雷の夜




目が覚めた瞬間、もう日が高く昇ったのかと一瞬焦りを感じた。
しかしその光が一瞬にして消え、後を追うようにして聞こえた大気が振動する音に、ガイはベッドの上で跳ね起きた。
起きあがってから慌てて隣のベッドを見るが、剛胆なのかそれとも単に耳が遠くなってきているのか、ペールは身じろぎひとつしない。
それを見て、まるで子供のように雷で飛び起きてしまった自分がすこし恥ずかしくなりながら、ガイはふと懐かしい記憶を思い出す。
まだ彼が幼かった頃は、雷が鳴るたびに姉の部屋に泣いて駆け込んでいったものだ。勝ち気で厳しい姉はその度に泣きべそをかいているガイを怒ったが、怒りながらもかならずベッドに入れてくれた。
甘く懐かしい記憶。それに一瞬ひたりかけていたガイは、また窓の外で轟いた雷鳴に、そっとベッドから抜け出した。



母屋から出る扉を開くと、激しい雨が吹きつけてきた。
ガイは雨用のマントのフードをかぶると、中庭に出て行った。
暗い雨に沈んだ庭は、時折空を割る雷に照らし出されて奇妙な風景を作りだしている。
ガイは、足早に母屋と反対側に立つ離れへとむかった。
そこには、この屋敷の養子として育てられている耳族の子供たちがいる。最近二人に増えたばかりのその子供たちは、そろって雷が苦手だったはずだ。
ルークは雷がひどくなるとわかっている夜はあらかじめガイのベッドにもぐり込んできたり、夕食の後にかならず部屋まで来るように強く約束させたりする。
不意打ちで真夜中に雷が酷くなったときは、部屋まで行ってやらないと、次の朝見事なふくれっ面で迎えられたりもする。
甘ったれなルークらしい反応だが、実はアッシュも雷が苦手なことをガイは知っている。
意地っ張りでプライドの高いところのあるアッシュは表向きはそんな素振りを見せないが、雷のひどい夜の次の朝はとても不機嫌になるのだ。
そんな二人が、こんな激しい雷の中でどんな思いをしているだろうかと思ったらいてもたってもいられなくなったわけだが、そんな自分に思わずガイは苦笑に似た笑みを浮かべてしまう。
過保護といわれても、可愛いと思っているのだからしかたがない。
甘ったれな子供も意地っ張りな子供も、自分にとっては可愛くてたまらないご主人様なのだ。


離れにようやくたどり着くと、ガイは静かに扉を開いた。
明かりの落とされた部屋の中には、相変わらず激しい雷の音と光が交錯している。
ベッドの上にある小さな膨らみに足音を忍ばせて近づいたガイは、そっと二人の枕元を覗きこんで一瞬目を丸くすると、すぐに柔らかく目元を和ませた。
ベッドの上で震えているとばかり思っていた子供たちは、互いに互いの体を押しつけ合うようにして抱きしめあって、静かな寝息を立てている。
ちょっぴりルークの目元が湿っているように見えるのは、たぶん雷の音に半べそをかいたルークをアッシュが慰めたのだろう。それとも、もしかしたら思いきり抱きつかれて根負けしてそのまま眠ったのかもしれない。
だけどよく見ればアッシュの手もしっかりとルークを抱きしめていて、見ているだけで微笑ましくなってしまう。

「っと……。つまり、俺は必要ないって事かな」

可愛らしくて微笑ましいけれど、なんだかすこしだけ寂しい気もする。
甘えて仕方なかった子供が突然自立してしまったような、そんな置き去りな気分をちょっぴり感じてしまう。

「たまには俺のことも思い出してくれよ、ご主人様がた」

ガイはそっと二人が目を覚まさないようにそれぞれの髪にキスをすると、足音を忍ばせながらベッドから離れた。
そして子供たちの作る小さな世界を壊さないように、そっと扉を閉めたのだった。



END(08/11/12)初出(08/06/22)