十年ロマンス4
唐突な墜落感に最初は驚いたものの、目の前にたちこめた白い煙に「ああまたか」とルークは思った。
予想通り落下はすぐに止まり、ぼふんと柔らかなものの上に落ちる。痛みはないものの、衝撃ばかりは消すことが出来ないので小さく呻いていると、晴れた煙の向こう側から予想していたとおりの顔があらわれた。
その顔はとてもよく知っている顔で、だけど少しだけ違う。綺麗に整った顔は同じだけれど、ルークが知っている「彼」よりも大人びたその顔。
「また会えたな、と言うべきか?」
苦笑を滲ませながらも、その優しい笑みはまっすぐとルークに向けられている。
ああ、またここに来たのだ。そう思った途端、ルークは自分でも驚くほど大きな声をあげて泣きだしていた。
爆発させた感情が冷えるには、すこしばかり時間がかかる。
だが彼──十年後のアッシュだという彼は、ルークが落ち着くまで辛抱強く待ってくれていた。
「すこしは落ち着いたか?」
子供にするように優しく背中を撫でられながら、ルークは涙でぐしゃぐしゃになった顔のままなんとか頷いた。
何とか涙も止まったし、しゃくり上げる音も収まりはじめている。でもいま自分がとても酷い顔をしていることがわかっているから、まともに顔があげられなかった。
アッシュはそんなルークの頭の上で小さくため息を一つつくと、ベッドの上にルークを残したまま立ちあがった。
呆れられた。そう思ったら、新しい涙がまたあふれてくるのがわかる。どうしてこうなってしまうのだろう、とさらに落ち込みに拍車がかかったところに、不意にひんやりとしたものが頬に押し当てられた。
「ちゃんと冷やしておけ、腫れるぞ」
押し当てられた冷たいものは、水で冷やされたタオルだった。それを目の下に押し当てながらそっと上目づかいにアッシュを見あげると、優しく見下ろしてくる緑の瞳と視線があった。
「なにか飲むか?」
「……いい」
だが、なんとか振り絞るように出した声は奇妙に掠れていて、ルークは涙のせいだけではなく顔を赤らめる。
それにアッシュは小さく笑うと、コップに入れた果汁をもってきてくれた。
ひんやりと良く冷やされたオレンジの果汁は、渇いた喉を潤して身体の中を流れていった。なんだかずいぶんと色々タイミング良く出てくるので首を傾げていると、意味深な笑いを返される。
それでも顔を拭いて喉を潤したら随分と落ち着いて、ルークはようやくまともにアッシュの顔を見あげることが出来た。
「どうした、と聞くのは愚問だな。原因は俺か?」
さてどう言い訳をしようと逡巡している間に、見透かしたようにアッシュが核心を突いてくる。驚いて大きく目を見開くと、なんでもお見通しというように笑われた。
「忘れたのか? 俺にとってはすでに終わった過去だ」
「……あ」
すっかり忘れていた。いま目の前にいるのは、ルークと同じ時間にいるアッシュの十年後の彼なのだった。
「毎度ながら、今さらながらに過去の自分の所業を見せつけられる気がするな」
「……ご、ごめん」
「なんでお前が謝る」
大きな手が、優しく頭を撫でてくれる。完全に子供扱いだが、不思議と嫌な気はしない。
「こんな顔をさせていたとはな……。すまない」
「な、なんでアッシュの方こそ謝るんだよ」
「一方的な八つ当たりだったのだから、謝るのは当たり前だろう? あの頃謝れなかった代わりだ」
その声に深い後悔の色を読み取って、ルークは驚いて顔をあげた。
「お前にどう接すればいいのか、あの頃の俺にはわからなかったからな。伝えたいことを半分も言えず、自分の中にある感情の整理も出来なくて、その苛立ちもまとめて全部お前にぶつけていたからな」
「でもそれは、俺が色々と不甲斐ないから……」
「本当にそう思っているのか?」
「……ちょっぴりは、理不尽だと思ってる」
低いからかいの声につられたように素直なところを口にすると、呆れられるどころかおかしそうに笑われた。アッシュがそんな風に笑う顔をルークは見たことがないので、思わずその顔を凝視してしまう。
そんなルークの視線に気がついたのかアッシュはすぐに笑いをおさめてしまったが、ルークを見つめる瞳は相変わらず優しい光をたたえていた。
「正直なところ、おまえは俺のことをどう思っている?」
「えっ?」
優しくて頼りがいがありそうで、そして格好いいなと思っている。だけどそんなことを本人を前にして言えるわけもなく逡巡していると、違うと小さく首を横に振られた。
「今の俺ではなく、お前と一緒にいる俺のことだ」
「あ……」
自分の勘違いにルークはすこし赤くなりながらも、ひとつ大きく息をついてからまっすぐアッシュへと向きなおった。
「ぶっちゃけ、たまにンなことで怒るなよとか本気で横っ面はり倒したくなることもある」
「てめえらしいな」
ちゃんと悪いことは認められるけれど、沸点が低いのは被験者譲りだ。
それでもルークは、なるべくそういう感情を表には出さないようにしている。だから結局言われたい放題になってしまうのだが、本当は押しつぶされた感情がいつでも爆発寸前まで押さえこまれているのだ。
「さっき泣いたのは、俺との喧嘩の最中にここに飛ばされてきたからだな」
「……う」
「ごまかしても無駄だ。言ったはずだぞ? 俺にとってはもうすでに起きた出来事なのだと」
そうだった。
あまりに自分に対するアッシュの態度が違うので混乱してしまうが、彼とアッシュは同一人物なのだった。そんな今さらすぎる事実に驚いているルークに、アッシュが苦笑いする。
「自分ではそこまで変わっているとは思わないんだが、どうやらお前にとってはそうでもないみたいだな」
「……はは」
なんと答えて良いのかわからず、ルークは気の抜けた笑い声を上げた。たぶん本質的なところは変わっていないのだと思うけれど、自分に対する態度はやはり驚かされる。
ほんのすこし、そうほんの少しだけ十年後の自分が羨ましかった。
「嫌いか?」
「え?」
「いまおまえの側にいる俺のことを、おまえは嫌いか?」
じっと、深い緑色の瞳がのぞき込んでくる。気のせいかひどく緊張しているような気配を感じて、ルークは小さく首を傾げながらもゆっくりと口を開いた。
「好きだよ」
これだけは、間違いがない。
どれだけきつくあたられても、自分はアッシュのことが好きなのだ。
もちろん理由はいくつでもつけられるが、その一番根っこにある理由はただ一つ。ただ、好きだという想いだけ。
本当は本人に向かって言うなんて恥ずかしくてたまらないけれど、ルークの中ではまだ、自分の側にいるアッシュとこのいま目の前にいる十年後のアッシュが同一人物なのだと実感できていない。それに、あの目を見ていたら素直に言わなくてはいけないのだと、なぜかそう思わされた。
「……そうか」
アッシュは止めていたらしい息を深く吐くと、くしゃりとルークの前髪を優しく撫でた。
「今さらだが、礼を言っておく……」
「……なんで?」
「それでも、俺を好きでいてくれたことに」
ふわりと、澄んだ香りがルークを包む。抱きしめられているのだと理解した途端、額に熱が触れる。小さな湿った音をたてて離れてゆくのに、キスをされたのだと気がつく。
「あ……」
「そろそろ時間のようだな」
苦笑するような低い囁き声に大きく瞬きをすると、まわりの風景がすこししろっぽいものに変わったのがわかった。
「十年前の俺を、頼む」
なぜか寂しげな目が向けられて、ルークは思わずそちらに手を伸ばそうとした。しかし、それよりも早く白い煙が目の前を覆う。
「アッシュ…っ!」
なぜか、涙があふれてくる。
だけどその理由は、ルークにはわからなかった。
どこかに投げ出されたような浮遊感とともに、なぜかまたやわらかなものの上にルークは落ちた。
驚いてそのまま座り込んだままでいると、目の前の煙が晴れてアッシュの仏頂面が現れた。しかしそれは一瞬のことで、なぜか彼はルークの顔を見るなりぎょっとした顔になった。
「アッシュ……?」
「……おまえ、その顔はどうした」
「顔? へ?」
ルークはキョトンとしながら自分の顔に触れてみて、頬が濡れていることにようやく気がついた。
「あ…れ……?」
慌てて拭っても、すぐにまた頬が濡れる。それに、ようやく自分が泣いているのだと気がついて、ルークはあわてて上着の裾で自分の顔を拭こうとした。
「馬鹿! そんなもので拭くな!」
その途端ぐいっと強い力でアッシュに腕を掴まれ、裾の代わりに柔らかいタオルが顔に押しつけられた。
「それで拭け」
声はまるで怒ったよう時のように険しいものだったが、ちらりとこちらを見たアッシュの目が戸惑ったように揺れたのを見て、ルークはさらに目を丸くした。そんなルークに気がついたのか、アッシュは酷くバツの悪そうな顔になるとそのままくるりと背をむけて部屋を出て行ってしまった。
ぽつりと一人だけ部屋に取り残されたルークは、アッシュから渡されたタオルで顔を拭くと、深いため息を一つついた。
あちらのアッシュに渡された冷えたタオルも気持ちよかったけれど、ぶっきらぼうに押しつけられただけのこのタオルの方が、今のルークにはもっと気持ちよく感じられた。
「同じはずなのになあ……」
だけどあまりにあのアッシュといまのアッシュが違いすぎて、どうにもピンとこない。もしかしたらあまり深く考えてはいけないのだろうか。
ルークは何となく割り切れないものを感じながらもそう自分を納得させると、ぽすりとベッドに横倒しに倒れた。
「そういや、なんでベッドの上なんだ……?」
自分があちらに行ったときにいたのは、間違いなくベッドの上ではなかったと断言できる。もしかしてあちらでいた場所に、そのまま戻るのだろうか。
そんな暢気なルークの疑問が解けるのは、それからきっかり十年後のことだった。
END (08/10/28)
ちょっとずつ進歩。
予想通り落下はすぐに止まり、ぼふんと柔らかなものの上に落ちる。痛みはないものの、衝撃ばかりは消すことが出来ないので小さく呻いていると、晴れた煙の向こう側から予想していたとおりの顔があらわれた。
その顔はとてもよく知っている顔で、だけど少しだけ違う。綺麗に整った顔は同じだけれど、ルークが知っている「彼」よりも大人びたその顔。
「また会えたな、と言うべきか?」
苦笑を滲ませながらも、その優しい笑みはまっすぐとルークに向けられている。
ああ、またここに来たのだ。そう思った途端、ルークは自分でも驚くほど大きな声をあげて泣きだしていた。
爆発させた感情が冷えるには、すこしばかり時間がかかる。
だが彼──十年後のアッシュだという彼は、ルークが落ち着くまで辛抱強く待ってくれていた。
「すこしは落ち着いたか?」
子供にするように優しく背中を撫でられながら、ルークは涙でぐしゃぐしゃになった顔のままなんとか頷いた。
何とか涙も止まったし、しゃくり上げる音も収まりはじめている。でもいま自分がとても酷い顔をしていることがわかっているから、まともに顔があげられなかった。
アッシュはそんなルークの頭の上で小さくため息を一つつくと、ベッドの上にルークを残したまま立ちあがった。
呆れられた。そう思ったら、新しい涙がまたあふれてくるのがわかる。どうしてこうなってしまうのだろう、とさらに落ち込みに拍車がかかったところに、不意にひんやりとしたものが頬に押し当てられた。
「ちゃんと冷やしておけ、腫れるぞ」
押し当てられた冷たいものは、水で冷やされたタオルだった。それを目の下に押し当てながらそっと上目づかいにアッシュを見あげると、優しく見下ろしてくる緑の瞳と視線があった。
「なにか飲むか?」
「……いい」
だが、なんとか振り絞るように出した声は奇妙に掠れていて、ルークは涙のせいだけではなく顔を赤らめる。
それにアッシュは小さく笑うと、コップに入れた果汁をもってきてくれた。
ひんやりと良く冷やされたオレンジの果汁は、渇いた喉を潤して身体の中を流れていった。なんだかずいぶんと色々タイミング良く出てくるので首を傾げていると、意味深な笑いを返される。
それでも顔を拭いて喉を潤したら随分と落ち着いて、ルークはようやくまともにアッシュの顔を見あげることが出来た。
「どうした、と聞くのは愚問だな。原因は俺か?」
さてどう言い訳をしようと逡巡している間に、見透かしたようにアッシュが核心を突いてくる。驚いて大きく目を見開くと、なんでもお見通しというように笑われた。
「忘れたのか? 俺にとってはすでに終わった過去だ」
「……あ」
すっかり忘れていた。いま目の前にいるのは、ルークと同じ時間にいるアッシュの十年後の彼なのだった。
「毎度ながら、今さらながらに過去の自分の所業を見せつけられる気がするな」
「……ご、ごめん」
「なんでお前が謝る」
大きな手が、優しく頭を撫でてくれる。完全に子供扱いだが、不思議と嫌な気はしない。
「こんな顔をさせていたとはな……。すまない」
「な、なんでアッシュの方こそ謝るんだよ」
「一方的な八つ当たりだったのだから、謝るのは当たり前だろう? あの頃謝れなかった代わりだ」
その声に深い後悔の色を読み取って、ルークは驚いて顔をあげた。
「お前にどう接すればいいのか、あの頃の俺にはわからなかったからな。伝えたいことを半分も言えず、自分の中にある感情の整理も出来なくて、その苛立ちもまとめて全部お前にぶつけていたからな」
「でもそれは、俺が色々と不甲斐ないから……」
「本当にそう思っているのか?」
「……ちょっぴりは、理不尽だと思ってる」
低いからかいの声につられたように素直なところを口にすると、呆れられるどころかおかしそうに笑われた。アッシュがそんな風に笑う顔をルークは見たことがないので、思わずその顔を凝視してしまう。
そんなルークの視線に気がついたのかアッシュはすぐに笑いをおさめてしまったが、ルークを見つめる瞳は相変わらず優しい光をたたえていた。
「正直なところ、おまえは俺のことをどう思っている?」
「えっ?」
優しくて頼りがいがありそうで、そして格好いいなと思っている。だけどそんなことを本人を前にして言えるわけもなく逡巡していると、違うと小さく首を横に振られた。
「今の俺ではなく、お前と一緒にいる俺のことだ」
「あ……」
自分の勘違いにルークはすこし赤くなりながらも、ひとつ大きく息をついてからまっすぐアッシュへと向きなおった。
「ぶっちゃけ、たまにンなことで怒るなよとか本気で横っ面はり倒したくなることもある」
「てめえらしいな」
ちゃんと悪いことは認められるけれど、沸点が低いのは被験者譲りだ。
それでもルークは、なるべくそういう感情を表には出さないようにしている。だから結局言われたい放題になってしまうのだが、本当は押しつぶされた感情がいつでも爆発寸前まで押さえこまれているのだ。
「さっき泣いたのは、俺との喧嘩の最中にここに飛ばされてきたからだな」
「……う」
「ごまかしても無駄だ。言ったはずだぞ? 俺にとってはもうすでに起きた出来事なのだと」
そうだった。
あまりに自分に対するアッシュの態度が違うので混乱してしまうが、彼とアッシュは同一人物なのだった。そんな今さらすぎる事実に驚いているルークに、アッシュが苦笑いする。
「自分ではそこまで変わっているとは思わないんだが、どうやらお前にとってはそうでもないみたいだな」
「……はは」
なんと答えて良いのかわからず、ルークは気の抜けた笑い声を上げた。たぶん本質的なところは変わっていないのだと思うけれど、自分に対する態度はやはり驚かされる。
ほんのすこし、そうほんの少しだけ十年後の自分が羨ましかった。
「嫌いか?」
「え?」
「いまおまえの側にいる俺のことを、おまえは嫌いか?」
じっと、深い緑色の瞳がのぞき込んでくる。気のせいかひどく緊張しているような気配を感じて、ルークは小さく首を傾げながらもゆっくりと口を開いた。
「好きだよ」
これだけは、間違いがない。
どれだけきつくあたられても、自分はアッシュのことが好きなのだ。
もちろん理由はいくつでもつけられるが、その一番根っこにある理由はただ一つ。ただ、好きだという想いだけ。
本当は本人に向かって言うなんて恥ずかしくてたまらないけれど、ルークの中ではまだ、自分の側にいるアッシュとこのいま目の前にいる十年後のアッシュが同一人物なのだと実感できていない。それに、あの目を見ていたら素直に言わなくてはいけないのだと、なぜかそう思わされた。
「……そうか」
アッシュは止めていたらしい息を深く吐くと、くしゃりとルークの前髪を優しく撫でた。
「今さらだが、礼を言っておく……」
「……なんで?」
「それでも、俺を好きでいてくれたことに」
ふわりと、澄んだ香りがルークを包む。抱きしめられているのだと理解した途端、額に熱が触れる。小さな湿った音をたてて離れてゆくのに、キスをされたのだと気がつく。
「あ……」
「そろそろ時間のようだな」
苦笑するような低い囁き声に大きく瞬きをすると、まわりの風景がすこししろっぽいものに変わったのがわかった。
「十年前の俺を、頼む」
なぜか寂しげな目が向けられて、ルークは思わずそちらに手を伸ばそうとした。しかし、それよりも早く白い煙が目の前を覆う。
「アッシュ…っ!」
なぜか、涙があふれてくる。
だけどその理由は、ルークにはわからなかった。
どこかに投げ出されたような浮遊感とともに、なぜかまたやわらかなものの上にルークは落ちた。
驚いてそのまま座り込んだままでいると、目の前の煙が晴れてアッシュの仏頂面が現れた。しかしそれは一瞬のことで、なぜか彼はルークの顔を見るなりぎょっとした顔になった。
「アッシュ……?」
「……おまえ、その顔はどうした」
「顔? へ?」
ルークはキョトンとしながら自分の顔に触れてみて、頬が濡れていることにようやく気がついた。
「あ…れ……?」
慌てて拭っても、すぐにまた頬が濡れる。それに、ようやく自分が泣いているのだと気がついて、ルークはあわてて上着の裾で自分の顔を拭こうとした。
「馬鹿! そんなもので拭くな!」
その途端ぐいっと強い力でアッシュに腕を掴まれ、裾の代わりに柔らかいタオルが顔に押しつけられた。
「それで拭け」
声はまるで怒ったよう時のように険しいものだったが、ちらりとこちらを見たアッシュの目が戸惑ったように揺れたのを見て、ルークはさらに目を丸くした。そんなルークに気がついたのか、アッシュは酷くバツの悪そうな顔になるとそのままくるりと背をむけて部屋を出て行ってしまった。
ぽつりと一人だけ部屋に取り残されたルークは、アッシュから渡されたタオルで顔を拭くと、深いため息を一つついた。
あちらのアッシュに渡された冷えたタオルも気持ちよかったけれど、ぶっきらぼうに押しつけられただけのこのタオルの方が、今のルークにはもっと気持ちよく感じられた。
「同じはずなのになあ……」
だけどあまりにあのアッシュといまのアッシュが違いすぎて、どうにもピンとこない。もしかしたらあまり深く考えてはいけないのだろうか。
ルークは何となく割り切れないものを感じながらもそう自分を納得させると、ぽすりとベッドに横倒しに倒れた。
「そういや、なんでベッドの上なんだ……?」
自分があちらに行ったときにいたのは、間違いなくベッドの上ではなかったと断言できる。もしかしてあちらでいた場所に、そのまま戻るのだろうか。
そんな暢気なルークの疑問が解けるのは、それからきっかり十年後のことだった。
END (08/10/28)
ちょっとずつ進歩。