ひなげしの贈り物




 
先ほどから自分の後をついてくる軽い足音が一向に近づいてこないのを怪訝に思いながら、ガイはくるりと背後をふり返った。
その途端、ぴょこんとびっくり箱のように飛び上がったルークが慌てて柱の壁に逃げ込むのが見えた。まるで本物の猫そのものの動きに苦笑しながら、ガイはそっと自分も近くにあった物置台の陰に隠れた。
しばらくして、ひょこんとひなげし色の頭と白い耳が柱の影から覗くのが見える。きょろきょろと周囲を見まわしてガイの姿が見えないのに焦ったのか、パタパタと先ほどよりも足音をたててこちらに走ってくる。
「なにやってんだ、ルーク」
「うわあっ!」
ちょうど目の前を通り抜けるというタイミングを狙ってガイが身体を半分だけ覗かせると、ルークはぶわりと尻尾をふくらませて飛び上がった。
そしてそのまま後ろに尻餅をつきそうになったルークの身体をガイはひょいと片腕で抱きあげると、目を丸くしたまま尻尾をふくらませているルークににやりと笑った。
「慌てすぎると転ぶぞ」
「おっ、おまえが驚かせたんだろーが!」
ようやく驚きからさめたルークが、ぱしぱしと抗議するように尻尾でガイの腕を叩く。だが兄たちと違ってまだ小さなルークのそんなささやかな攻撃は、ガイには痛くも痒くもなかった。
「で、なにやってんだ。こそこそ人の後をついてきて……。なにかおねだりか?」
ぷくりと膨らませたルークの頬を軽くつつきながら、ガイは優しく目を細めた。
公爵家の仔猫三兄弟の末っ子であるルークは、自分が拾い子だという遠慮があるせいかあまりワガママを言わない。もちろん公爵夫妻も先に彼らの子供として引き取られていた双子たちも、そんな差別をするどころからむしろこの仔猫を溺愛している。
だが意外に頑固なところがあるルークは、自分から何かを強く主張することがあまりない。だからそんな仔猫が何かを望むのなら、できるだけかなえてやりたいというのが、この屋敷の者達に共通する思いだった。
「あのな、もうすぐルーシュたちの誕生日だろ?」
「ああ、そうだな」
双子の仔猫たちの誕生日を二週間後に控えたファブレ家では、その準備が着々と進められている。ガイも自分が世話をしている仔猫たちにささやかながらもプレゼントを贈ろうと、こっそり自室で音機関を組み立てている最中だったりする。
「俺も、二人に何かあげたいんだ」
いつになく真剣な顔で見あげてくるルークに、ガイは大きく瞬きをしてから破顔した。
「いいんじゃないか? 喜ぶぞあいつら」
「それでな、ガイに頼みがあるんだ」
「買い物だろ。なら付き合ってやるぞ?」
「本当か?」
ぱっと顔を輝かせたルークの頭を、ガイは優しく撫でてやった。
「じゃ、早速出かけるか。今日は二人とも、お茶の時間まで家庭教師が来ているからな」
「うん!」
勢いよく頷いたルークの尻尾が、嬉しそうに跳ねる。
そして、さっそく何を買おうか悩みはじめたルークを腕に抱いたまま、ガイは外出の支度をするために離れへと足を向けたのだった。



店のショーウインドウを鼻をくっつけんばかりに覗きこんでいたルークは、今日何度目になるか分からないため息をついた。
何か素敵なものを買うんだと意気込んで出てきたはいいが、それでは何を買おうかと改めて考えるとこれだという物が見つからない。
なにしろルークも双子も公爵家子息などという恵まれた環境にいるので、大抵の物は持っている。そうなると、何を買えばいいのかさっぱり見当がつかないのだ。
ガイもあれこれアドバイスしてくれたが、やはりどうもピンとこない。どれもいいとは思うのだが、大好きなあの二人にあげるにはもっと自分がこれだと思った物を渡したかったのだ。
「決まったか?」
隣にしゃがみ込んで一緒にショーウインドウの中を見ていたガイが、ふり返って訊ねてくる。それに小さく首を振ると、ルークはへにょりと尻尾をたらした。
「どうしよう、決まらない……」
「う〜ん、こればっかりはルークが良いって思った物じゃないとなあ」
ガイも隣に座ったまま、頭を掻いた。
「なあ、ガイは何をあげるんだ?」
「おいおい、人にプレゼントのこと訊くなよ」
「……うう、ごめん」
今度は尻尾だけでなく耳まで垂らしてしまった仔猫に、ガイの方が焦る。
「へこむなよ。……物までは言えないけれど、ちょっとした音機関をつくってやるつもりだ」
「手作りの物か〜」
「とはいっても、キットを組み立てた物を少しアレンジするだけだけどな」
そういって笑ったガイの顔を見あげながら、ルークはちょっと考えこむような顔になった。ぴこぴこと揺れる白い耳を見ていたガイが、不意に思いついたようにあ口を開いた。
「なあ、気に入った物が見つからないんなら、おまえも何か作ってみるのはどうだ?」
「へっ?」
長い尻尾が、驚きをあらわすようにまっすぐ立つ。
「で、でも俺。不器用だし……」
「簡単な物なら大丈夫だろ。俺もちょっと手伝ってやるから。どうだ?」
うーんと一人前に腕を組んで考えこむルークのつむじを見下ろしながら、ガイはその可愛らしい様子に思わず噴き出しそうになるのを堪えた。
「そうだな、やってみるか……」
「よし、そうと決まったら行こうぜ」
ガイはルークの手を掴むと、踵をかえした。
「ガイ?」
「そうと決まったら、さっきあっちで良さそうなものを見かけたんだ。おまえにでもできそうな奴をな」
そう言うと、ガイはおどけたように軽くウィンクした。それにつられたようにルークもぱっと顔を輝かせると、ガイに遅れないように小走りに走り出した。



数日後、アッシュとルーシュの誕生日が盛大に行われた。
もっとも、祝いの席は本人たちの希望で屋敷の者とごく親しい者だけを招いたものだったが、公爵家の子息である彼らへは方々からプレゼントが贈られてきていた。
そんな中で、今日ばかりは二人から少し離れた場所にいるルークは、妙にそわそわと落ち着かなかった。
「どうしたんだ? ルーク」
それを見とがめたルーシュが、ルークの元にやってくる。
「なんかさっきから落ち着かねえみたいだけど、具合でも悪いのか?」
「ちっ、違うよっ!」
ルークはぴこっと耳を立てると、慌てて首を横にふった。だがあきらかにいつもと様子の違うルークに、ルーシュは不満そうに唇を尖らせた。
二人の様子に気がついたアッシュも、怪訝そうな顔をしながらこっちにやってくる。それにどうしようかとおろおろしているルークの後ろに、ガイが立った。
「ほら、いつまでもぐずぐずしていて仕方ないだろ」
「う、うん……」
幸い兄弟で固まっていても他に話しかけてくる者もいないようなので、ルークはもじもじしながらもポケットから小さな包みを二つ取り出した。
「これ……」
「えっ! もしかして俺たちにか?」
煮え切らない態度のルークにちょっと不機嫌になりかかっていたルーシュが、きょとんと目を丸くする。
「開けてもいいか?」
ルークの手から包みを受け取ったアッシュが、確認してくる。それに小さく頷くと、ルークはぱたぱたと不安そうに尻尾を振った。
ルーシュも慌てて包みを受け取ると、急いで包みを開いた。
「「あ……」」
ほぼ同時に包みの中身を確認した二人から声が上がる。包みの中から出てきのは、赤とオレンジの髪を括るための飾り紐だった。だがよく見るとところどころ編み目が不格好になっていて、全体的によれた感じになっている。
あらためてその不格好さを目の当たりにしたルークは、へにょんと尻尾をたらした。
「ごめんな。それ、俺が作ったんだけどところどころ失敗しちゃってさ。でもその二つが一番まとも……っ?!」
ぼそぼそと言い訳をしているうちに次第にうつむきがちになっていたルークは、急に身体の両側から強く抱きしめられてぶわりと尻尾をふくらませた。
「ばっか……! おまえ本当に馬鹿だなあっ!」
「ふえあっ?」
ぎゅうぎゅうと抱きしめながら頬をすり寄せてくるルーシュに、ルークは助けを求めるように反対側から抱きついてきているアッシュの方をふり返る。するとそこには、なぜかちょっと困ったような、それでいてなんだか少し照れたような顔をしたアッシュがいた。
「おまえが俺たちのために作ってくれたんだろ? だったら、最高のプレゼントだ」
そう言うなり、アッシュもルーシュと同じように力一杯ルークを抱きしめてきた。


そして二人の兄に同時に抱きつかれておろおろしている末っ子を中心に、猫団子になっている可愛らしい赤毛猫耳族の兄弟に、その場にいる誰もが温かい笑みを贈ったのだった。


END
(10/03/03)


耳の日記念〜