肝心なのは、最初と継続




「嫌な予感がする」

街に入るなりそう呟いたユーリに、仲間たちは一様に目を丸くして彼をふり返った。

「ユーリ? どうしたんです?」

リタと話ながら先を歩いていたエステルが、すこし心配そうな表情で戻ってくる。そして、両腕をさすっているユーリの手に、そっと触れた。

「具合でも悪いんですか?」
「いや、そういうわけじゃねえけど」
「青年今日張り切ってたから、疲れたんじゃないの〜?」
「って、さぼってたあんたが言うなっ!」

頭の後で手を組みながら他人事のように言うレイヴンの腹に、リタの肘鉄が決まる。苦悶の声をあげてうずくまるレイヴンをさらりと見捨てながら、カロルが心配そうにユーリの方へ駆け寄った。

「大丈夫? ユーリ」
「ああ、心配すんな。別に体調がわりいわけじゃねえから」
「じゃあ、野生の勘かしらね」

意味深にそう言って笑うジュディスに頷きかけて、それじゃあ動物みたいじゃねえかとぼやく。

「あながち間違いでもないんじゃない? あんた、動物っぽいもんね」
「ひでえ言い草だな、リタ」
「でも動物の野生の勘は、敵を察知することにおいて人間の数倍もすぐれているんですよ」
「……あんたも、微妙なフォローを入れるのはやめなさい」

不思議そうに首を傾げたエステルにリタは深いため息をつくと、まだ立ち止まっているユーリの方をふり返った。
「嫌な予感だかなんだかしらないけど、私はさっさと宿で休みたいの。あんたのいいかげんな勘とやらに付き合う気はないからね」
小さく鼻を鳴らしてそう言いきると、リタはくるりと踵を返して歩き出しかけて、そのまま足をとめた。

「……前言撤回。あんたの勘、けっこういい線行ってるかも」
「はあ?」

リタの言っている意味がよくかわらず首を傾げたユーリは、彼女の肩越しに見えたこちらに全速力でむかってくる人影を見てぎょっと目をみはった。

「ユーーーーリィィィ!」

どこぞの変態ストーカーまがいに、語尾をのばして叫びながら走ってくる一人の青年。
それは間違いなく、先日騎士団長代理なる高みに登り詰めたばかりのユーリの親友の姿だった。



まるで突撃するように抱きつこうとしてきたフレンの頭を、ユーリは反射的に殴りつけていた。

「イタタタ、なにするんだいユーリ」

鼻面を叩かれた犬のように頭を押さえながら上目づかいに見あげてきたフレンに、ユーリは一瞬うっとたじろぎながらもすぐに我にかえると、その顔を睨みつけた。

「なにすんだじゃねえだろ。その勢いでぶつかられて俺が平気だと思うのか!」
「大丈夫だよ、ユーリなら」

にこにこと音が聞こえそうなほどのんきな笑顔に、もう一度そのひよこ色の頭を殴ってやろうかと思いながらも、ユーリはなんとか堪えた。

「それよりも、ひさしぶりだね」
「……ん? ああ、そうだな。そういやおまえ、オルニオンの方はいいのか?」

もちろん、とフレンはにこやかに答えた。

「あちらのことはソニアにまかせてきてある。僕もすぐに戻る予定だけれどね」

つまり、野放しってわけか。
ユーリだけでなく、パーティ全員の頭にその言葉がよぎる。
つんけんしてあまり印象のよくない彼女ではあるが、なんだかいまは無性にその存在が懐かしい。

「ユーリたちも今日はこの街で宿を取るんだろう?」
「……あ、ああ。そのつもりだけど」
「じゃあ、僕に手配させてくれないか? いつもすれ違いばかりで、ゆっくり話す機会も少ないし」

いいよね?と有無を言わせない笑顔でたたみかけてくるフレンに、全員の視線がユーリに集まる。

「もちろん宿代は、騎士団持ちで」
「よろしくお願いします」

その一言で、パーティのお財布係のカロルがちゃっかりと返事をしてしまう。となれば、別に断る理由もないユーリも頷かざるをえない。

「じゃあ、手配してくるね。あ、街の中心にある赤い屋根の宿だから」

そう言うが早いか、フレンはどさくさに紛れて一度ユーリに抱きついてからさっさと踵を返すと、小走りに駆けていってしまった。

「さて、というわけで宿も決まったことだし行きましょうか?」

嵐のように去っていったフレンを見送りながら、にこりとジュディスが微笑む。それにユーリは渋々頷くと、小さくため息をついた。



「で、なんでオレがおまえと同じ部屋なんだ?」

部屋のドアに寄りかかりながら、ユーリは半目でベッドに座っているフレンの顔を睨みつけた。

「何か問題でもあるかな?」

本気で不思議そうに小首を傾げたフレンに、やはり反射的に頭をはたきたくなるのをなんとかこらえる。フレンに悪気はない。悪気はないのは、わかっているのだ。

「それよりもユーリ」

ぽんぽんと自分のとなりを叩いて呼ぶフレンに、ユーリは盛大にため息をつきながら扉から背を離した。
隣に腰をおろしたユーリにそのまますり寄ってくるフレンに抱きつかれながら、ユーリは彼が前よりもすこしやつれたことに気がついた。
無理もない。住民たちを守りながら一から街を作りあげ、その治安や維持に尽力し、それと同時に騎士団長としてのつとめも果たしているのだ。一介の小隊長だったころとは、比べものにならないほど忙しいに違いない。
なんとなく抱きつかれながらその頭を撫でてやると、ちょっと驚いたように青い目が丸くなり、すぐにまた嬉しそうに細められる。そうやっていると、なんだかラピードとはまた違う大きな犬に甘えられているような気分になってくる。
もともとフレンは、子供のころからどこか犬っぽいところがあった。
よく抱きついてくるくせも昔からで、さすがに年頃になってからは何度もむやみに抱きつくなといいきかせたのだが、いまだに改善される気配はない。
もっとも、これはユーリの側にも責任があるのかも知れない。
あまりに小さいときからフレンに抱きつかれるのが普通のことだったので、つい怒るタイミングを逸してしまうのだ。

「……って、てめえっ!!」
「イタッ!」

ぺろりと首筋を舐めてきたフレンに、ユーリは容赦なく頭の上に拳を落とした。そのまま横倒しに呻きながら倒れるフレンに、追い打ちとばかりにさらに掌で頭をはたく。
まったく、油断も隙もない。
この隙に逃げるかと立ち上がりかけたユーリは、くいっと後に引っ張られる感覚にふり返り、そして後悔した。
ベッドに突っ伏したまま、横目でじっと恨めしそうにフレンが見あげている。上着の裾を掴んでいる手に、おまえはガキかと怒鳴りつけてやりたくなるが、じっと見つめてくるその目が捨てられた子犬のような哀愁を帯びていて手が上げられない。

「……うおっ」

しかし一瞬迷っている間に、上着を掴んでいた手に強くひかれてベッドに引き倒されてしまう。そしてそのままフレンの腕に抱き込まれ、今度こそ逃げられないように強く抱きしめられる。

「フレンっ!」
「久しぶりに会ったんだから、もう少し君を感じさせてよ」

耳元で甘くそう囁くと、フレンはぎゅっとユーリの身体を抱きしめて安心したように首筋に顔を埋めた。
まるで本物の犬のように匂いをかがれて、ぺろりとまた舐められる。
まだ陽が高いとか、みんなのところに顔を出さなくてはとか、色々なことがユーリの頭の中を駆けめぐる。だけど、結局はこのままなし崩しになってしまうことは、ユーリにもわかっていた。

「……夕飯、お前が運んでこいよ」
「うん! もちろん腕によりをかけて……」
「買ってこい」

これから消耗させられることを考えたら、殺人ポイズンクッキングまでたいらげる自信は、いまのユーリにはない。
まだ納得いかないような顔をしているフレンの頭を引き寄せると、ユーリは頬にキスをした。それだけで、ころりとフレンの顔が笑顔に変わる。
その愛すべき単純さを、喜んでいいのか呆れていいのか複雑な気持ちになりながら、ユーリはそっと目を閉じた。



「あれ? ユーリは?」

夕食を取るために宿の外に集まったメンバーを見て、カロルが小さく首を傾げた。

「今頃ワンコにエサをやっているんじゃないの?」
「わんこ……?」

ラピードならすでに餌をもらっていた気がするのだがと首を傾げたカロルの目の前に、ジュディスがかがむようにして顔をよせてくる。

「ユーリは、お友達とお話があるんじゃないかしら。だから、私たちだけで食べてきちゃいましょ」
「あ……うん、そ、そうだよね。久しぶりにフレンに会ったんだし!」

かがんだジュディスの魅惑的な谷間が目の前にきて、目のやり場に困りながらカロルが上擦った声をあげる。

「ほらほら行くわよ。嬢ちゃんに、リタッち」
「うっさいわね」

文句を言いながらも連れだって歩きはじめる仲間たちの一番最後を歩いていたジュディスが、ふと宿の方をふり返る。
そして小さく肩をすくめると、みんなの後を追うように早足で歩きはじめた。



END
(09/02/23)



素敵ネタをくださった、いくじさんに捧げます。