路銀は基本、現地調達




 
 最後の一人を勢いをつけて打ち倒すと、ルークはこれ以上ないというくらいに嬉しそうな顔で笑った。
「うしっ!これで終わりっと!」
 剣を腰の鞘におさめて軽く手をたたくと、ルークは腰に手をあてて満足げにあたりに転がっている襲撃者たちを見渡した。
「ん〜、ちょっとレベルあがったかな?」
「だな」
 ガイは自分も剣を鞘におさめると、ルークの側へむかった。
「どうだ?」
 ガイは、鼻歌交じりに襲撃者たちの懐を漁っているルークの横に立つと、手元をのぞき込んだ。
「ばっちり。結構いい物持たせてんなあ、今回は」
 機嫌良く返ってきた答えに、ガイは微妙な笑みを浮かべる。
 さすがと言うべきか。
 そろそろ路銀が怪しくなりつつあるのを、見越されていたと言うことだろう。
「おい!お前も見てねえでさっさと手伝えよ」
 思わず心の中で感心していたら、どうやらご主人様の不興を買ってしまったようだ。
 はいはいと適当に返事をかえしながら、ガイも自分の足元に転がっていた襲撃者の懐に手をいれた。
 ついでに相手の怪我の具合などをひととおり確認し、すこしばかり同情する。
 いくら命を落とすことはないとわかっていても、自分とルークを相手にまわすのは普通の人間にはかなり荷が重いはずだ。
 しかも、ルークに関してはかすり傷ひとつ負わせることも厳禁というお達しがでているのだろうから、なおさらだろう。
「ルーク!いちおう一人分は残しておけよ」
「わかってるって」
 探り当てた財布は、ずっしりと重い。
 ガイはもう一度心の中だけでこの気の毒な襲撃者たちに手を合わせると、遠慮なく戦利品を拝借したのだった。



「しっかし、久々だったな襲撃も」
 久しぶりにめいいっぱい暴れて満足したのか、ルークは先ほどからご機嫌だった。
 いい運動もできたし、ついでに懐も温かくなった。
 まさに一石二鳥である。
「まあ、そろそろマルクト側に入るからな。そうなるとさすがにおおっぴらには追っ手もかけられないし、ここらで総力戦といきたかったんだろうよ」
「そのわりには、弱っちい奴等だったけどな」
「……おまえなあ、自分を基準にして考えるなよ」
 あらためて確認しなくても、いちおう自分たちは世界を救った勇者様で。
 その実戦経験は、そんじょそこらの騎士にもひけをとらない。
 もちろんもっと強い相手がこの世界にいないわけではないだろうが、すくなくとも二人で一緒に戦えばほぼ無敵に近いと言っていいはずだ。
「…ンなこと言ったって、おまえにはまだかなわないし」
「勝たれてもちょっと複雑だぞ。俺はおまえを守りたいんだから」
 拗ねた表情を浮かべていた顔が、その一言でますます不穏なものに変わってゆく。
 どうやらこの話題はやぶ蛇だったようだ。
「違うだろ……」
 こりゃ一発殴られるかと覚悟を決めていたガイは、ぼそりと呟かれたルークの声にきょとんと目を瞠った。
「俺たちはいま愛の逃避行中なんだから、俺だっておまえのこと守りたいんだよ」
 強い意志を宿す、碧の瞳。
 ああまったく、どうしてそんなことをあっさりと口にしてしまえるのか。
(教育を間違ったかねえ……)
 自分のことは完全に棚にあげたまま、ガイは胸の中で独りごちる。
 もしこの場に誰かがいたら、天然タラシの才能はまちがなくこの教育係から伝授されたものだと、突っ込みを入れていただろう。
「そりゃどうも……」
「なんだよ、その気のねえ返事は!」
「まあ気にすんな。それよりさっさと今日の宿を決めちまおうぜ」
 ひさびさに豪勢な食事をするのもいいかもしれねえな。
 そう提案すると、あっさりと誤魔化されてくれる。
 そんな単純さもまた可愛い、などと末期的なことを考えながらガイはとろけそうな笑顔をルークにむけるのだった。



 ルークとガイが駆け落ちと称してバチカルを逃げ出したのは、二ヶ月ほど前のことである。
 そのちょうど半年前、ルークはアッシュとともにタタル渓谷へと帰還し、正式に二人そろってファブレ家に子息として迎え入れられていた。
 ガイはルークの帰還後、ピオニー陛下より特別許可をもぎ取ってバチカルへと戻ってきた。
 そしてファブレ家にルーク専用の使用人として復帰し、以前のようにかいがいしくその世話役をつとめていた。
 帰還後のアッシュとルークは、以前のとげとげしい関係が嘘のように緩和され、まるで本当の双子のように仲むつまじくすごしていた。
 もちろんガイはそれを微笑ましく思っていたが、その一方で、恋人としては当然のことながらおもしろくなく思ってもいた。
 それでも、ルークの幸せが自分の幸せという信条を掲げている彼は、ルークが良いのならそれでもいと割り切ってもいた。
 だからその日、いきなり駆け落ちをして欲しいとルークから切り出されたときも、なんの理由も聞かずにあっさりとガイは承知した。
 さすがにそれにはルークの方が驚いたようだったが、すぐに子供のようにはしゃいだ声をあげてガイに飛びついてきた。


 もちろん、追っ手はすぐにかかった。
 しかしそんじょそこらの相手に後れを取るような二人ではなかったし、だいいち追っ手は白光騎士団である。
 ルークの身柄の無事確保を第一優先目的としている彼らが、遠慮なくつっこんでくるルークにかなうはずがないのだ。
 それ以来、ときどき思い出したように先ほどのような襲撃があるのだが、もちろんいまのところ無敗である。
 ちなみに、追っ手をさし向けているのはファブレ公爵家ではなく、アッシュだ。
 よい子のルークはきちんと駆け落ちについての根回しを公爵夫人にすませ、アッシュにだけその事実を告げないでファブレ家を出奔したのだ。
 しかも、ちゃっかりとアッシュ自身が追ってきたら絶交すると、書き置きを残して。
 帰還後、立派にブラコンと化していたアッシュは、突然のルークの出奔に当然怒り狂った。
 しかし、今ではガイの向こうを張れるくらいにルークに対して甘くなっていた彼は、どこの子供の言い分だとつっこみたくなるようなその書き置きのおかげで、バチカルで足止めを食らうはめになったのだ。
 もっとも、アニス命名便利連絡網は健在なので、ときどき回線を繋げてきてはなにやかやと文句を言ってくるらしい。
 ちなみに、ルークが自分の倒した追っ手の懐を探るのは、それが公爵夫人からの資金援助の一環だと事前に知らされているからだ。
 さらに言うなら、倒した相手からなにかをちょろまかすことにあまり罪悪感を感じないのは、あの旅の間のアニスの教育のたまものである。
 だがガイは知っている。
 その中に、アッシュからの支援物資もひそかに紛れていることも。
 いったい本気で捕まえるつもりがあるのだろうかと思わないでもないが、そのあたりはアッシュの方でも複雑な心境があるのだろう。
 まあ、間違いなくガイ自身は今回のことで標的とされているのだが、そんなことは知ったことではない。
 ガイは基本的にルークが第一優先で、それだけが唯一の基準でもある。
 なので、いま現在ルークを独占しているこの状況は、彼にとっては天国に等しい。
 


「なあなあ、マルクトに入ったらエンゲーブに行こうぜ!」
 落ち着きのない子犬のようにガイの隣を前にいったり後ろにいったりしながら、ルークは露店をのぞき込んでいる。
 はぐれそうになるたびにその首根っこを軽く引っ張って連れ戻すのも、ガイにはお手の物だ。
「ルーク、よそ見ばかりしているとはぐれるぞ」
「平気平気」
 ルークは無邪気に笑うと、上目づかいにガイを見上げてきた。
「だって、俺がはぐれたって、おまえが絶対に見つけてくれるだろ?」
 まったく、どうしてそこまで信頼しきった目を自分にむけてくるのだろう。
 絶対に自分が裏切らないと信じきっているようなその目に、どうやって逆らえばいいのか。


 その場でそのまま抱きしめてしまいたい衝動にかられながらも、かろうじて思いとどまる。
 自分からは平気で人前で抱きついてくるくせに、最近ではこちらから抱きしめようとすると、このご主人様は暴力に訴えてくるのだ。
 しかしそう言うときはたいてい顔を真っ赤にさせていることが多いので、逆にそれはそれで可愛かったりするのだけれど。
「ガ〜イ〜!先に行くぞ!」
 気づくと、かなり前に行ってしまっていたルークがぶんぶんと大きく手を振っていた。
 その顔が、早くしろと言っているのがよく見える。
 駆け落ちの旅に出てからのルークは、ガイに対してはワガママ放題甘え放題である。
 それももちろん、ガイにとっては願ったりかなったりなのだけど。


 君となら、地の果てまでも行ける。
 繋いだその手はもう離さない。


 もう二度と。



END
(07/02/08)



駆け落ち二人旅っていうのも可愛いかなと思いまして。
ちなみに資金援助はシュザンヌ様他、多数より。