砂時計




さらさらという小さな音が聞こえたような気がして、ルークはそっと目を開いた。
夜中に目を覚ますのは、最近では珍しいことではない。悪夢に脅かされたり見えない不安に押しつぶされそうな気持ちを押し殺しながら眠ると、大抵真夜中に一度目が覚めるのだ。
こんなふうに真夜中に目が覚めるたびに、ルークはわけもなく叫び出したくなる。理由など数え上げればきりがないけれど、だけどそのどれもが少しずつ違うような気もする。
夜の闇は静かに人を慰めると同時に、昼は心の奥底に眠らせている不安や恐怖を誘い出す。同じ色を持つ闇が手招きするからだろうか。
だけど今夜の不安の理由はわかっている。昼間、アッシュに会ったからだ。
レムの塔での出来事の後から、少しずつではあったが自分とアッシュの関係が変わりはじめているのをルークは何となく感じていた。
相変わらず怒鳴りつけられるし、そっけない態度を取られるのは変わらない。だけれどあの塔で、自分の手を取って手を貸してくれたアッシュの手の温かさを知ってから、ルークは自分の気持ちが以前のアッシュへの罪悪感だけではない気持ちに傾きはじめていることに気が付いていた。
もっと色々と話したい。もっと分かり合いたい。
もっと時間が欲しいと、初めて心から思った。ずっとあんなにも時間が早く過ぎればいいと思っていたのに、いまでは過ぎてゆく時間を一分一秒でも巻き戻したい。
だからあんな夢を見たのだろうか、とふと目が覚める直前まで見ていた夢を思い出した。



ルークは何もない真っ白な場所に、ひとりでぽつんと立ちつくしていた。
ふと足元を見ると、本ぐらいの大きさの砂時計が一つとその半分くらいの大きさの砂時計が置かれていた。
不思議に思いながらしゃがみ込んで大きな時計の方を覗き込むと、赤い砂がさらさらと下のガラスの中に落ちながら時間を刻んでいた。

『ああ、これはアッシュの時間だ』

なぜか突然、わけもなくそう思った。ではこの小さな時計はと見下ろして、これが自分の時計なのだとルークは理由もなくやはりそう思った。
二つの時計の中身は同じ赤い砂で満たされていて、同じように時間を刻んでゆく。だけど小さなルーク時計に残っている砂はとても少なくて、いまにも途絶えてしまいそうなくらいに落ちてゆく砂の粒も少ない。

『ひっくりかえせばいい』

そう、砂時計なのだから逆さまにすれば落ちてしまった砂がもう一度時間を刻む。そうすれば、自分の時間はのびるのだから。
だから何の疑問もなく時計に手を伸ばし、ルークは自分の時計をひっくり返した。だが、さらさらと落ちる砂が増えたことにほっとして何気なく隣の時計を見て、ルークはぎょっと目を瞠った。
先程までいっぱいに満たされていたはずの大きな時計の砂が、もう残り少なくなっている。なぜ、と焦りながら同じように時計をひっくり返そうとして、ルークはハッと気が付いた。
大きな砂時計の下のガラスは割れていて、本当ならガラスの中に残っているはずの砂はすべて流れ出してしまっている。これではひっくり返しても、新しく時間を刻みはじめることが出来ないことに。
どうすればいいのか。
ルークは自分の時計を見て、そしてどうすればいいのかすぐにわかった。
同じ砂を持っている自分の時計を割って、この砂を大きな時計に足せばいいのだと。
だけどそうしたら、自分の時間は消えてしまう。アッシュの時間を刻む時計の砂となって交じり合って時を刻むけれど、二度と戻らない。


そこで、目が覚めた。
聞こえていた小さな音は、時を刻む砂の音だ。そして、流れ出してゆくルークの中の音素の音なのかもしれない。
自分の中の砂時計の砂は、後どれだけ残っているのだろう。
その砂が落ちきるまでの間に、自分はいったい何が出来るのか。何を知ることが出来るのか。
消えたくない、死にたくない。それが避けられない運命で、そしてそれを口に出して言えないことを知っていても、こうやって真夜中に一人で思うことくらい許されるだろう。
もっと時間があれば分かり合えたのだろうか。
だけど、割れてしまった砂時計はもう二度と元に戻らない。




END


某所のチャットで一部向けあてに書いたもの。時間もたったので、こちらにアップ。