告白は慎重に




その願いがかなうのは、奇蹟に近いことだと思っていた。


フレンが自分が幼なじみであり親友でもあるユーリに恋をしていると自覚したのは、物心つくかつかないかの頃のことだった。
その頃にはすでにたがいの両親はおらず、二人は下町の外れにある子供ばかりが身を寄せ合って暮らしている地域の小さな小屋で暮らしていた。
当時からすでにいまの美貌の片鱗をのぞかせていたユーリは、薄汚れた下町の子供たちの中に混じっていても際だっていた。もっとも、本人に自覚はないがフレン自身もそんな子供たちの中では際だった容姿を持っていた。
フレンたちが暮らしていた地域は、周囲の大人たちが親のない子供たちにも目を配っていたこともあり、下町の中でもかなり安全な地域だった。そうでなければ、悪くすれば二人ともどこかに売られていたかもしれない。
なにしろその頃のユーリは黙って立っていれば少女と言っても誰も疑わないくらいに可愛らしく、正直言ってフレンは他の女の子たちよりもずっとユーリの方が可愛いと思っていた。
たぶんもうその頃から、フレンの中ではユーリは特別な位置を占めるようになっていたのだと、今になってみれば思う。
やがて少し大きくなって自分たちでお金を少し稼げるようになると、フレンとユーリは当然のように一緒に暮らしはじめた。
この当然のようにというのが、フレンには誇らしかった。
フレンにとってユーリが一番のように、ユーリにとってもフレンが一番なのだとわかっていたからだ。
だけど二人の間にある感情に少しだけ差があることを知っているのはフレンだけで、そしてユーリはこういう方面に関しては徹底的に鈍いほうだった。
それは、よせられる想いの数が多すぎるせいもあるのかもしれない。
ユーリの魅力は、彼を知れば知るほど人々を強く惹きつけてゆく。
もちろんその皮肉の効いた物言いや態度から敵を作ることも少ないないが、そんな相手でさえ、まるで恋でもしているかのような激しさでユーリに感情をぶつけてくる。
おそらく、多くの想いを向けられる人間が時に恐ろしいほど鈍感だったり無神経だったりするのは、その重さに押し潰されないための自己防衛本能なのだろう。
だけど、だからこそ想いを伝えることがとても難しい。
そして一番心を許されているからこそ、わかってもらえない想いや言えない想いもある。
それとなく雰囲気を作っても遠回しに言葉にしても、最初からその可能性を排除されてしまうのが親友というポジションだと思う。特別な感情をむけられることが当たり前すぎて、理解してもらえないのだ。
そうでなくとも同性同士だ。ユーリは同性にもたいそうモテるが、子供のころからの親友が自分にそんな感情を持っているなど、夢にも思っていないだろう。
もし少しでも疑っているのなら、あんなにも無防備に自分に顔を寄せたり、時には勝手に人のベッドでそのまま眠ったりなどしないはずだ。
そうなのだ。
子供のころからの気安さからか、ユーリとフレンの距離は誰よりも近い。何度そのままその手をつかんで、思うままに抱きたいと思ったか。たぶんそんなことも、ユーリは知らないのだろうけれど。

だけどもう、限界だった。


* * *


「珍しいな、お前から来いなんて言ってくるのは」

いつものように窓から入ってきたユーリに、フレンは思わずため息を漏らした。

「……ユーリ、君は何度言えばそこが入口じゃないって言えばわかるのかな」
「ははっ、わりーな。どうもこっちから来る方が楽なもんでな」

よいせっと窓枠から床に着地したユーリは、腰に手をあてながら軽く首を傾げた。

「んで、話ってなんだよ」

微塵もフレンを疑っていないような、真っ直ぐな眼差し。
誰だったか、ユーリのあの目が怖いのだと言っていた者がいた。あの深い色の瞳に見つめられると、心の中まで見透かされそうな気がするのだと。
見透かされそうな気がするというのはなんとなくわかるが、怖いという気持ちがその時は理解できなかったのだけれど、いまなら少しわかるような気がする。
ほんの少しでもあの瞳が不快に歪められたら、頭の中が真っ白になってしまいそうな予感があった。

「……好きなんだ」
「ん?」

ぱちりと、黒葡萄色の瞳が怪訝そうな色をのせて大きく瞬く。
傾げられた首筋に、さらりと夜の色をした髪が流れ落ちるのが見える。

「君が、好きなんだ。ユーリ」
「……なんだいきなり。俺もお前のこと大好きだぜ」
「そうじゃなくて!」

思わず高ぶってしまった声に、ユーリがきょとんとした顔でこちらを見るのがわかる。

「そうじゃなくて……君が好きなんだ。その、そういう意味で……」

ついに言ってしまった。これでもう後戻りは出来ない。
じっとこちらを見ているユーリの表情が、その言葉にかすかに強ばるのが見える。本当はそのまま目をそらしてしまいたい衝動にかられるが、フレンはなんとかこらえた。ここで目をそらしてしまったら、すべてが崩れ落ちてしまいそうな気がする。
ほとんど裁きを待つような気持ちで、フレンはユーリの顔を正面から見つめた。
拒まれても、覚悟は出来ている。いや、本当はきっとものすごく辛いだろうけれど、一応引き下がる覚悟は出来ている。……本当のところは、やっぱりわからないけれど。
鼓動が、ありえない早さで高まってゆくのがわかる。
それは、時間にして30秒もなかっただろう。
小さなため息の音ともに、さらりとユーリの髪が流れる音がした。

「本気か?」
「冗談で君にこんなことが言えると思う?」

じっと黒葡萄色の瞳が、フレンを見つめる。そして、ふとその瞳が笑みの形に細められると、ちょっと意地悪そうに唇の端があげられた。

「おっせーんだよ、お前」
「……え?」

想像していたどの答えとも違う答えが返ってきて、思わずフレンは目をみはった。

「……ったく、いつ言い出すのかと思ってたらやっとかよ」
「ちょっと、ユーリ! どういうことだよ」
「さあな、自分で考えたらどうだ?」

ユーリはフレンの前までやってくると、その顔を覗き込むようにして顔を寄せた。

「あんまり遅せえから、こっちから押し倒してやろうかと思ったぜ」
「おしっ……て、ユーリ?」

すぐ間近までやってきたユーリの瞳に吸い込まれそうな錯覚を感じながら、フレンはまだ状況が理解できずに戸惑った声をあげた。

「まあ、つまりだな……。俺もお前のことが好きってことだな。そーいう意味で」

パチン、とからかうようにウインクしたユーリの子供っぽい表情よりもなによりも、その一言にフレンは思わず息を飲んだ。

「……ウソ」
「こんなことで冗談とかいわねえって言ったのは、おまえだろ」

ユーリはわざとらしくムッとした顔をつくると、まだ信じられないという顔をしているフレンの鼻先に鼻を付けるような距離で笑った。

「で、どうすんの?」
「どうって……」

まだ驚きの余韻が残っていて、それどころではない。
こんなにもあっさりと自分の思いが受け入れられるなんて、絶対に思っていなかったのに。

「とりあえず……」
「とりあえず?」

小首を傾げながら、完全にフレンの反応を楽しんでいる様子でユーリがうながす。だがこの時フレンは、完全にまともな思考を紡げないでいた。

「……結婚でもする?」

その瞬間、フレンの鳩尾にユーリの拳が綺麗にめり込んだ。



それから約一時間ほど。完全にへそを曲げたユーリの機嫌を取り結ぶのに、フレンが尽力したのは言うまでもない。




END(09/02/28)




*告白されて、受けて立つぜと珍しくやる気のユーリでフレユリでした。