秘密の花園




風呂は命の洗濯などとおっさん臭いことを言ったのは、レイヴンだっただろうか。
だけど今だけはそれに同意してもいいと思いながら、ユーリはバスルームを出た。
普段は別にとりたてて風呂が好きなわけではないが、ここのところ野宿が続いていたこともあって、たっぷりの湯を満たしたバスタブの中で身体を伸ばせたのはかなり嬉しい。
顔立ちの優美さとは裏腹に大変男らしい彼ではあるが、最低限の身だしなみには気を配っている。たとえ注意されなければ石鹸で髪を洗うようなことをしようとも、常に身辺をこざっぱりとさせておくように気をつけてはいるのだ。



バスルームを出ると、一番近くのベッドに寝そべっていたジュディスが身体を起こした。
普段から目のやり場に困る恰好をしている彼女だが、風呂上がりのバスローブ一枚のしどけない姿のせいもあるのだろうが、そういう仕草が酷く色っぽくて、思わず引き寄せられる視線を反らしてしまう。
年頃の女性がメンバーの半数を占めるので、普段は出来る限り宿では最低二部屋確保するようにしている。だが、今日のようにもともと大部屋しかない宿だったり部屋数が足りないときは、こんなふうに男女一緒の部屋になることも珍しくない。
ジュディスはベッドの上に魅惑的な長い足を投げ出すようにして横座りをすると、ちょいちょいとユーリを手招きした。正直、一瞬迷う。
ちらりと視線を他へむければ、他のメンバーは誰も気がついていないのか、それぞれ思い思いの恰好でベッドに寛いでいる。
それを見て、変に気にするのもおかしいかとユーリは思い直すと、手招かれるままにジュディスのベッドの側に立った。

「なんだ?」
「いいから、ちょっとここに座って」

ぽんぽんとジュディスは自分のとなりを叩くと、軽い調子で促してきた。
はっきりきっぱりとジュディスには仲間として以上の好意は持っていないが、やはり魅惑的な女性にお誘いのような言葉をかけられると、年頃の青年としてはその気がなくても意識してしまう。
さてどうしたものかと迷っている間に、ジュディスの手がユーリの腕を掴む。そのまま腕をひかれてベッドの端に腰を落としたと同時に、もう片方の手が伸びてきてユーリの頬に触れた。

「あら、やっぱりすべすべ」

そのままジュディスは感触を楽しむようにユーリの頬をすりすりと撫でまわすと、硬直しているにっこりと笑いかけた。

「なにをしているんですか? 二人とも」

一番近くにいたエステルが二人の様子に気がついてふり向く。そして、かすかに頬を赤らめた。

「あなたもやってみる?」

そんなエステルに気がついたのか、ユーリの頬を撫でながららにこりとジュディスが笑う。
それにユーリはぎょっとした顔になって逃げようとしたが、いつの間にかしっかりと左手をジュディスに掴まれていて逃げられない。
しかもわざとなのか、バズローブに包まれたジュディスの胸が掴まれた腕にあたっていて、さらに動けなくなる。

「いいんですか?」

なぜかもの凄くイイ笑顔でエステルは自分のベッドからジュディスのベッドへと移動すると、反対側からそっとユーリの頬に触った。

「わあ、本当にすべすべです」

ジュディスとは違う、まるで羽根のように柔らかな触り方をしてくるエステルの手がくすぐったくて、ユーリは片目をつむった。
これが野郎どもにもみくちゃにされているなら一発殴って引きはがすのだが、いかんせん、それこそ一人でモンスターの群れに突っ込んでいっても全く問題がないとは知っていても、相手は女の子たちだ。

「なあ、なにが楽しいんだ」
「あら楽しいじゃない」
「楽しいですよ」

さわさわぷにぷにしながら、エステルたちは本気で楽しそうに笑っている。
こんなふうに笑っているときの女の子たちが、自分の理解を超える理論を装備していることはユーリも経験上よく知っている。
だけど好き勝手に触られているだけなのは、なんとも居心地が悪い。

「リタ、リタもどうですか?」

しかも、援軍を呼ばれた。
だが相手は、女性陣のなかでも飛びきりの辛口のリタだ。くだらないと一刀両断してくれるはず。そう期待していたユーリの予想を裏切って、リタまでエステルの隣にちょこんと腰をおろすとユーリのほっぺたをひっぱった。

「……うわ、予想以上」

むにむにふにふに触られて思わず助けを求める視線を巡らせるが、いつもならこんな状況に乱入してくるはずのレイヴンまでなぜか遠巻きにこちらを見ている。
もちろんカロルはあてにならないし、最後の砦のラピードは宿の外だ。

「ちょっとお前ら、いいかげんにしろよ」
「あらいいじゃない、ちょっとくらい」
「そうですよ。こんな時でもないとゆっくりと触れないんですから」

いや、触るんならいつでも出来るだろうと突っ込みたくなるが、年がら年中彼女たちに触られることを想像して頭の中から速やかに削除する。そんなやたらめったらスキンシップを図ってくるような相手は、某金髪の騎士だけで十分だ。

「でも、本当にぷにぷにすべすべね。……ちょっと殺意を覚えるくらいに」

とろりと蜜のように甘い笑みが、ジュディスの顔に浮かぶ。ポーカーフェイスの彼女は、時々どちらが本音なのかわからなくなる。

「こんなに綺麗な肌だったら、化粧ののりも良さそうですよね」

腕が鳴りますなんて、のほほんとお姫様が恐ろしい発言をしてくださる。

「エステル、冗談きついぞ」
「あら、本気ですよ」

ねえ、と笑顔で他の二人に同意を求める彼女に、悪意など欠片もないことは知っている。知ってはいるけれど、勘弁願いたい。

「大丈夫よ、初めてじゃないでしょ?」
「そうなんですか? ユーリ」
「ンなわけねえだろ」
「あら、絶対に子供の頃に近所のお姉様たちに遊ばれていたと思っていたのに」
「……ねえって」

さすが、ジュディスは鋭い。
それこそどこから見ても美少女にしか見えなかった子供時代、近所のお姉様方に弄ばれたのはユーリの黒歴史だ。
ついでにそのまま外に放り出され、見知らぬおじさんに色々とお誘いを受けたのに対してキン蹴りをして逃げたのも、なかなか苦い思い出である。

「初めてだったとしても大丈夫よ、優しくやってあげるから」
「……あんたが言うと、なんだかものすごい不穏な発言に聞こえるんだけど」
「て言うか、なんでそういう方向に話がむかってんだ!」
「あら、綺麗な肌を見たら化粧してみたくなるのは当然でしょう?」
「激しくなにか間違っていると思わないのか?」
「ユーリなら大丈夫ですよ」
「肌が綺麗なのがいいなら、カロル先生はどうだカロル先生は」

必死に回避行動にうつるユーリに、遠くからのカロルの視線が虚ろになるのが見える。だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

「とにかく! つまんねえこと言ってねえで寝るぞ」
「んもう、仕方ないわね。でももう少し堪能させてね」
「なにをだ!」

またもやぺたぺたと顔やら首やらを触られて、でも女性三人に囲まれて逃げ出そうにも逃げ出せない。


* * *


「珍しいね、レイヴンがあの中に突っ込んでいかないの……」

そんな怪しい光景を離れた場所から半目で眺めながら、カロルがぽつりと呟く。

「ん〜、まあねえ」

微妙に途方に暮れたような顔をしながら、レイヴンが生返事を返す。

「なんてゆーか、こう、イケナイ世界を見ているような気がするんだわ」
「あー、それは僕も思ったな……」

そうなんていうか、秘密の花園って感じの世界。

「なんでユーリって、あそこに混じっていても違和感ないんだろうね」

格好良くて男前なユーリを知っているはずなのに、ああやっていると美少女四人が戯れているようにしか見えない。

「ちょいと複雑だけど、ま、目の保養だとでも思っときなさいな。少年」
「……それも、なんか間違ってる気がする」

でもまあ、四人ともうさ耳保有者だし。
そう無理矢理自分を納得させると、カロルは少年らしく悩み多きため息を一つついたのだった。


END(初出08/10/18)(08/10/24)