お日様パンケーキ




その日のおやつは何かという話をしていたら、いつの間にかどんなお菓子が好きなのかという話になっていた。

「ん〜、これといって特別好きなものはないかなあ」

だが、少し考えて出した答えはどうやらご主人様のお気に召さなかったらしく、丸い緑の瞳が不満げに睨みつけてきた。

「いいかげんなこと言うなよ、ガイ」
「別にいいかげんじゃないさ。単に、甘いものはそこまで好きなわけじゃないだけだよ」

これは本当で、すこしだけ嘘だ。
ガイ自身は普通に甘いものも好きだが、最近ではそれをあえて表には出さないようにしている。なんだか、少し子供っぽいような気がするからだ。
早く大人になりたいと切望している彼にとって、大人っぽくなるということはかなり重要なことで、背伸びできることは出来るだけしたいと思っている。
早く大人になって力をつけて、本懐を遂げなければならない。そう強く願っているから、甘いものが好きだとはあまり口にしなくなっていた。

「なんでだよ、うまいじゃないか」
「ルーク、人前ではおいしいって言えよ」
「いいだろ、どうせここにはガイしかいねーんだし」

ぷくっと膨らんだ丸い頬に思わず笑いながら、ガイはルークの頬をつついた。
復讐を遂げたとき、自分はこの子供を殺す。そうわかっていても、どうしても可愛く思えて仕方がないときがある。
もっとも、それと同じくらいにあまりに生意気で腹立たしいことも多いのだが、ころころとすぐに機嫌の変わるこの子供の無邪気さに、つい引っ張られてしまう。
情を移すのは良くないとわかっていても、世話をしていればどうしても可愛くなってしまう。無邪気に慕ってくる小さな手の温かさを知ってしまえば、拒むことも出来ない。
時々衝動的にこみ上げてくる暗い想いは確かにあるけれど、不思議そうに見上げてくる丸い瞳を見ていると、だんだんと心が凪いでゆく。
あれほどに可愛げのなかった子供が変われば変わるものだが、我が儘なくせに小心だったり人を思いやるような行動を示したりするこの子供に、ガイは完全に振り回されていた。

「そういうおまえは、何が好きなんだよ」
「ん〜そうだなあ」

人に訊いておいて自分は考えていなかったのかよ、と思わず突っ込みたくなるが、それは子供の考えなので仕方がないだろう。本当なら13才のはずのルークは、一度すべての記憶を無くしてやり直したせいなのか、普通よりもだいぶ幼い。それをあからさまに嘆く者がこの屋敷ではほとんどだが、ガイは別にかまわないと思っている。
もちろん世話を押しつけられたときは本気で恨みもしたが、以前の取り澄ましたような生意気さよりも、子供らしい今の生意気さの方がガイにはずっと可愛く見える。

「んーとんーと、ケーキもチョコレートも全部好きだけれど……パンケーキ!」
「パンケーキ?」

これはまた、意外な答えだった。
公爵家の子息であるルークは、食事でもデザートでもありとあらゆる贅沢なものを食べ慣れているはずだ。それが、よりによってパンケーキ。たしかにこの屋敷のパティシエが作るパンケーキは極上品だけれど、それは意外な答えだった。

「なんだよ、なんか文句あるのかよ」

またもや機嫌斜めになりはじめた子供に、ガイは慌てて首を横に振る。そんなガイの反応にルークはまだすこし疑わしそうな顔をしていたが、笑い返してやるとすぐに機嫌を直した。

「でもなんでパンケーキなんだ?」
「うまいじゃん」
「おいしい、な。まあたしかにおいしいのは確かだけどな。他にも色んな菓子を食べているだろう、おまえ。もっと珍しい菓子だってあるのに」
「いいんだ。一番好きなのはパンケーキ。それで決まってんだよ」

いかにも子供らしく頑固な口調でそういうルークに、ガイはこれ以上機嫌を損ねられても困るので肯定の答えを返すと、ようやく明るい笑みが戻る。単純だなと心の中で苦笑しながらも、この単純さこそがルークの長所の一つだともガイは思っている。

「それじゃ、今日のおやつはパンケーキにしてくれるように厨房に頼んでくるか」
「やりい!」

嬉しげに両手をあげて腰にしがみついてきたルークの頭を撫でてやると、満面の笑みが返ってくる。

「あのな、ガイってパンケーキだな」
「は?」
「んじゃ、さっさと行ってこいよ。他のものだったら絶対に食わないぞ!」

それはどういう意味だと問うよりも前に、またワガママをいってルークは離れていった。それに首を傾げながらも、ガイは結局その意味をルークに訊ねる前にそのことを忘れてしまったのだった。




「ルークって、本当に好きだよね。パンケーキ」

何気なく通りかかった宿の厨房の前で、不意にアニスの声が聞こえてきた。

「いいだろ、うまいんだし」
「まあおいしいのは確かだけれど、公爵家のお坊ちゃまにしては地味なものが好きだなあって思って。だって、お屋敷ではもっとおいしいもの食べてたんでしょ?」

本気で不思議そうなアニスの問いに、ふとガイはあの日のことを思い出していた。

「そりゃまあ、屋敷に閉じこめられているときはそれくらいしか楽しみはなかったしな。うちのシェフ、腕良いし」
「うわ、言い切ったよ! でも、本当にルークのお屋敷のご飯とかお菓子とか絶品だもんね…。でもさ、だったらなんで余計にパンケーキなのよ」

もっと珍しいもの、沢山食べていたんでしょ。そんなアニスの問いに、かつて自分も全く同じ問いをしたことを思い出して、ガイはふと唇の端に笑みを浮かべた。

「別に良いだろ。何が好きだって」
「まあそうだけどさ。じゃあ、なんで好きなの?」

あの時の自分とルークの会話のようになっていることに気が付き、ガイはルークの返事に耳をすませた。さて、今ではどんな返事を返すのか。

「パンケーキって、口に入れるとすごく幸せな気分になるだろ? なんていうか、ふわっとして安心できる味って言うか」
「安心できる味ねえ…。じゃあルークにとってパンケーキは、さしずめ幸せの味ってところ?」
「……ま、まあ、そんなところかな」
「ちょっと、なんで赤くなっているのよ」
「な、なんでもねーよ」

慌てたようなルークの声がして、ぱたぱたとこっちに走ってくる足音が近づいてくる。ガイは咄嗟に柱の陰に隠れた。赤い顔をしたまま反対方向へ走って行くルークの後ろ姿を見送ったガイは、自分も口元を手で覆うと軽く天井を仰ぎ見た。


きっと今、自分の顔はみっともないくらいに緩んでいるに違いない。
今更わかってしまった、理解するのが難しいけれどじつに子供らしい直球な好意。
それはどんな愛の告白よりも誠実で、ちょっぴり恥ずかしかった。




END(08/06/02)


パンケーキ食べたい。