お父さんと三者面談




国境の砦、カイツール。
そういえばどうするのだろう、とアニスにまとわりつかれながらぼんやりと思っていたら、あの時と同じように目の前に黒衣が降ってきた。
反射的にかまえたルークの剣は軽く弾かれ、背後で仲間達から驚きの声があがる。
そういえば前はここで無様に尻餅をついたんだっけ。そんなことを懐かしく思っていたルークは、地面にたたき付けられる前にふわりと体を受け止められ、驚いて目を開いた。
目の前に、深紅の髪がさらりと流れ落ちてくる。見下ろしてくるエメラルド色の瞳がふと優しく笑むのが見え、不覚にもどきりとさせられる。

「また後でな。……悪く思うなよ」
「へ?」

囁かれた言葉の意味が分からず思わす間の抜けた声をあげると、今度は悪そうな笑みがかえされる。いったいなにを、と問う間もなく今度は持ちあげられた体をそのまま投げ飛ばされた。

「ルークっ!」

あがった声は、ティアの声だろうか。今度こそ地面にたたき付けられると身構えたルークは、突然強い力で宙に引き上げられ、思わず目を瞠った。
力強いはばたきと、鋭い声。以前は整備士達をさらっていった鳥形の魔物が、今回はしっかりとルークを掴んで空に舞い上がっている。
今のルークなら、なんとかこの爪から逃れることが出来ないわけではない。だがふと先程のアッシュの言葉を思い出し、ルークは腰の剣に伸ばしかけた手を途中でとめた。
もしこのまま運ばれるなら、たぶんコーラル城。
そこにはアッシュだけじゃない、もう一人ルークを待っている人がいるはずだ。
ぐんぐんと高度を上げてゆく魔物に、はるか下の方にいる仲間達が口々にルークの名前を呼ぶ。それに心の中でそっと謝りながら、ルークは魔物に身をゆだねた。




連れてこられたコーラル城の崩れかけた入口の前にいたのは、アッシュだった。
魔物の爪から解放されて落ちてきたルークを彼はなんなく受けとめ、大事なものを扱うようにそっとルークの体を地面に降ろすと、あらためて抱きしめてきた。

「無事だったか?」
「……まあな。っていうか、投げ飛ばされるとは思わなかったけれど」
「拗ねるな。まさかヴァンの前で、あのままおまえをさらって逃げるわけにもいかなかったからな」
「ばっ! おまっ…!」
「なんだ、さらって欲しかったか?」

ニヤリとたちの悪い笑みを浮かべたアッシュに、ルークはうっすらと顔を赤くしながら突き飛ばそうとした。しかしそれよりも早くアッシュはルークの腕を掴んで動きを封じると、かすめ取るようなキスをした。

「アッシュっ!」
「遊んでいる暇はなかったな。行くぞ」

口をぱくぱくさせているルークにアッシュは楽しげに笑い声をあげると、先に立って城の中に入っていった。その後ろ姿にルークは思いきり舌をだすと、小走りにその後を追いかけはじめた。



荒廃した城の中は、相変わらず薄気味悪かった。
アッシュはまっすぐ城の最深部への扉のある部屋にはいると、扉を開いた。

「怖いか?」

唐突にそう訊かれて、ルークは思わず目を瞬かせた。
どういう意味だろうか。確かに薄気味の悪い城だが、過去にも何度も訪れているから今更怖いという気持ちはない。
だが自分を見つめるアッシュがそんなことを訊ねているのではないことに気が付くと、ルークはため息をひとつついた。

「……全然怖くないって言ったら、嘘だな」

言われてみて初めて気がついた、小さな不安にも似た恐怖。この場所がなければ自分の生ははじまらず、またアッシュの運命もねじ曲げられたものにならなかっただろう。
今更生まれなければよかったなどとは思わないが、それでもやはり自分にまつわる様々な運命がここからはじまったのかとあらためて思うと、怖いかもしれない。

「俺は、おまえが生まれてきてくれてよかったと思っている……」

その言葉に、ルークはハッとしたようにアッシュを見た。

「アッシュ……」
「今の言葉に偽りはない。それだけは覚えておけ」
「うん…」

ルークは思わず泣き出しそうな自分を何とか押さえこむと、コクリと小さく頷いた。
その言葉だけで、十分だった。




奥に向かうと、見覚えのある巨大な音機関が動いているのが見えた。
そしてその機械の隣に立つひょろりとした細長い姿に、ルークは思わず駆け出していた。

「無事でしたか? 華麗なる私の最高傑作」

飛びついてきたルークの体をふらつくことなく抱き留めると、サフィールは愛しそうにその赤い瞳を細めてルークの髪を撫でた。

「父さんも、無理はしていなかった?」
「愚問ですね。この完璧な私が間違いを犯すと?」
「……だから心配なんだけれど」

以前の彼が頭は切れるくせに変に抜けている印象が強いせいか、どうしても大丈夫だろうかと一抹の不安が残ってしまう。

「抜けているところはフォローに入る奴がいるからな。それに、おまえが思っているほどお人好しでも何でもないぞこいつは」

後から来たアッシュが、なぜか不機嫌そうな声で代わりに答える。そういえば前の過去では、アッシュのサフィールに対する態度がどんなものだったのか、知らない。

「随分と心外なことを言ってくれますね、オリジナル」
「その呼び方はやめろと言っているだろうが!」
「私にとってはあなたはレプリカルークのオリジナル。それ以上でもそれ以下でもない存在ですから」

なぜか険悪な雰囲気をかもしだしている二人の間で、ルークは戸惑ったように二人を交互に見た。

「で、でも。俺はアッシュが俺のオリジナルでよかったって思っているぞ」
「……」
「……いいんですよ、レプリカルーク。この鶏冠頭に気なんて遣わなくても」

必死なルークの一言に二人は同時に奇妙な顔をしたが、すぐに気を取り直したサフィールがにこりと優しい笑みをみせた。

「それで、なんで俺をここに連れてきたんだ?」
「ああそうでした。再開してからまだ貴方の体を調べさせてもらっていなかったので、良い機会ですから一度徹底的に検査させてもらおうと思ったんです」

ようやく本来の目的を思い出したというようにサフィールは答えると、ルークの手を取ってファミクリー機械の方へ導いた。
何でもないと思っていたのに、いざとなるとやはり足がすくむ。フォミクリー機械にかけられたのはサフィールのもとにいるときに何度かあったけれど、この音機関にまつわる記憶が微かな不安を落とす。

「大丈夫ですよ、そんな不安そうな顔をしなくても。これからのこともありますから一度きちんと調べたいのと、あとジェイドに貴方の真相にたどりつくための手がかりを残さなくてはいけませんからね」
「あ……」

そういえば前の時もここでのデータが入った記憶盤によって、ジェイドはルークがレプリカであることを確信したのだった。だけどそのことを話した覚えはなかったのに、どうしてわかったのだろう。
そんなルークの心を読んだように、サフィールが意味ありげな笑みを浮かべる。

「以前はここで貴方のフォンスロットを開いたと聞いています。だとしたら、ジェイドがあなたがレプリカである確証を得たのは、ここのデータを見たからという可能性が一番高いでしょう。それ以外にフォミクリーらしき音機関にはかからなかったのでしょう?」
「うん。よくわかったな……」
「というよりも、確かにここで手がかりを残しておく方が色々と話が早そうですからね」

サフィールは小さく肩をすくめると、ルークが機械の上に横たわったのを確認してから制御盤の前に立った。

「すこし、じっとしていてくださいね」

ブウンという機械の機動音と共に、体の下を光がとおってゆくのが感覚的にわかる。サフィールの指が制御盤の上を滑ってゆく軽い音が耳に響く。
あの時とは違うのだとわかっているのに、不安を消しきれない。無意識のうちに体を固くしていたルークの手に、ふと冷たい体温が触れる。驚いて瞳を巡らすと、アッシュが横たわったルークの手に自分の手を重ねていた。
それだけで、ふと心が軽くなるような気がした。

「体調に異常はないようですね。体組織にも特に問題はないですし、固定音素も血中音素もすべて正常。そして、アッシュと全く同じ音素振動数。あなたがたが完全同位体であることにも変わりありませんね」

次々とはじき出されてゆく数値にざっと目を通していたサフィールは、最後にそうまとめると、さてというようにルークとアッシュを見た。

「……良い度胸ですね、オリジナル。私のレプリカルークから離れなさい」
「てめえのじゃねえだろ。俺のレプリカだ」
「あなたは、単なるオリジナルで同位体でしょう。私はレプリカルークの父親です」
「はっ! てめえこそ勝手に父親面すんな」
「あなたこそ負け惜しみはおよしなさい。現に私の最高傑作は、私のことを父と認めているのですよ。それに、事実上私が彼の親であると名乗ることは、間違いでもなんでもないですからね」
「父さん…? あ、アッシュ…?」

自分を挟んで繰り広げられる嫌味の応酬にルークが目を白黒させていると、そんな場合ではないと突然思い出したのか、サフィールが気を取り直したように咳払いをした。

「とりあえずさっさとレプリカルークから離れなさい。まだ用事は終わっていませんよ」
「……わかっている」

小さく舌打ちしながらアッシュは渋々ルークから離れると、不機嫌な顔のままサフィールの方へ顔を向けた。その視線を受けて、気が進まないという顔でサフィールが口を開いた。

「レプリカルーク、あなたに聞きたいことがあります。あなたは以前アッシュとの間にフォンスロットを開きチャネリングをおこなっていたと言うことですが、今回はどうしますか?」
「どうって……? もともと開く予定だったんじゃないのか?」

ここに連れてこられた最大の理由はそれだと思っていたのに、どうやら違っていたらしい。

「あなたが望まなければ開きません。いえ、できるなら開きたくないですね。可愛い息子を、こんな鶏冠頭のいいようにさせるかと思うと……っ!」
「うるせえっ! とっとと用意しろ。こいつといざというときに連絡が取れねえんじゃ、色々と不便だという話になっただろう!」
「それは単なるあなたの都合でしょう?! 大爆発のリスクを回避するなら、フォンスロットを繋がない方が得策だとあれほど話したじゃないですか! だいたい連絡なんて、この私とレプリカルークの通信機があれば問題ないでしょう!」
「はっ! てめえと俺が同じ任務につく可能性がどれだけ低いか、わかって言ってんのか? いざって時に連絡が取れねえんじゃ意味がねえ」
「そんなことを言って深刻ぶってますが、本当は毎晩レプリカルークとひそかに連絡を取るつもりなんでしょう? ええわかっていますとも! そんな不埒なこと、許すはずがないでしょうっ!」

びしりとアッシュに指を突きつけながら言い切ると、サフィールはずり落ちた眼鏡のブリッジを指で押し上げた。はたから見ると、なんだか年頃の娘さんを持つお父さんのようだ。

「それに、チャネリングで意識を繋げばそれだけ大爆発が早く進みます。回避のための研究は進んでいますが、まだ決定的な対策は出来ていません。避けられる要因は避けるに越したことはないと思います」
「父さん……」

ちゃんと研究を進めてくれていたのだと思わず感動していると、横からアッシュが小さく舌打ちしながら割り込んでくる。

「てめえの都合の良いように言うな。どうせもうその点は対策済みなんだろうが」
「うるさいですよ、オリジナル」
「てめえこそつべこべ言わずに、さっさとこいつのフォンスロットを開け」
「あなたこそ勝手に決めつけないでください!」
「ちょ、ちょっと待てよ二人とも!」

また不毛な言い合いにもつれ込みそうになった二人に、ルークは慌てて声をあげた。

「なんですか?」
「俺、もともと前と同じにフォンスロットを開いてもらうつもりだったんだけど…」

それは本当だ。まさかサフィールが通信手段を作り出してくれるとは思っていなかったから、アッシュとの連絡のために最初からフォンスロットは開いてもらうつもりだったのだ。
それが大爆発の要因の一つになることは、それとなくジェイドから聞いていたので知ってはいた。でも、それでもいいと思っていたのだ。
あの頃は実感が薄かったが、今はアッシュと繋がっているという安心感が欲しかった。
運命のリスタート。それを知るたった二人のうちの一人。そして誰よりも大切に思っている、自分の半身。その彼と繋がっていることを実感できれば、この重く辛い運命にも耐えられる気がするのだ。

「本当に良いんですか? レプリカルーク」
「そのつもりだったって言っただろう? 父さん」
「……まさか、あなたもこのオリジナルとラブラブ定期通信をしたいとか思っているわけじゃないですよね?」
「ラブラブ……」

いったい何時の時代の言葉だと突っ込みたくなるが、なんとか堪える。藪蛇は、つつかないに限る。
それに言い回しはあれだが、その本音にちょっぴりそういう不純な気持ちがないわけでもないので、ルークはあえて口を噤んだ。

「ほら見ろ、こいつだって承知しているじゃねえか」
「……うるさいですね」

サフィールは不機嫌な声でそう呟くと、呆れたようにため息をついた。

「……痛いですよ?」
「ローレライでもう慣れているから」

自分に負担がかかるのは分かっている。それでも、どうしてもそうしたい。
そんなルークにサフィールは諦めたように小さく肩をすくめると、くるりと背をむけた。

「もう一度そこに寝てください。フォンスロットを操作しますから」
「ありがとう! 父さん!」
「そこのオリジナル、わかっていますね? レプリカルークへの負荷が大きいのですから、通信は控えること。毎晩なんてもってのほかですよ!」
「うるせえ、さっさとしろっ!」

そう怒鳴りかえしながら、今度はアッシュが手を貸してルークを台の上に導く。そのついでに素早く頬に押しつけられた唇に、ルークは目を丸くした。
背後で悲鳴のようなサフィールの声があがったが、ルークは思わず笑わずにはいられなかった。
愛しくてたまらない共犯者達。
さあ、一緒に運命を切り開こう。



END(08/05/19)



コーラル城での三者面談。よく考えたら、三人が一堂に集まっているのってここだけでした。