Lovelyの法則




それは、ナタリアの何気ない一言からはじまった。

「まあ、可愛らしい」

通りかかった店先のウィンドウを覗いていたナタリアが、楽しげに声のトーンをあげた。
それにつられたように、ティアとアニスもナタリアが覗いていたウィンドウの中を覗くと、それぞれに華やかな声をあげる。それを横目で見ていたルークは、またはじまったとばかりに顔をしかめた。
またたくまに華やいだ声でおしゃべりをはじめた女性陣を少し離れた場所で見つめながら、取り残された男性陣はそれぞれに顔を見合わせた。鬱陶しいと大きく顔に書いたルーク以外の二人は、さすがに成人を迎えているだけあって呆れるだけにとどめている。
ルークがこの旅に出てから学んだことは色々とあったが、そのうちの一つにこうなったときの女性陣達はよほどのことがない限り動かないということである。しかも、余計なことを言えばさらに厄介なことに巻きこまれることも学習済みだ。
それでも、ついうんざりとした顔をしてしまうのは、ルークの堪え性がないからだ。それこそ人生が半回転するほどの出来事にあってから色々と内面の変化をとげているルークだが、その根本にある性格はそこまで変わっていない。
どうやら店の中に入ることに決まったらしい女性陣達が、ガイを道連れに店の中に入ってゆく。それを座った目で見送っていたルークは、彼女たちの姿が見えなくなると同時に、不満げに口をとがらせた。

「おや、ずいぶんとご機嫌斜めですね」
「あったりまえだろっ。あいつら何のためにここに寄ったと思ってんだよ」
「まあ、たまにはいいんじゃないですか」

そう言ってジェイドは小さく肩をすくめたが、その顔は笑っている。賛同を得られなかったことが不服なのか、ルークはふて腐れた顔をして横目でジェイドの顔を軽く睨みつけた。だが当然そんな些細な反抗など、ジェイドにとっては痛くも痒くもない。

「どうすんだよ、道具の補給とか」
「後でもかまわないでしょう。どうせ今日はこの街で泊まりですから」
「でも」
「ルーク。女性達の買い物スイッチが入ったら、なにを言っても無駄だということはわかっているでしょう?」

それでもなおぶつぶつと文句をいう子供を宥めるような口調でそう言うと、ジェイドは薄く笑みを浮かべた。

「それよりも、この街にはとびきり美味しいアイスを売っている店があるんですよ。食べてみたくありませんか?」
「アイス…」

ぴくっ、とルークの赤い頭の上で見えない犬耳が立つ。

「ええ。ちょうどガイが貴い犠牲になってくれたことですし、彼女たちが戻ってくるのにも時間がかかるでしょうから……」
「行く」

先程までのふて腐れた顔が嘘のように一瞬顔を輝かせてから、ルークはハッと自分の現金さに気がついたのか、慌ててふて腐れたような顔を作った。だがそれでもまだきまりが悪いのか、バツが悪そうな顔になるとちらりと上目づかいにジェイドを見た。
そんなルークのわかりやすい反応に噴き出しそうになりながらも、ジェイドはいつものすました顔をむけた。

「では、行きましょうか」
「おう。でも、いいのかな」
「帰りがけに薬品類だけでも買いそろえてくれば、たぶん平気でしょう。彼女たちも買い物ができれば機嫌はいいでしょうし」
「だな」

その提案にようやくルークも素直に笑うと、先に歩きはじめたジェイドの後を弾むような足取りで追いかけた。




ジェイドが案内した店は、ナタリア達が入った店のある商業区のはずれにある公園の小さな屋台だった。

「よくこんなところ知っていたな…」
「前に視察でここに来たときに、教えてもらったんですよ」

思わず呆れたような声をあげたルークに、ジェイドは小さく笑いながら注文を済ませると、コーンにのった二段重ねのアイスをさしだしてきた。
眼鏡の軍人と二段重ねのアイス。なかなかにシュールなその絵にどう反応していいかルークが迷っていると、ジェイドは笑ってさあと促した。それにつられたわけではないが、ルークはアイスを受け取った。バニラとストロベリー。オーソドックスだけれど、ルークの好きな組み合わせだ。
じっと見つめるてくるジェイドの視線に負けて口をつけると、甘すぎないさっぱりとした味が口の中にひろがる。

「美味い…」
「でしょう?」
「あ、これイチゴの粒が入ってるんだな」
「毎日絞りたての季節のフルーツで作るんだそうですよ」
「ふ〜ん」

ストロベリーも、甘いながらもしつこくなく、果実の甘い酸味が口の中にひろがる。うっかり夢中になってアイスにかぶりついていたルークは、ふと自分を楽しそうに見下ろすジェイドの視線に気が付いた。
気のせいではなく、なんだか最近ジェイドは少しだけ自分に優しくなった気がする。
もちろん相変わらずからかわれたり嫌味をいわれたりもするのだけれど、時々こんなふうにやわらかな視線が向けられることが多くなった気がする。

「で、なんで突然アイスなんだ」
「好きでしょう?」
「……まあな」

もそもそとアイスを食べながら、ルークはそれでもまだ納得いかない顔でジェイドの顔を上目づかいに見上げた。当の本人はルークの注視を受けても涼しい顔で自分のアイスを口に運んでいる。

「……おまえ、アイス好きだったのか」
「なぜそう思うんです?」
「だって、クリームパフェ得意じゃんおまえ」

はじめてそれを食後のデザートに出されたときの衝撃は、今でも忘れない。眼鏡の軍人とファンシーなクリームパフェは、それほどに衝撃的な組み合わせだったのだ。

「だから好きなのかと思ったんだけど。……おまえ、自分が食べたいから俺をダシにしたんじゃねえだろうな」
「まさか。純粋にあなたに食べさせてあげたいと思っただけですよ」
「ふ〜ん……」

ルークは疑いのまなざしを向けながら、また一口アイスを食べた。たしかにとても美味しいけれど、なぜ突然アイスなのかわけがわからない。

「疑っているんですか?」
「…ちょっとな」
「悲しいですねえ、純粋な好意を疑われるとは」

はあとわざとらしくため息をつく軍人に、ルークは座った目をむけた。これだからわからないのだ。
本当にただ純粋に美味しいものを食べさせてあげたいと思ってくれただけなのか、それとも単につきあわせたかっただけなのか。後者は一番ありそうな理由なのだが、もし前者なら嬉しいと同時に少々複雑な気持ちにならざるをえない。
はぐらかすのが上手いジェイドの本当の気持ちを、ルークは半分も読めない。あいつは感情が複雑骨折しているからな、とは水の都のやんごとなき方の意見だが、たしかにそうなのかも知れない。
わかりやすい優しさはないし、普通に人が傷つくようなことを口にする。
要領よく人をあしらっているようでいて、実はかなり不器用なのではないかと最近では思っているくらいだ。
だからこそ、どっちに判断して良いのか迷う。
ジェイドはそんなルークに気が付いているのだろうが、どうやら放っておくことに決めたらしく、自分の分のアイスを口に運んでいる。ふとその横顔に、心なしか嬉しさを押さえきれないような表情がちらちらと掠めることに気が付いて、ルークは軽く目を瞠った。その、なんと言えばいいのか。

『可愛い…』

何気なく頭の中をよぎったその言葉にルークははっと我に返ると、慌てて否定するように首を振った。
相手はあのジェイドだ。どこをどうすればそんな感想が出てくるのか、自分でも理解できない。どう見ても可愛さの欠片もないのに。
そんなことをぐるぐると考えていたせいか、ルークは突然自分の頬にのびてきたジェイドの手に思わずそのまま固まった。
冷たいジェイドの指がルークの口元を掠め、戻ってゆく。
だがその指先が薄い唇の中に消えるのを見た瞬間、ルークは手に持っていたアイスを落としそうになるほどの衝撃を受けた。

「…ごちそうさまです」

悪戯に成功した子供のようなその珍しい笑顔に、ルークは自分が完敗したことに気が付いた。
そしてほんの少しだけだが、はたから見ても可愛いと思えないものを可愛いという少女達の気持ちを理解できたような気がしたのだった。



END(08/05/17)



可愛くないジェイドを可愛いと言いくるめる。