ただいま継続中




 
「ルーク様っ! ご無礼をっ!」

そんな叫びと共に鋭く打ち込まれた一撃をルークはかろうじて受け止めると、勢いをつけて押し返しながら後方へ飛んだ。ざりっ、と足の下で砂利が鳴る。
ルークはそのまま軸足で前に飛び出すと、身を屈めて横に払った。確かな手応えと、くぐもった声が上から降ってくる。
バックステップで身をかわすと、ルークよりも一回り大きな相手がどうと地面に倒れこむ。相手が完全に気を失っていることを確かめてから、ルークは背後からまだ聞こえてくる剣戟に後ろをふり返った。
だが、勝負はもうつくところだったらしい。ルークよりも早い険裁きで相手を吹き飛ばすと、ガイは自分の方を見ているルークに小さく合図を送ってきた。



「これで終わりか?」
「ああ、そうみたいだな」

剣を鞘におさめながらこちらにやってくるガイに返事を返しながら、いま自分が倒した相手の懐を探ろうとしゃがみこんだルークは、あらためていま自分が倒した相手の顔を見て「あ」と小さく声をあげた。

「どうした?」

ルークの声を聞きつけて早足にこちらにやってきたガイは、しゃがみ込んだルークのつむじの後ろから倒れている男の顔を覗き込んだ。

「こいつ、知っている奴だ」
「ん〜? ああ、そういやルークの部屋の周囲の警護についていた奴だな」
「手合わせも何回かしたことあるぞ」
「たしか騎士団でもけっこう有望株って言われてたな。そろそろ小隊長に抜擢されんじゃないかって話もあったな」
「……おまえ、詳しいな」

ほええ、と感心したように見上げてくるお子様に、ガイは困ったように笑いながらその頭を撫でた。
詳しくなるのも当たり前だ。かつては、持ち場は違えど同じ雇われの身。ちょっと前はライバル視されていた立場だ。
一時は屋敷内でも微妙な立場に立たされていたルークだが、今では屋敷中の誰もがこの赤毛の少年を慕い、ちょっとしたアイドル状態になっている。
なにしろ大貴族の子息とは思えない気さくさに加えて、ちょっとワガママなところはあるけれど基本的には素直で明るく甘えたがりな性格。そして好奇心いっぱいに駆け回ったり、今では兄ということになっているアッシュに無邪気に甘えて怒られたりしている子犬のようなその姿は、文句なく可愛らしい。
その姿が守るべき主として騎士団の心に強く刻まれると同時に、そんな彼が自分たちよりもはるかに強いということも、彼らにとっては憧れを強める要素の一つとなっている。
ゆえに現在ファブレ公爵家私設騎士団である白光騎士団は、公爵家の二人の子息、アッシュとルークの熱狂的なファンクラブと言っても過言ではない。
そんな彼らにとって、現在のガイは同じ主を仰ぐ同僚であると同時に最大のライバルでもある。なにしろ正式にルークの騎士として認められているのは、実質ガイ一人だけ。以前も護衛剣士としてルークの傍らに控えてはいたが、いまでは公的に認められた唯一の存在となれば、向けてくる視線の中に含まれる棘の量も変わってくる。
しかも現在のガイは、そんな彼らの大事な大事なルーク様をかっ攫ってかけおち道中の真っ最中。持ちかけたのはルークからなんだけどな〜と呟けども、もちろん彼らが聞く耳をもつはずなどない。
故に現在のガイと白光騎士団との関係は、かなり微妙なものになっている。

「……一緒におまえを守っていた仲間だからな。顔を覚えていて当然だろう」

見上げてくる可愛いご主人様の、少し抜けた問いにさらりとそう答えながら爽やかな笑顔を一つ。
もちろんルークは、追っ手としてさし向けられる白光騎士団の皆さんが自分の熱狂的信奉者だなんて、欠片も気がついていない。それどころか、アッシュの奴凄いな〜騎士団に慕われていて、などとかなり的外れなことを思っている。
だったら、その誤解は多いに利用させてもらうに決まっているだろう。
何処の世界に、可愛い自分の恋人自身に恋人を慕う相手の存在を教えるバカがいるだろうか。
何時だって恋人を一番気にかけているのは自分だけで、一番慕っているのも一番愛しているのも自分だと教え込むのは当然だろう。

「ほら、さっさと戦利品いただこうぜ。そろそろ路銀も尽きかけていたからな」
「おう!」

そうだったな、と途端に悪戯ざかりの子供のような笑顔を浮かべて、嬉しそうにルークは自分が倒した相手の懐を探りはじめた。
倒した相手からふんだくる物資は、事前にシュザンヌが路銀の足しにと用意してくれたものだ。だから懐をさぐるルークに良心の呵責は欠片もない。いや、もし違ったとしても自分達を襲ってきた時点で路銀が足りなければ、ルークは迷いなく襲撃者から戦利品をふんだくるだろう。アニス仕込みのがめつさのスキルは、この旅にでてからますます磨きがかかっているのだから。

「うっひょう! 母上わかってらっしゃる」

ごろごろと転がり出てくる回復役の類に、路銀の袋。たしかにそろそろ道具類が辛くなりはじめていたころだ。だがたぶん、それを寄越してきたのはシュザンヌさまではない。

「……アッシュの奴、勝手にルークに探りを入れたな」

なぜか追っ手の親玉が一番捕らえるべき相手を心配しているという、この矛盾。本気で捕らえる気はあるんだろうかと遠い目になってしまうことがあるが、きっと誰よりもルークをバチカルに引き戻したいと思っているのは、間違いなくあの兄バカだ。
ついでに言えば彼の婚約者であるナタリアも、このかけおち騒動に荷担している。関所などでほぼノーチェックなのは、彼女の寄越したロイヤルファミリー専用の通行手形があるからだ。
しかも関所での半径2キロ以内での襲撃はペナルティ。いったいいつの間にそんな細かいルールが決められたのかわからないが、どうにも自分たち以上にこのかけおち騒動に荷担している王族の皆さんの方が楽しんでいる節が見えてならない。

「……まあ、祝福されてるからいいんだけどな」

ルークと二人きり。誰にも邪魔されずに気ままに旅をしているいまは、ガイにとっても天国にも等しい状況だ。しかもルーク自ら「愛の逃避行」などと言い切るのだから、これ以上嬉しいことなどない。

「が〜い〜っ! 集めたか?」

思わずニヤケながら戦利品を集めていると、ぱたぱたとこちらにルークが走ってくる。そしてガイの顔を見てキョトンと目を瞠りながら首を傾げた。

「なにか良いものでもあったのか?」
「いいや別に」
「じゃあなんでそんなに嬉しそうなんだよ」
「いや、やっぱりルークは可愛いなと思ってさ」
「ばっ! アホなこといってんじゃねーよっ!」

げしっと照れ隠しにしゃがんだままだったガイの背中に蹴りを入れると、ルークはとっとと自分が集めた戦利品を抱えてその場から逃げ出そうとしていた。

「こらっ! 勝手に一人で行くな!」

まったくお子様なんだからと笑いかけたガイは、次の瞬間笑みを引っ込めると同時に地を蹴っていた。
走り抜けざま抜刀し、抜き身を下げながら短くはない距離を詰める。驚いた顔でこちらを振り向いたルークの腕を掴んで引き寄せ、自分の腕の中に抱き込みながら、下げていた抜き身の刀を斜め後ろに振り上げる。短い悲鳴と共に血しぶきが散り、巻き添えをくった茂みの葉と共にどうと獣型のモンスターが倒れこんできた。

「怪我はないか?」

ルークを抱えたまま後ろに下がったガイは、相手が絶命しているのを確認してから腕の中に抱え込んだルークに声をかけた。それに弾かれたように顔をあげたルークは、しばらくまじまじとガイの顔を眺めてから、突然勢いよく抱きついてきた。

「る、ルークっ?」

まさかあれしきのモンスターでいまさら怖がるワケがないご主人様の行動に目を瞬かせると、抱きついてきたルークがぼそりと独り言のように呟いた。

「やべえよお前……、うっかりグッときた」

そう言うなり、今度は自分の言動が恥ずかしくなったのか、ルークはぱっとガイから離れると、ずかずかと早足で歩きはじめた。
一瞬呆気にとられて動きのとまっていたガイは、すぐに我に返ると慌ててルークの後を追いかけはじめる。しかしほとんど走っているようなルークにはなかなか追いつかない。だけどその顔は緩みっぱなしだ。


まったく、これだからたまらない。
ルークはいつもガイのことを無意識のタラシ魔だと言うけれど、その言葉はそのままそっくりこの可愛いご主人様に投げつけてやりたい。
あと少しで追いつく。
そうしたらその手を握って抱き寄せて、キスをしたい。
だってこれは「愛の逃避行」なのだから、愛し合うのは当然のこと。
誰にも邪魔なんかさせないし、守ってみせる。
それが当たり前なのだから。



END




END
(08/02/07)



まだまだかけおち中の、その道中を書かせていただきました。