あまい唇




ベッドの上に腹ばいになったまま不機嫌そうに髪を掻き上げるユーリを見て、フレンは微かに唇の端をあげた。
普段から必要以上に表情や仕草が艶やかなユーリだが、特に今は情をかわした直後と言うこともあって、髪の毛の先からも色気がこぼれ落ちそうなほどに色っぽい。
その扇情的な光景に、まだ静まりきっていない自分の中の熱を感じてフレンがどうしたものかと思案していると、ようやくこちらに気がついたのかユーリが顔をこちらに向けてきた。

「なんだよ、そんなとこに突っ立って」
「自分の自制心に少しばかり不安を覚えてね」
「はっ! ンなものお前にあるのかよ」

散々好きなように扱ったせいか、かなりユーリの機嫌は下降しているらしい。
もともとフレンに対しては遠慮のないユーリだが、睨みつけてくる黒葡萄色の瞳ははっきりと不機嫌な色を浮かべている。
もっとも、そんなふて腐れた表情も先程の行為で微かに掠れた声も、フレンを誘うような甘さしか感じられない。
フレンは苦笑しながらベッドの端に腰をおろすと、手に持っていたコップをさしだした。

「喉、乾いているだろ?」
「誰かさんのおかげでな」

ユーリは伸び上がるようにして起きあがると、フレンの手からコップを受け取った。
彼の腰から下を隠していたシーツがその動きにあわせてきわどいところまでめくれ、思わず反射的に視線をそらす。
どうにも子供の頃からのつきあいのせいか、ユーリはフレンの前ではその手の羞恥心がとても足りない。もっとも、彼は知らない。ユーリがその手の羞恥心が足りないことを露呈しているのは、彼の前だけではないことを。
おそらく肝心な場所が隠れていれば問題ないという考えなのだろうが、同性であってもユーリの肢体は恐ろしく魅力的だ。
細身だが脆弱ではなく、薄い筋肉が適度についた身体は均整が取れていて、しなやかさもある。白い肌は、薄い傷はあるものの絹のように滑らかで、触れると吸い付くようにしっとりとしている。
そして腰のあたりまである長い髪が滝のように背中を流れ、そこからわずかに覗くうなじや背中の白さがいやでも目を射る。
ユーリは一気に水を飲みほすと、無言のままコップを返してきた。それを受け取りサイドテーブルに置くと、ふたたびベッドの上に寝そべったユーリの髪にフレンはそっと手を伸ばした。
汗で湿った黒い髪はいつもよりさらに艶を増し、しっとりと指先になじむ。
一房すくい上げて口づけると、ユーリが呆れたような視線をこちらに向けてきたのがわかった。

「なにやってんだ、お前」
「ん? 良い匂いだなって」
「……気味悪いこと言うな」

少しきつめの線を描く柳眉がしかめられるが、髪の間から覗く耳が微かに赤くなっているのが見える。

「なに言われても、もうやらねえからな。それと、しばらく顔見せんな」
「ちょっと、それは酷くないかい」
「うるせえ。散々好き勝手しやがって……」

どうやら、少々強引にことをすすめたのが気に入らなかったらしい。そのわりには最後は随分と気持ちよさそうだった気もするのだが、そんなことを口にしたが最後、二ヶ月は顔をあわせてくれないだろう。

「悪かったよ。機嫌を直して」
「てめえ、本気で悪いと思っているのかよ……」
「本当のこと言うと、不可抗力だと思っている」
「は?」
「君を抱いていて、理性が吹き飛ばないなんてありえないから」

さらりと本当のところを言ってやれば、一瞬子供のように目を丸くしてからすうっとその瞳が剣呑に細められる。
くり出される左手の拳を受け止め、その隙に軽く唇をかすめ取る。さらに追ってくる攻撃を背中に乗り上げることで押さえこむと、フレンはユーリの耳元に唇をよせた。

「大好きだよ、ユーリ」

今度こそはっきりと顔を赤らめたユーリの顔をのぞき込むと、もの凄い目で睨まれる。砂糖菓子のように甘い雰囲気を期待するわけではないが、もう少しなんというか、穏やかな雰囲気くらい味あわせて欲しいものだとフレンは胸の中で独りごちる。

「明日、君が前に言っていた店でマカロン一セット買ってきてあげるから」
「……ガキじゃあるまいし、そんなんで……」
「じゃあ、もう一つおまけにプランテルでシュークリームとエクレア」

一瞬、迷うようにユーリの瞳が揺れる。
彼はしばらく逡巡するように視線を上に向けていたが、やがて諦めたようにため息をつくと、髪を後に払った。

「……ショートケーキ追加」
「おおせのままに」

少しおどけたようにそう答えると、ユーリは一瞬きつい視線をむけてきたが、すぐに諦めたようにぽすりと枕に顔を埋めた。

「ったく、たちが悪りいな……。どこでそんなに捻くれて来やがった」
「たちが悪いのは、君の方だと思うけど」
「はあ?」

心外だと顔をしかめるユーリににこりと笑い返してやると、彼はそれきり黙り込んでしまった。
まったく、たちが悪いにもほどがある。
どれだけ自分が他人を無意識に翻弄しているのか、自覚がないときている。
本当は、いつだって側に置いて抱きしめていたい。手の届く場所に囲い込んで、好きなときに手を伸ばして触れていたい。
そんな危険な願望をかき立てるくせに、本人はいたって無頓着なのがたまに憎らしくなる。
すでに他のことを考えているのか、ぼんやりと頬杖をついているユーリのすました横顔が気に入らなくて、フレンは強引に自分の方を向かせると唇を塞いだ。 段々と激しくなる口づけに、合間にあがるユーリの声が甘さを含んだものに変わってゆく。
その音色だけでいまは満足することに決めて、フレンはもう一度その甘い唇をじっくりと堪能するために瞳を閉じた。



END(初出08/10/23)(08/10/24)