星の雨と君と




こつこつと窓を叩く音に顔をあげると、窓ガラスの向こうで知った顔が笑うのが見えた。

「ユーリ?」

フレンは慌てて窓を開くと、外にいる親友を部屋の中に招き入れた。

「なんだよ、まだ仕事してんのか?」

猫のようにほとんど音もなくユーリは部屋の中に降り立つと、呆れたような目をフレンにむけてきた。

「いや、仕事は終わっているよ。これは個人的に調べたいことがあったから」
「相変わらずだなおまえ……。オレだったら、仕事でもゴメンだな」

嫌そうに顔をしかめるユーリに、フレンは思わず噴き出した。昔からユーリは本を読むよりも外で駆け回ることの方が好きで、たまに本を読みはじめてもその数十分後にはかならず居眠りをしているくらいの本嫌いだ。
もっとも娯楽本はそれなりに読むようなのだが、少なくともいまのフレンが読むようなお堅い真面目な本には絶対に手は出さない。

「つーことは、おまえ、いま暇だな?」

まるで猫の目のようにユーリはくるりと表情を変えると、期待するようなまなざしをフレンに向けてきた。

「急ぎの用事はないかな」
「じゃ、決まりだな」

ユーリは腰に手をあてると、ニッと嬉しそうに唇の端を上げて笑みを浮かべた。普段がクールぶっているわりには、こんな時のユーリの顔は一気に悪ガキだった頃の顔に戻る。

「んじゃ、さっさと行くぞ」
「行くって……ちょっと、これからどこかに行くのかい?」

思わず大きく瞬きをしたフレンに、ユーリがちらりと意地の悪い笑みをむける。

「なんだよ。どっかのお姫様でもあるまいし、まさか夜の外出はできないとか言い出すんじゃねえだろうな」
「そうじゃないけど……」
「なら、さっさと来いよ」

ユーリは笑みを唇に刻んだままフレンの方に左手を差しだすと、軽く首を傾げた。
その背後には、細く頼りない月。動きにつれてサラリと流れた黒髪が、かすかに青みがかって見える。そして光を吸い込んでしまいそうな暗紫色の瞳が、誘うように細められる。
それに、フレンが逆らえるはずがなかった。



当然のことながら、出口はフレンの部屋の窓だった。
ユーリの後を追って城の裏庭を抜けながら、フレンはなんとも複雑な気持ちを感じずにはいられなかった。自分はこの城内で一応要職に就いている身のはずなのだが、なぜこんなふうに人目をはばかるようにして歩いているのだろう。
しかし同時に、久しぶりに感じる不思議な高揚感に足取りが軽いのも事実だ。目の前にはユーリの後ろ姿。なんだか子供のころに戻ったような気分になる。
ユーリはまるで自分の庭ででもあるかのように、ひょいひょいと迷わず城の裏庭の中を進んでゆく。その間に警護の兵に一度も会わないのはさすがと褒めていいのか、それとも警護が甘いと嘆けばいいのか微妙なところだ。
身軽に塀を乗り越えてゆくユーリには、もちろん罪悪感の欠片も見えない。塀に取りかかる前にため息をついた自分を葡萄色の瞳が不思議そうに見下ろしてきたが、ここまで来たらとやけになりながらフレンは塀を登った。

「それで、どこに行くつもりなんだい?」
「そりゃ行ってからのお楽しみだ」

ひらひらと手をふりながら、ユーリが笑う。こういう顔をしているときのユーリが絶対に教えてくれないことは、子供のころからわかっている。だけどそんなときのユーリが絶対に期待を裏切らないなにかを隠しているのも事実で、だからフレンはため息をつきながらも先に歩くユーリの後を追いかけた。
ユーリは市民街の方へ下りてゆくと、下町にむかう方の道ではなく街の外へ続く方角へ足をむけた。
ちらりとためらいが胸を掠めるが、そもそも城を抜け出してきた時点で同じかと開き直ると、フレンは歩調を歩やめた。
街の外にでてしばらくすると、ユーリは不意に足をとめた。
なにもない平原が広がり、夜風がユーリの長い髪を揺らしながら通り過ぎてゆく。

「そろそろだな」
「は?」

謎めいたことを呟くユーリに大きく瞬きをすると、彼はくいっと親指で空をしめした。つられて上を見あげたフレンは、思わず大きく目を見開いた。
星喰みの消えた美しい夜空を、星が流れる。
それも、一つではない。一つが流れると、それを追うようにしてまた次の星が流れる。やがてその感覚が短くなってゆき、まるで雨のように星が流れだした。

「……これって」
「星喰みの名残って奴だそうだ。ジュディが教えてくれたんだけどな」

ユーリも一緒に空を見あげながら答える。

「……凄いな」
「ああ、予想以上だったな」
「もしかして、これを僕に見せるためにここに?」
「ま、そんなとこだな。おまえ、昔からこういうの好きだったろ」

ニッとしてやったりという顔で笑うユーリに、フレンは頷くことしかできなかった。そういえば、こんなふうに空を見あげることなんてここしばらくなかった気がする。この流星群だって、ユーリに言われなければ気がつかなかっただろう。

「やっと、そういう顔をしたな」
「え?」
「おまえ、ここんところスゲエ顔していたぞ。自分じゃ気付いてなかっただろ」

軽い口調だったが、見つめてくるユーリの瞳には少し怒ったような光が宿っていた。

「おまえ、考えすぎなんだよ。もうちょっと肩の力抜け。おまえがそんなんじゃ、まわりの奴等だって息苦しいだろうが」
「……まったく。かなわないな、君には」

ははっと、フレンは力なく笑って肩をすくめた。
たしかにユーリが言うとおり、ここのところ仕事に忙殺されていて余裕を失っていたのはたしかだ。だけど彼にわざわざそう指摘されてしまうほど自分がピリピリしていたとは、気付いていなかった。

「ま、せいぜいがんばれよ騎士団長様」
「簡単に言ってくれるよね。少しは労ってくれてもいいんじゃないかい? 君は僕の恋人なんだから」
「だから労ってやっただろ。感謝しろ」
「僕としては、もっと直接的なものでもよかったけどね」

そう言うと、ユーリの目がムッとしたように細められた。

「なんだよ、気にいらねえってのか?」
「まさか。ありがとう、ユーリ」

そう笑ってユーリの手を掴めば、驚いたように目を丸くしたのが見えた。
本当はそのままキスをしてしまいたかったけれど、なんとか堪える。ここで唇に触れてしまったら、きっと歯止めがかからなくなってしまうのがわかっていたから。
そのかわりに、子供の頃のようにユーリの手を握れば、ちょっと驚いた顔をしながらもユーリも手を握りかえしてきた。
たまにはこんなふうに、子供の頃に戻るのもいいかもしれない。
そう思いながらフレンは、昔も今も変わらない一番大事な相手の手を握りながら、いつまでも空を見あげていた。




END
(09/02/01)



もしかしたら他でも掲載されるかもですが、期間がすぎているのでこちらで先にUPします。