十年ロマンス・大人編




 
10年前のルークが消えていった白い煙の中から入れ替わりに飛び出してきた人影を抱きとめると、アッシュは耳元にそっと唇を寄せた。

「おかえり」

そう囁いてやると、腕の中におさまった相手が弾かれたように顔をあげた。
ほんの少し大人びた感じはするけれど、ほとんど10年前と変わらない顔。
抱きしめている身体も、少年が少し育ったくらいのところで止まってしまっているので、うっかりすると先程までここにいた10年前の彼と区別がつかないくらいだ。
だけど、こうやって抱きしめてみればわかる。自分の腕の中にしっくりとおさまるこの感触は、10年の間自分と共に歩んできた彼だけが持つものだ。

「……アッシュがそんなこと言うの、珍しいな」

上目づかいに見あげてきながらルークが笑う。たしかに、こんなふうに素直に迎えの言葉を口にするのは珍しいかもしれない。

「まあいいや、ただいま」

きゅっと今度は自分から抱きつきかえすと、ルークはそう言って笑った。

「十年前の俺はどうだった?」
「あんまかわんねえな」
「あ、ひでえっ!」
「そう言うてめえの方はどうだったんだ」

子供っぽく拗ねた顔をするルークの額を軽くつつきながらそう訊ねて、アッシュはすぐにしまったという顔をした。
そんなアッシュにルークは勝ち誇ったような表情になると、満面に笑みを浮かべた。

「すっげー可愛かった!」

途端に、アッシュの顔が嫌そうにしかめられる。しかしルークは、かえってそんなアッシュの反応を楽しむように、下からアッシュの顔をのぞき込んだ。

「今みたいに可愛げのない誰かさんと違って、すっげー初々しかった。アッシュにもあんな頃があったんだなあって思ったら、可愛くて可愛くて」
「悪かったな、可愛くなくて」
「いまのアッシュが可愛かったら変だろ」

ルークは笑いながら手を伸ばすと、宥めるようにアッシュの頬に触れた。

「なんで昔は、あんなに可愛いアッシュが怖かったんだろうな。俺」
「知るか。だいたいあの頃のテメエは、人の顔を見ればビクビクしやがって……」
「うっせーな。ンなこといって、10年前の俺には優しかったくせに」

痛いところを突かれて、アッシュはうっと言う顔になった。たしかに10年前からきたルークの怯えッぷりが可哀想で、つい優しくしてしまった自覚はある。
でもそれは、いま自分にとって何よりも大切な相手の過去だとわかっているからであって、10年前のルークも今のルークも同じ相手なのだからイヤミを言われる覚えはない。

「どっちもお前だろうが」
「まあな。それに、いまのお前にあの頃会ってなかったら、いまの俺たちはいなかったかもしれないんだしな」
「どういうことだ?」
「アッシュは知らなくて良いこと」

ルークは子供っぽく唇の前に人差し指をたてると、楽しげに笑った。

「さっさと言え」
「やだね。これは俺だけの秘密なんだから」

そう言って腕の中から逃げ出そうとするルークの身体を捕まえなおすと、アッシュは首筋に舌を這わせた。

「言わねえなら、言わせてやろうか?」
「ンだと? ぜってーに言わねえ!」
「ふん。どうだかな」

じゃれ合うように唇で触れあい、互いの手で相手の身体を触りあう。
たがいに昔の相手に会ったせいなのか、なぜか無性にいま自分の傍らにいる相手を確かめたかった。
10年経って、変わったことも変わらなかったこともたくさんある。
でも自分たちがいまここにいるのは、あの過去の自分たちが様々なものを乗り越えてここまでやってきたからなのだ。

「そういえば、言い忘れていたな」

唇が触れあう寸前で、不意に思い出したようにアッシュが笑う。

「ようやく追いついたぞ、クソったれ!」

言葉とは裏腹に楽しげに唇の端をあげたアッシュに、ルークは一瞬目を丸くしたが、すぐに可笑しそうに笑いだした。

「んじゃ、俺も。……やっと戻ってきたぜ、ここまで」

ルークはアッシュに抱きつく腕に力をこめると、耳元で笑うように囁いた。


10年経って果たされた、過去と未来の約束。
互いに目線があい、笑いあう。
そしてキスをする。
10年の時を経た約束の、その証に。



END (08/12/11)