お父さんと一緒!




ちょっとだけ街の中を歩いてくると言い置いて、ルークはまっすぐソイルの木の先にある小さな森の中にむかった。
ついて行こうかと心配げに声をかけてきたガイをすぐそこまでだからと断り、気をつけてねと同じく心配してくれたティアにも笑って答えた。今のところ、なかなか上手くいっていると思っていいだろう。
さすがにジェイドはまだこちらを警戒しているようだけれど、こればかりは仕方がない。それよりもまだ自分のことを気付かれるわけにはいかないので、その方がずっと気を遣う。
それでも森の中に入ってしばらくすると、わくわくする気持ちをどうにも抑えがたくて。
走って走って。
そして見えてきた、派手な色合い。
思わず笑ってしまうのは、その変わらなさだ。
だからルークはさらに足を早めると、思い切りその相手に飛びつくようにして抱きついて叫んだ。

「久しぶり! 父さん!」



セントビナーについて予想通り神託の盾の検問が敷かれているのを見て、ルークは一つの予感に胸をときめかせていた。
タルタロス上でのアッシュとの邂逅は、忘れられないものとなった。あの後も、ルークは何度も自分の唇に触れてみては、その時の感触を思い出してこそばゆい気分を感じていた。
そんな自分を見てガイは妙な顔をしていたが、特に問い詰めてくることもなかった。たぶんそれは、屋敷の中での自分と今の自分がかなり違うからだろう。
ガイを騙し仰せるとは思えなかったので、ルークは今の自分の性格のままにふるまっている。それをガイは良い方へ解釈しているようなので、まあまずまずだろう。
前回のように、ローズ夫人の馬車に忍び込ませてもらって潜り込んだセントビナー。ここではじめて六神将の存在を知ったのだった。身を潜めた物陰から見えるリグレットやシンク、そしてラルゴにアリエッタ。くり返される、同じ言葉。
しかし肝心の一番会いたかった人は、なぜかそこにはいなかった。
正直言って、落ち込んだなんてものではない。
なぜ、どうして、と何度もくり返し考えたけれどわからなくて。もしかしたら見捨てられたのだろうかなどと考えていたら、ひそかに手首のあたりで何かが震える感触を感じて、ルークは思わず目を瞬かせた。
なんだろうと怪訝に思いながらそっとグローブの下を覗くと、そこには見覚えのない銀色のブレスレットがあった。そしてその表面に一瞬だけ浮かんだ文字を見て、ルークは思わずあがりそうになった驚きの声を飲みこんだ。

「どうしました?」

ルークの奇妙な反応に気がついたジェイドが探るように手元をのぞき込んできたが、その時にはすでに銀のブレスレットは消えてなくなっていた。代わりに、グローブの留め具にすれてできたらしい小さな傷がそこにあった。
それを見てどうやらジェイドは勝手に勘違いしてくれたらしく、後で手当をしておきなさいと言うとルークの側から離れていった。その後は先にのべたとおり、ルークは適当に言い繕って町外れの森の中へとやってきていた。



「華麗なる私の最高傑作、無事でしたかっ!」

飛びついてきたルークをよろけることなく抱き留めると、サーフィルは逆に自分の方からがばりとルークを抱きしめてきた。

「ああ、もっと良く顔を見せてください。七年も会えなかったんですからね。怪我何かしていないでしょうね? 体の調子はどうですか?」

サフィールはルークの両頬に手を添えて上向かせると、鼻先がくっつきそうなほど近くまで顔を寄せてくる。気のせいではなく、赤い瞳が潤んでキラキラしている。なんていうか、もの凄く予想外な反応だ。

「と、父さん?」
「本当は、あなたの記憶が戻ったとわかった時にすぐにでも会いに行きたかったんですよ。ですがあなたが言っていた通り、あまり歴史を改竄してしまうのもどうかと思いましてね。我慢したんですよ。このっ、私がっ!」

無駄にポーズをとるサフィールに、ルークは一瞬どうリアクションを返すべきか悩んだ。
なにしろルークが知っているサフィールは、ジェイドにだけ執着してすべてを彼を中心に考え、そしてネビリムを生き返らせることだけを第一に考えている。そんな人間だったはずだ。それが、どうしてこんな事になっているのか。
しかも、前の時には気がつかなかったが、サフィールもジェイドと同じくらい年齢不詳な外見をしている。だからこそ、この違和感が恐ろしい。
少なくとも、ルークが知っていたサフィールはこちらにそれなりに好意を持ってくれてはいたが、ここまであからさまではなかったはずだ。なんか、どうもこれは気のせいでなければ、ジェイド並に好かれているような気がする…。

「と、とにかく父さんも元気そうでよかった。……俺も会えて嬉しいぜ」

これは、本心からの言葉だ。
そんなに長い間ではなかったけれど、サフィールと一緒に過ごした時間はルークにとって楽しい時間だった。確かに変わってはいるけれど、それは不器用な性格故なのだとわかってしまったから。

「なあ、ところでアレどういう仕掛けなんだ? いきなりブレスレットが出てきたと思ったら、文字が浮かんでスゲェびっくりしたんだけど」
「コンタミネーションの応用ですよ。あなたの記憶を封印するときに、一緒に施しておきました」
「どういう仕掛けなんだ?」
「私のこのブレスレットと対になっていて、こちらから操作できるようになっています。今回ははじめてでしたのでこちらから起動させましたが、次からはあなたの意思で出し入れできるようになりますよ」
「へえ〜」

試しに軽く念じてみると、先程のように細い銀色のブレスレットがあらわれる。なんというか、今更だがサフィールがジェイドと並び称される天才なことを、あらためて実感する。

「これで私と通信もできますから、困ったことがあったら使いなさい」
「ん、サンキュ」

少しだけやわらげられた、眼鏡の奥の瞳。ジェイドとはまた違った方向で素直ではないサフィールからの、好意的な感情がそこにほの見える。

「そうだ、言い忘れていたけれど。ありがとう、ちゃんと父さんの記憶を俺に残しておいてくれて」
「本当は消すつもりだったんですけれどね…。まあ、今になってみればこれも英断だったと言えるでしょう」
「なあ、じゃあ本当に……」
「約束したでしょう? レプリカルーク」

苦笑いに似た笑みを浮かべて、サフィールが続ける。

「私は滅多に約束はしません。そして、あなたのことはジェイドには及びませんが、好きですよルーク」

大まじめな顔でそう言い切ったサフィールに、ルークは不覚にも泣きそうな顔になるのをなんとか押しとどめた。

「……俺も、俺も大好きだよ父さん。アッシュの次に」

もう一度手を伸ばして抱きつけば、昔と同じように不器用な手つきで抱き返される。

「かわらないですね。何度父さんと呼ぶなと注意しても、聞かないところとか」
「ずっとそう呼んでやるって言っただろ」
「研究室の中だけの約束でしたよ、本当は」

長い髪を、大きな手が撫でる。

「……ですが、少々譲歩してさし上げましょう。二人きりの時だけは、そう呼んでもいいですよ」
「……うん!」

抱きつく腕に力を込めれば、重いと文句を言われる。しかしその声は、そう言いながらもまんざらではない。

「では、ここからはじめましょう」



運命を変えるためのもう一つの歯車は、こうして回り始める。
リスタート!





END(08/02/05)


もしかしたら、そのうち書き換えるかもです。