甘さ10パーセント




「たっだいま〜、ユーリちゃん! ご主人様のお帰りだよ〜!」

勢いよくドアの開く音とともに聞こえてきた陽気な声に、ユーリはドアに背をむけたまま無言でぱたりと黒く長い尻尾を不機嫌そうに振った。

「ちょっとちょっと、ご主人様が疲れて帰って来たったのに出迎えもしてくれないのかね、この子は」

呆れたような声でそう言っても、完全に無視。
暖炉の前に座り込んだままの子供はこちらをふり向くことなく、ぱたぱたと尻尾だけが機嫌の悪さをしめすように床を叩いている。
こりゃ完全に怒っているな、とレイヴンは苦笑を浮かべた。
まあ、無理もないかもしれない。
当初の予定を大幅に遅れて帰ってきただけでなく、そのあいだ一度も連絡らしい連絡もしなかったのだ。
しかも、帰宅前に報告のために立ち寄った団長室でアレクセイに聞いたところによると、どうやら自分が帰宅する予定だった日からユーリはこっちに戻っていたらしい。
もっとも留守の間ユーリを預かってくれると言っていた手前、アレクセイも心配して昼の間はフレンをこちらに寄越してくれていたらしい。だけど結局は、長いあいだひとりぼっちにしてしまった。
いやでも、もしかしたらそんなに堪えていなかったかもしれないな、とふとレイヴンは自虐的なことを思う。
いま自分に背をむけて無言の抗議をおこなっているこの子供は、ただの子供ではない。猫耳族と言われる、亜人の子供だ。
亜人と言っても耳族の容姿はほとんど人と変わらないのが特徴で、耳と尻尾だけが獣のそれであるだけである。知能レベルも人とほとんど変わらない。
そのためクリティア族同様普通に市民権を持つことが出来るが、近年ではその個体数が極端に減ったため、ほとんどの耳族はなんらかの形で人の保護を受けている。
ユーリもそうした一人で、二年前にレイヴンが引き取った猫耳族の子供だ。
黒髪に、黒葡萄色の大きな瞳。そして髪と同じ色をした黒い三角形の猫耳と、長く形のよい尻尾。顔立ちはちょっと生意気そうな感じはあるが驚くほど可愛らしく、最初に会ったときは女の子と間違えたほどだ。
だが、それが悪かったのだろう。
女の子と間違えて抱きあげたときに引っ掻かれて以来、ユーリは容易にレイヴンに触らせてくれない。
どうやら嫌われてはいないようなのだが、口が達者なせいか事あるごとになかなか辛辣なことを言ってくれる。しかもユーリはいかにも猫耳族らしく気ままで束縛されるのが大嫌いときているので、かまおうとすると逃げられてしまうことがほとんどなのだ。
たぶん今怒っているのだって、寂しかったというよりもレイヴンが約束を破ったことに対してなのだろう。そういうところは実に手厳しいのだ、このお子様は。

「ユーリ、ごめんね。仕事先でちょっと厄介なことになっちゃって、遅くなっちゃったのよ。決して遊んでたわけじゃないからね」

ぱたん、と黒い尻尾が揺れる。
それがふざけんなと言っているのか、それともわかっていると言っているのかはわからないが、話はちゃんと聞いているらしい。

「それに、ちゃんとユーリにお土産も買ってきたのよおっさん。そこの街で一番美味いって評判だったの菓子屋の、焼きチョコレートケーキ」

チョコレートケーキという言葉に、ぴこんと音がしそうなほど勢いよく三角形の耳が立ちあがる。思った通りやはり甘い物か、とちょっとだけ複雑な気持ちになる。

「それから焼き菓子と、マシュマロ」

ぱったぱったと尻尾の動きが激しくなってくる。

「それじゃあこれでどうよ! ショコラ詰め合わせ!」

ヤケクソとばかりに叫ぶと、ようやくくりんとユーリがこちらを向いて手を伸ばした。
もしや珍しく抱っこでもさせてくれるのかと手を伸ばしかけたレイヴンの手を、ぴしゃりと長い尻尾が叩く。

「……ざけんな」

子供特有の高い声なのに、ドスが効いている。
しかも睨みつけてくる目が、半目になっている。ああやっぱりと肩を落としながら、レイヴンはしぶしぶ菓子のはいった包みを渡した。

「今度は、戻ってくる日くらいしらせろ」
「う、はい。すみません……」

もしかして寂しいとか思ってくれたのだろうか、と一瞬だけ期待に胸がふくらむが、次に続けられた言葉にレイヴンはがっくりと肩を落とした。

「そうしたらその日までフレンのところに行ってるからな。ざっけんなよ、一回家に戻ったのにすごすご戻れっかっての」
「キモに命じておきます……」

なるほどそれで拗ねていたわけか、とようやく理解する。
フレンとは、アレクセイのところにいるユーリの幼なじみである犬耳族の子供だ。
実はレイヴンがユーリを引き取った最初のきっかけは、アレクセイがフレンを引き取ることに決めたからだった。仲の良い子供たちを遠くに引き離すのも可哀想だからおまえがもう一人を引き取れと言われたときは、なんて横暴なと思ったものだ。
だが、今ではあのとき自分に声をかけてくれたことを、レイヴンは心から感謝している。おかげでこんなに可愛い子供と暮らすことが出来るようになったのだから。

「二度とすんなよ」
「うん、だからごめんね」
「わかればいい」

そう言うとユーリは包みを抱えて立ちあがると、レイヴンの横をすり抜けて部屋を出て行ってしまった。ちゃっかりとすれ違いざまに頭を撫でようとしたレイヴンの手を、尻尾で叩くことも忘れずに。

「……あ〜あ、でもまあ今日はしかたないか」

今日ばかりは全面的に自分が悪い。レイヴンは頭を掻きながらふらふらとキッチンへむかった。
期待はできないが何か残り物でもないだろうかと鍋の中をのぞいてみて、レイヴンは軽く目を見開いた。

「偶然、じゃないわよねえ……」

冷えてしまってはいるが、中身は間違いなくレイヴンの好物であるサバの味噌煮。それによくよく探してみると、塩おにぎりまできちんと用意されている。
これだからたまらないのだ。
そっけない素振りをしながら、ちゃんとこうやって好物をあつらえて待っていてくれるところとか。
素直でないところがまた、可愛くてたまらない。


明日はご機嫌取りに、クレープでも焼いてやろう。
そうすれば、今日見せてくれなかった分までたぶん笑顔を見せてくれるはずだから。
今はそれだけで満足しよう。





END(09/02/28)



*リク内容は猫(うさ)ユーリとレイヴンで、ラブラブご主人に対してそっけないユーリ。でも本当はラブラブ。(超意訳)