自鳴琴・16




***

 一瞬、それは自分の悲鳴なのだと思った。
 ハッと見開いた目に、鋭い白光が瞬くのが見える。そしてそれを追うように、地を揺るがす轟音が続く。
 アッシュは見開いた目を天井に向けたまま震える息をなんとか吐き出すと、手足のこわばりを解いた。
 全身の毛穴から汗が噴き出したような不快な感覚に眉をひそめ、大きく瞬きをひとつする。しかし嫌な音を立てて激しく打つ鼓動は押さえきれず、アッシュは自分のふがいなさに歯がみしたい気持ちだった。
「……ったく」
 まだ、心が夢の混乱の中から抜け出せていない。その動揺が全身に影響しているのか、手が震えているのが自分でもわかる。それでもなんとかアッシュは体を起こすと、震える手で乱れた前髪を掻き上げ深いため気をつく。
 窓の外の嵐は眠る前よりも激しさを増しているらしく、凄まじい風雨の音と雷鳴が轟いている。嫌な音だ、とアッシュが顔をしかめるより前に、今度ははっきりとした悲鳴がすぐ間近で上がった。
 突然耳朶を打った悲鳴に、アッシュは弾かれたように自分の隣に目をやると大きく目を見開いた。
 悲鳴は、ルークのものだった。彼はアッシュからすこし離れた場所で体を二つに折り曲げるようにしてうずくまり、両手で頭を抱えるようにして震えていた。
「レプリカ?」
 咄嗟に反応できずに声だけをかけると、雷鳴に被さるようにして悲鳴があがる。ルークは悲鳴をあげながら、さらに小さく体を丸めた。
「おいっ、しっかりしろ!」
 ようやく我に返ったアッシュはルークを引き起こそうと手を伸ばしたが、触れた途端ルークの体がまるで電流でも走ったかのように大きく震え、さらに高い悲鳴があがった。
「どうした、レプリカ!?」
 ようやく尋常ではないルークの反応に、彼が雷に怯えているのではないと気付く。アッシュは思わずひるんで引っ込めかけた手をあらためてのばすと、ルークの腕を掴んだ。
「いやあああっ──っ!」
 腕を掴んだ途端、すさまじい勢いで振り払われる。
 突然のことに呆然と見つめるアッシュの目の前で、ルークはさらに何かから身を隠そうとでもするように体を丸める。
「いやだ、いやだ、いやだ……っ!」
 ルークは怯えきった悲鳴を上げて両手で頭を抱えるようにして耳を塞ぐと、何かを必死に否定するかのように激しく頭を左右に振りはじめた。
「レプリカっ!」
 再度アッシュが叫ぶが、恐慌状態に陥ったルークには聞こえないらしく、狂ったように打ち振られる頭の動きはとまらない。
「ルークっ!」
 咄嗟に呼んだその名に、びくりと大きくルークの体が震える。アッシュはもう一度ルークの腕を強く掴むと、自分の方へ引き寄せるようにして起きあがらせようとした。
「いやだぁっ!」
 腕を掴んだ途端、激しい拒絶の声がルークからあがる。
 悲痛なその声にひるみながらもなんとかルークの体を押さえこもうとするが、錯乱しているせいなのか、なんの加減もされていない力で抵抗されてなかなか上手くいかない。
 だが、所詮はなんの考えもなく暴れているだけにすぎない。騎士団で実戦訓練を積んでいたアッシュに、かなうはずがなかった。
 がむしゃらに振り回される両腕を捕らえてねじあげると、そのまま引きずりあげるようにして無理矢理一度体を起こさせる。そしてアッシュの手を振り払おうと必死に暴れまわるルークの体をベッドの上にたたき付けて衝撃を与え、動きを止めたところをシーツの上に組み敷く。
「レプリカっ! いいかげんにしろっ!」
「ああああっ──ッ!!」
 上からのしかかられて思うように動けないのがもどかしいのか、泣き声混じりの悲鳴があがる。まるで手負いの獣のように暴れる体を押さえこみながら、アッシュはルークの上げる悲鳴に、体の奥底でなにかがじりじりと焦げてゆくような苛立ちと不快感がこみ上げてくるのを感じていた。
 今まで、このルークがアッシュを拒んだことは一度もなかった。
 いつだって邪険に扱ってきたのはアッシュの方で、ルークは一方的にアッシュを追いかけ求めてきた。それなのに、どうしていまルークは自分を拒んでいるのだろうか。
 それは酷く驕った考えだったが、突然のルークの異変と自身の混乱に巻きこまれているアッシュには、その時冷静な判断は出来なかった。
 思いのままにならないルークに焦れ、アッシュは勢いよくその頬を張った。痛みに怯えたように、一瞬ルークの抵抗が弱まる。その隙を逃さずに体全体を使ってアッシュはルークを押さえこむと、アッシュは突然何かに気が付いたのかハッとした顔で間近にあるルークの顔を覗きこんだ。
「まさかおまえ、記憶が戻っているのか……?」
 どろりとした不快な夢の記憶が、一気にアッシュの中によみがえる。それがまるで毒酒を呷ったような、狂った酩酊を呼び覚ます。
「いやああっ!」
「答えろ、レプリカっ!!」
 目の前を流れてゆく、紫の瘴気と泥の海。
 沈んでゆく子供の、小さな手。
 フラッシュバックするように夢で見た場面が、次々と激流のように押し寄せてくる。嵐のような感情と記憶の奔流に息が止まるような衝撃を受けて、アッシュはルークを押さえつける手にさらに力をこめた。
「答えろっ!!」
 自分でもコントロールできない熱く暗い感情が、体の奥底でのたうつ。ぎりぎりまでこみ上げてくる激流をなんとか押しとどめながら、アッシュは苦痛に歪むルークの顔を凝視した。
 轟音と共に窓の外で白光がひらめき、真下にあるルークの顔を照らす。激しく泣きじゃくり苦痛に歪んだ顔が、まるで焼き付くような激しさで視界に焼きつく。
 その瞬間、アッシュが感じたのは、突きあげるような破壊衝動とそれを抑えこもうとする理性の存在だった。
 喉元までこみ上げてきた熱い塊を何とかのみくだすように唾を飲みこむと、アッシュはルークの顔から一瞬だけ視線をそらした。それが、隙になった。
 乾いた高い音が耳元で鳴った。
 何事かと思考が追いつく前に、アッシュは逃げようとするルークの体を容赦のない力で押さえこんでいた。
 じわりと熱く痺れたような痛みが頬にひろがる。がむしゃらに振り回されるルークの腕がアッシュの手を離れ、強く彼の頬を撲ったのだと気が付いたと瞬間、体の奥で膨れあがった何かがはじけたのがわかった。  衝動に突き動かされるように、アッシュは悲鳴を上げ続けているルークの唇を噛みつくような勢いで塞いだ。
 強引にあわせられた唇に、びくりとルークの薄い唇が震えるのがわかった。怯えの感情がそこから伝わってきて、甘い痺れが理性を麻痺させる。
 無理矢理唇を開かせ、柔らかく熱い口内を蹂躙する。逃げようとする舌を噛みつくようにして引き戻し、ルークの意思などまったく意に介することなく好き放題に弄ぶ。
「……んっ、…ふ、んっ……」
 鼻にかかったような苦しげなうめき声があがり、組み敷いたからだが苦しげに悶える。段々と弱まってゆく抵抗と熱くとろけそうな口内のやわらかな感触に、理性が削られてゆくのが自分でもわかった。
 貪るような口づけに抵抗の力が弱まったのを感じて唇を離すと、苦しげな息がわずかに離されただけのアッシュの唇を擽った。
 指が震えるのももどかしく夜着のボタンを外し、鎖骨から胸を露わにさせると、アッシュは薄い翳りを落とす鎖骨に噛みつくようにキスをした。
 はじめて口づけたルークの肌は、かすかに甘い果実のような匂いと味がした。それに誘われるように夢中で胸の上に舌をはわせると、小さく存在を主張する小さな膨らみへと舌をはわせた。
「……ふ、あっ……!」
 小さな悲鳴のような声がルークの唇からあがり、組み敷いた体がアッシュの体の下でびくりと大きく震える。軽くそらされた背中のせいでその小さな膨らみが強調するように突き出され、アッシュは迷わずそれに小さく歯を立てた。
「ひああっ! ……つっ!」
 途端に痛みに歪んだ顔に、じわりと痺れるような愉悦を感じる。
 もう片方の突起も指でつまみ上げると、軽くねじるようにして刺激してやる。交互に口に含んで噛んだり指で押しつぶしながらねじあげたりしているあいだに、小さかった膨らみが存在を主張しはじめる。唾液に塗れたそれはてらてらと淫靡な艶を放ち、淡く色づいた白い胸の上で誘うようないやらしい色に染まっていた。
「ふ……うっ、ひっく……」
 翡翠色の瞳から止めどなく涙があふれ、子供のように小さくしゃくり上げる声があがる。その弱々しい泣き声が、保護欲よりも嗜虐心をくすぐる。
 弱々しい抵抗を振りはらい、足の間に入れた膝で股間をさすり上げてやると、さらに啜り泣く声が強くなる。アッシュは布ごしにもはっきりとわかるほど存在を主張しはじめているルーク自身へと手を伸ばすと、強く揉むようにして刺激した。
「……ひっ! やああっ!」
 突然思い出したように強い抵抗をはじめるルークに、アッシュはさらに強い刺激を与えて動きを封じると、下履きを下着ごとはぎ取った。
 突然肌をさらされたことに戸惑うように足を閉じようとするのを、立ち上がりかけていたルーク自身を握りこんで封じる。
 涙で潤んだ瞳が、戸惑うように何度もアッシュの顔を見あげる。だがそこにあるのは無知から来る戸惑いと怯えばかりで、ルーク自身いま自分が何をされているのか全く理解していないのが読み取れた。
 だがその哀れな幼い子供のような表情が、さらに劣情を煽る。真っ新な穢れのない物を汚す昏い喜びが、理性の枷をやすやすと吹き飛ばす。
 両足を掴み限界まで開かせ、持ち上げた膝に舌を這わす。滑らかな腿の感触を確かめるように手で辿ると、手のひらの下に感じる震えがさらに突き動かすような衝動を呼び覚ます。
 無抵抗な生け贄の子山羊を引き裂くようなたやすさに、哀れみを感じるよりも先に愉悦を覚える。どうにでも出来るのだという優越感と、満たされる征服欲。その甘さに酔いが深まってゆくような気がする。
 こんなにも簡単に自分に屈するのに、どうして逆らうのか。どうして抵抗などという愚かな行為を行うのか。
 大きく開かせた足を胸につくほど深く折り曲げさせると、苦しいのかルークが顔を歪める。赤く色づく胸の上の膨らみに吸い寄せられるように噛みつくと、痛みとあきらかに快楽が入り交じった悲鳴があがる。
 強く吸ったり舌先で転がしたりして弄べば、面白いように声があがる。ルークにはまだ性に関する禁忌という感覚はないのだろう。声を殺そうとするそぶりはまったく見られず、与えられる愛撫に逆らおうとするのもただ本能的な恐怖からなだけなのが、よくわかる。
「ひうっ……! ……んんっ、…や……あああっ!」
 ひくひくと震えながら先端から雫をこぼす屹立を握りこんで扱きあげてやれば、白い体がのたうつ。意識していないくせに煽るような媚態を見せるルークに、獣じみた獰猛な欲を煽られてゆく。
 無理矢理絶頂に導き一度吐精させると、放心したように見あげてくる瞳に目を細めながら、放たれた物で濡れた指をまだ慎ましく閉じている蕾へとねじ込む。
「いたっ…あ…! ひあっ……やあっ…!」
 痛みに喘ぐ唇の端に噛みつきながら、固い中を無理矢理拓くようにして指をさらに奥へとすすめる。苦痛にしゃくり上げて泣き出したルークの瞳からこぼれ落ちた涙を舌で舐めとり、だが容赦なく内壁をひろげるために強引に指を動かす。
 とぎれとぎれの悲鳴が泣き声に混じるが、それを哀れだと思うよりも先にもっとその声を聞きたいと思った。自分が与える苦痛と快楽に翻弄され、屈服する姿が見たいと。
 痛みに泣く声をいたわる素振りひとつ見せず、アッシュは強引にルークの中を拓いていった。
 いっそなにも慣らさないまま突きあげたい衝動を感じたが、さすがにそれは無理なことはわかっている。だがすこしでも早くこの体を支配し、むちゃくちゃに壊してやりたいという衝動があるせいか、慣らすための行為が強引でおざなりな物になる。
 まだほとんどほぐれていない中を、無理矢理押し込んだ三本の指でひろげてゆく。痛みに震える体を無視し、なんとか押し入るだけの緩みをつくると、アッシュはなんの前触れもなくそのまま強引にルークの中に自分の屹立を突き立てた。
「ヒッ……! あああああっ──ッ!!」
 強引にねじ込んだ衝撃に大きく目を見開き硬直した後、ルークは一際大きな悲鳴を上げると、びくびくと大きく痙攣するように震えた。そのままがくりと落ちそうになる前にアッシュはさらに奥まで自身を埋め込むと、小さく舌打ちした。
 痛みに固まる体は、入り込んできた異物を排出しようとしてなのだろうがきつくしめつけてきて、身動きが出来なくなる。アッシュは挿入の衝撃に勢いの衰えているルーク自身を握りしめると、強引に何度か扱きあげた。
 過敏な場所に与えられる快楽に締め付けが緩んだところを狙って突きあげると、あとは激情に駆られるままに蹂躙した。
 途中から繋がる場所の滑りがよくなり、淫猥な水音と共に血の匂いが立ちのぼる。無理を強いた場所が切れたのだと頭の隅ではわかっていたが、逆にその匂いがさらなる衝動を呼び覚ました。
 意味をなさない悲鳴をあげ続ける唇の端を舐め、焦点がぶれはじめた瞳からこぼれ落ちる涙を舌先ですくい上げる。燃えるように熱い体を抱きしめ、思うままに揺さぶりながら何度も中へ自分を刻みつけるように注ぎこむ。
 そうでもしなければ、今にもこの手の中から逃げ出していってしまうのではないか。そんな強迫観念と強い独占欲が入り交じった感情が、交差する。

 置いて行かれたくない。失いたくない。
 どうか、拒まないで。

 それが自分の感情なのか、それともあの夢の中のルークの感情なのかわからなくなってくる。
「なにも思い出さなければいい……」
 ずっと思いながらも、口にしたことのなかった言葉。
「記憶なんてなくなればいい」
 自分の中にある理性が封印していた、あまりに身勝手な思い。
 忘れられたことよりも、思い出される方がずっと辛い。なかったことにしてしまえば、以前の自分を思い煩うことも気まずい思いをすることもない。
「消えてしまえばいい!!」
 そうすれば、今の関係が壊れることはない。
 ひたすらまっすぐと慕ってくるその想いを、失うことを怖がる必要もない。
 今を失うなら、過去はいらない。
 それが間違った考えであることは痛いほど良くわかっているけれど、願わずにはいられない。
『以前のルークが戻ってこなければいいのに』
 それがあまりにも身勝手で都合の良い願いであることは、アッシュ自身が一番良く知っていた。


 そして、まるでその願いが聞き届けられたかのように。翌朝目覚めたときには、ルークの姿は離れからだけでなく屋敷からも消えてしまっていた。




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なんというか、色々スミマセン…orz。