森の中で



*この話はGIFTにある音子さんからいただいたイラストにつけた話の続きです。


アッシュの朝は、森の小鳥たちのさえずりからはじまる。
もそもそと上掛けの中から這い出て小さなあくびと伸びをすると、アッシュは自分の隣でまだ夢の国に行きっぱなしのルークの顔を見下ろした。
双子の猫である自分たちは、当然のことながら髪や目の色だけでなく顔立ちもそっくりだ。だが、同じであってもそこに浮かぶ表情はまったく違う。
だから、うっかりこの見ているだけで頬が緩みそうな可愛い寝顔は、ルークだけのものなのだとアッシュは思っている。
だが実際には、二人でくっついて寝ている顔をのぞき込んだルーが思わず悶えたくらいに、この子猫たちの寝顔は同じくらいに可愛らしい。
まあ、それはそれとして。
アッシュはしばらく無言のままルークの寝顔を見つめてから、おもむろにルークの灰色の耳を引っ張った。

「ぷぎゃっ!」

その途端、変な叫び声を上げてルークが跳ねあがる。アッシュは素知らぬ顔でパッとルークの耳を離すと、寝ぼけ眼のままきょろきょろとまわりを見まわしてるルークの額を軽く小突いた。

「起きろ、屑。朝だ」

その声に、まだ半分閉じたままの目をアッシュに向けると、ルークはくわわっと大きなあくびを一つして、またうとうとと船をこぎはじめた。

「ルーク」

ふたたび上掛けの上に倒れこもうとするルークの頬をぺしっと尻尾で叩くと、思ったよりも痛かったのか、まだ半分開いていない目で睨まれる。
とにかくルークは、寝起きが悪い。
しかも、放っておけばいつまでも寝ているんじゃないかと思うほど寝汚い。どうして双子なのにこんなにも違うのかとため息をつきたくなるが、とにかく毎朝ルークを布団の中から引きずり出すのがアッシュの日課だ。
手を引いて家の裏にある小さな湧き水まで連れて行き、水の中に落ちないように顔を洗わせ、自分も身だしなみを整える。
アッシュの髪は癖が少ないこともあって、水で少し濡らしながら撫でつければすぐに綺麗な艶が戻ってくる。もっとも、これは毎晩風呂の後で二人にブラシをかけてくれるルーのおかげもある。
アッシュは自分の身なりを整えると、まだ顔を洗っただけのままでぺたりと地面に座っているルークを見た。
ルークの自分とは違って短く切られた髪は、ぴよぴよとあさっての方向に跳ねている。アッシュはため息をつきながらルークの髪をなでつけて直してやると、満足げに唇の端をあげた。
だがルークはまだ完全には目が覚めていないらしく、ぼーっとした顔のままこてんと首を傾げた姿勢でとまっている。それにやれやれとため息をつきながら、アッシュはぺろりとルークの耳を舐めた。

「んにゅ……」

さりさりと耳の毛を舐めながら毛並みを整えてやると、もう片方の耳も同じように舌で毛並みを揃えてやる。
銀灰色のルークの毛がつやつやになり淡い虹色の光をまとうのを見て、アッシュは最後の仕上げとばかりにルークの鼻を尻尾で叩いた。

「ふひゃっ……っ! って、……ん、おはよ」

はふっともう一つあくびをすると、ルークはようやく丸い緑の瞳を開いてアッシュを見た。

「おはよう。いいかげんに俺の手を借りずにちゃんと起きろ」
「う〜。努力はしているんだけど……」

しょぼんと肩を落とすルークの頭をぽふっと一つ叩くと、アッシュは手をさしだした。

「ほら、行くぞ」
「ん」

ルークはにぱっと笑顔になると、アッシュの手を取って勢いよく立ちあがった。

「さ〜て! ルーを起こすぞ!」
「……いや、今朝はやめておけ」

そのまま駆け出しそうになったルークを、アッシュは慌てて引き戻す。

「なんで?」
「昨日はあいつがきていただろうが」
「あ〜、そうか! アッシュが来ている日は、アッシュが起こすからいいんだっけ」

複雑そうなもう一人のアッシュの様子には気付かず、ルークはあっさりと頷くと足をとめた。

「だったら、朝ご飯つくった方が良いのかなあ」
「あいつが作るだろ……」

この森の守護神であり王でもあるはずなのだが、こんなふうにここで朝を迎えた日のあの男はじつにまめまめしい。
料理もすれば、尻尾にじゃれつくルークの相手もする。もっとも、ルークはあの男のお気に入りなのだから、よほどの悪さをしない限り叱られることはないのだが。
だがそうやってかいがいしく彼が立ち働く理由をなんとなく察しているアッシュとしては、なかなか複雑な気分だ。

「アッシュ?」

ぱたぱたと苛立たしげにしっぽを振るアッシュに、ルークがきょとんと目を丸くする。
可愛いけれど、色々と困る。
とりあえず今日のアッシュの使命は、あの黒狼がルーにしかける妖しげな接触や悪戯の意味を、純粋培養のルークに悟らせないことだ。
こいつには、まだ早すぎる。
そう固く決意する黒い毛並みを持つ子猫は、自分がその守る相手と双子であることを今だけしっかりと忘れ去っていた。


その後、毛づくろいと称して妖しげな悪戯をくりひろげる大人たちから大事な半身を守るために、必死に目隠しをする子猫の健気な姿がそこにあった。



END(08/11/14)(初出08/09/20)



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