりすると押し潰されてしまいそうに大きい。まさか自分を押し潰すつもりじゃないだろうなと上目づかいに見あげると、ため息をつかれた。

「いいから、それにしっかり掴まっていろ」

言われるままに星にしがみつくと、アッシュはルークを乗せたまま星をツリーの天辺にくくりつけた。

「ほら、これでいいだろ」

ぽかんと口をあけたままのルークをひょいと摘んで肩に戻すと、アッシュは視線をそらせたまま呟く。よく見ると、耳の下のあたりが真っ赤になっている。
たまらず肩の上で背伸びして顎のあたりにキスをすると、驚いたアッシュがこちらをむく。そこにすかさずもう一度伸び上がってキスをすると、ちょうど唇の端にキスが掠った。


ハシゴの上でいきなり元に戻ったルークがアッシュを巻きこんで床に落ち、思いきり頭を殴られたのはそのすぐあとのことだった。




END