エアリアル




「本当にいいのかい?」

もう何度目になるのかわからない問いかけをしてくるフレンに、ユーリはしつこいと軽く拳でフレンの腕を叩いた。

「何度も聞くな。よくなきゃおまえに頼むわけねえだろ」
「……でも」
「ああもう! だったら他の奴に頼む」
「それは絶対にダメ!」

立ちあがろうとしたユーリの肩を押さえてふたたび椅子に座らせると、フレンはユーリの肩に手を置いたままため息をついた。

「僕は気が進まないよ……」
「なんでおまえが気にすんだよ」
「だって……」

フレンはユーリの顎を持ち上げて上を向かせると、彼の背後からのぞき込むようにして視線を合わせる。

「すっごく綺麗なのに、もったいないよ」
「ンなこと言われても、別に嬉しくもねえけどな」
「ある意味、女の敵だよねユーリって」
「なんだよそれ」
「肌も綺麗だし。女の人でもあまりいないと思うよ、こんなに綺麗な髪の人」
「……余計に嬉しくねえ」

思いきり顔をしかめたユーリに、フレンはまた一つため息をついた。

「いいからさっさとやれよ」
「……わかったよ」

渋々といった感じでフレンは小さく頷くと、まっすぐ前に向きなおったユーリの髪をそっと一度撫でてから、用意してあったハサミを手に取った。

「やるよ」

ユーリの長い艶やかな髪を一房持ちあげると、フレンはハサミを入れた。
しゃきん、と軽い音がして長い一房が床に落ちる。
それを名残惜しげに見つめながら、フレンはユーリの髪にハサミを入れていった。



軽いハサミの音とともに、少しずつ頭が軽くなってゆく。
フレンの手は最初のためらいが嘘のように滑らかに動き、次々とユーリの髪を落としてゆく。たぶん気のせいなのだろうけれど、そうやって髪が床に落ちてゆくたびに少しずつ何かが軽くなっていく気がする。
髪を切ろうと思ったきっかけは、そんな大げさな物ではなかった。
一人旅に出て戻ってきて、さて新しい生活に移ろうという気になったら、ふと切りたくなったのだ。
さてどうするかと考えて、ふと頭の中に浮かんだのはフレンの顔だった。そうだあいつに切らせればいいと思ったら、いても立ってもいられなくなった。
髪を切りたいというのは軽い気持ちのつもりだったが、いま思うと、この長い髪を切ったらなにかが変わるかもしれないという気持ちもどこかにあったのだろう。だから余計に、フレンを思い出したのかもしれない。
そうと決まればとさっさと押しかけて、髪を切って欲しいと切り出したときのフレンの顔は、なかなか見物だった。
だが、それからが大変だった。
どうして切るのだとかもったいないとかごねるフレンは、いつも以上に手強かった。どうして彼がそこまで自分の髪にこだわるのかわからなかったが、いいかげん焦れてじゃあ他の誰かに頼むと叫んだら、ようやく頷いた。
それでもハサミを用意するまで散々フレンはごねたので正直かなりうんざりしていたのだが、やはりフレンに頼んで正解だったとユーリは思っていた。
フレンは昔から器用で、一緒に暮らしていたときもユーリの髪を整えていたのは彼だったので、その点でも何の心配もない。
それに、フレンがハサミを入れてゆくたびに、古いなにかが一緒に切り落とされてゆくようなそんな感じがする。きっと他の誰に頼んでも、そんな気持ちにはなれなかっただろう。きっと相手がフレンだからこそ、素直にそう思うことが出来るのだ。
フレンの指がユーリの髪のあいだをくぐり、撫でてゆく。
そのたびにその指からこぼれる髪の長さが変わってゆくのを、実感する。
どれくらいたっただろうか。
ハサミの音が止まると、最後につむじのあたりに軽くキスされたのがわかった。だがユーリはそれを無視したまま、フレンに声をかけた。

「終わったか?」
「うん」

さきほどのように上を向かされ、今度は降りてきた唇に唇を塞がれる。
離れてゆく唇の感触に苦笑を浮かべると、はいと手鏡を渡される。のぞき込んだその中には、久しぶりに見た短い髪の自分がいる。

「……なんか、変な感じだな」
「だから切らない方がいいって言ったじゃないか」
「別に悪いとは言ってねーだろ」

ユーリは何度か鏡の角度を変えて自分の姿を確認すると、ひょいと上を向いた。

「似合うか?」
「……似合わないよ」
「そりゃ、おまえのせいだな」
「嘘だよ、似合っている……」

そういいながら、なぜかフレンはどこかが痛そうな表情でユーリを見下ろしてている。

「どうした? しけた顔して」
「ユーリは意地悪だ」

フレンは床に膝をつくと、短くなったユーリの髪に顔を埋めるようにして背中から抱きしめてきた。

「僕が君の髪を好きなこと、知っているくせに」
「ん? そうだったか?」
「しらばっくれて……」

呆れたような呟きとともに、抱きしめてくる腕に力がこめられる。

「君が重い何かを切り捨てるのは嬉しく思うけれど、少し恐いよ……」

ぽつりと呟くように囁かれたその言葉に、ユーリは返事をしなかった。本当はフレンがどんな答えを待っていたのかわかっていたけれど、いつかその時がきたらきっと自分は迷わないだろうから。
いくら心で思っていても、それが大切に思う相手に必要なことならやってのけられると思う。
顎を掴んだフレンの手が引き寄せるままに、後からのしかかるようにしてあわせられる唇に応える。
その温かさが、頼りなくなってしまった首筋のあたりの感覚を鈍らせてくれる。
でもきっといつかこの喪失感にも、自分は慣れてしまうだろう。
そう思った。



END (09/04/17)



*短髪ユーリ萌えが来ていた頃書いたものです。いまでも短髪萌えはある。いいよね!