ユーリが凛々の明星の再来ネタ・ED後妄想小話




帝都ザーフィアスの市民街には、時計台がある。
さる高名な発明家が設計したというその時計台は、決まった時間を知らせる澄んだ鐘の音を長くに渡って四方に鳴り響かせていた。
この音色が届く場所で生まれたものだけが、生粋のザーフィアス生まれだと名乗れるのだと言ったのは、誰だったか。子供のころは、その言葉をユーリ達と鼻先で笑ったものだ。
下町のさらに下層にいけばそんな鐘の音など聞こえるはずもなく、だから子供のころフレンが知っている時刻を知らせる鐘の音は、下町にあるちいさな教会のものだけだった。
だけど今では、その音色を聞かなくなって随分とたつ。
いまではフレンの生きる時間の中で鳴り響く鐘の音はその時計台のものとなったが、やはりフレンはいまでもその鐘の音色が好きではなかった。
残酷な時間を刻んでゆく、その鐘の音が。



夕刻を告げる鐘の音が聞こえてくる頃になると、フレンはどうしても抜け出せない用事がない限りは、かならずザーフィアス城の最上階にあるちいさな部屋にむかう。
その部屋には普段は鍵がかけられていて、その鍵を持つ者はこの城に三人しかいない。
一人は、若き皇帝であるヨーデル。もう一人はもうじき副帝の座につくであろう、かつての皇帝候補でもあるエステル。そして、フレン自身の三人である。
この部屋の中にあるもののことは、一部の者しか知らない。
誰もがそれについて多くは語らず、また語るときはかならずその瞳を悲しみに曇らせる。そう、ここは中にあるものを大切に守ると同時に、彼らにとって悲しみと怒りを閉じこめるための部屋でもあった。
重い音を立てて鍵が外れ、フレンは大きく息を吸ってから扉を押す手に力をこめた。
しかしかすかな期待は、扉の向こう側が現れると同時に落胆へと変わる。何度も何度も期待しては裏切られているのに、どうしても扉を開く瞬間は期待せずにはいられない。この扉の向こうの光景が変わっていることを。
扉の向こう側は、淡い暗闇に沈んでいる。
この部屋には窓がない。
もとは、何代も前に正気を失った皇女を密かに閉じこめていた部屋だと聞いている。
本当はそんな部屋を使うことにフレンは最初抵抗があったのだが、外からの侵入者を防ぐにも、また内部から入りこもうとする不心得者を防ぐにもこの部屋が一番適しているのだとフレン自身が一番良くわかっていた。
そう、このことを知っているのはほんの一握りの人間だけでいいのだ。
フレンはもう何度目になるかわからない呟きを心の中で繰りかえすと、部屋の中に入り扉を閉ざした。
ゆらりと壁に灯されたエアル灯が揺れる。
新しく作られた、空気中のエアルを還元させて光を作る魔導器だ。
作ったのは天才魔導少女との呼び名も高い、リタ・モルディオ。彼女はこの魔導器を作り上げると、一番最初にこの部屋の中に持ちこんだ。

『だってあいつ、顔に似合わず暗いの嫌いなんでしょ』

怒ったような顔と声でそう言った少女は、部屋の四隅に消えない明かりを灯すと、泣きそうな顔で出て行った。
自分の無力さが腹立たしい。そう呟いて。
だけど、そうやって震える小さな少女の肩を、フレンは抱いてやることが出来なかった。なぜなら彼自身が一番その言葉を痛感していたからだ。
なんて、自分は無力なのだと。
フレンは部屋の真ん中まで歩いてゆくと、そこで足をとめた。
そしてそっと手を伸ばすと、指先に触れた硬い感触に顔を歪める。
フレンの指先に触れたのは、大きな光の球体だった。それ自体がうっすらと光を放ち、そしてその表面にはめまぐるしく光の文字が帯のように躍っている。
彼は知らなかったが、それはかつて彼と同じ地位にいた男がエステルを閉じこめた球体の結界にも似ていた。
そしてその丸い球体の中央、淡い光の中心にそれとは対照的な闇の色があった。
よく見ればそれは、倒れ伏したまま丸くなっている人なのだとわかる。
流れる長い黒髪に黒ずくめの服。長身を折り曲げるようにして丸くなり、眠るときのように横顔をこちらに向けている。
男にしては白い横顔は綺麗に整っていて、長い睫が淡い影を落としている。その顔には苦悶の色はなく、ともすれば死に顔に見えなくもない。
だが、よく見えればかすかに呼吸をしているのが、その口元や胸の動きでわかる。
誰よりもフレンがよく知っている、その左を下にして眠る姿。
光の球体の中にとらわれているのは、彼の親友でもあり短い時間ではあったが恋人とでもあった、ユーリだった。



本当はなにが起こったのか、その時は誰も理解できていなかった。
ことの始まりは、帝国の魔導器排斥運動に異を唱えた一部の不満分子達の反乱からだった。
その鎮圧に乗り出した騎士団は、この反乱の影に若き皇帝ヨーデルの失脚を狙う一部の貴族と首領を失った海凶の爪の残党が関わっていることを突き止めた。
そこで騎士団はギルド側にも協力を要請し、派遣されてきたのがユーリ達『凛々の明星』を含む精鋭のメンバーだった。
そしてようやく彼らの本拠地を突き止め攻め込んだのは良かったのだが、そこで彼らが目にしたのは、使用が禁止されたはずのヘルメス式魔導器製の砲台だった。
制御装置を破壊しようと先行したユーリ達も間に合わず、充填されたエネルギー砲はまっすぐとザーフィアス城を目指していた。誰もが終わりを覚悟したその瞬間、空から一筋の光が砲台にむかって放たれた。
それは巨大な雷を束にしたような凄まじい光で、瞬く間にあたりを白く染めあげた。誰もが光から目をそらして庇い、そしてその光の輝きが薄れてようやく顔をあげたときには、砲台は跡形もなく破壊されていた。
なにが起こったのかわからず浮き足立つ兵士達を一喝すると、フレンはその場をソディアにまかせてユーリ達がむかった制御装置の方へとむかった。間違いなく彼らは、いまの謎の光の直撃を受けたはずだ。
頭の中をよぎる暗い予感に、心臓を直接掴まれたような痛みが胸に走る。
無事な姿を一刻も早く見たい。ただその想いだけで、フレンは制御室へとむかう長い階段を駆け上がった。
そしてようやくたどりついた、破壊された制御室。そこに立ちつくす見慣れたレイヴンの姿を見つけたとき、すこしだけ気が緩んだ。だがそれも、すべての階段を駆け上がるまでのことだった。
瓦礫と化した制御室の中央に、金色の光を放つ巨大な光の球体がある。その表面には金色の文字が帯のように流れていて、それが一つの巨大な術式の塊なのだとすぐにわかる。
思わず足をとめたフレンは、ふと同じように呆然とその光の球を見つめている見知った顔の中に、自分が一番求めている相手がいないことに気がつく。

「……ユーリ…? ユーリはどうしたんですか?」

答えを求めるようにふり返ったフレンに、レイヴンがまだ呆然としたままの顔をのろのろとそちらに向けた。

「青年は、あそこよ」

掠れた声とともに、指さされた方向。
そこには、あの金色の球体が強い光を放ちながら静かに浮いていた。



それからのことは、正直言ってフレンはあまり覚えていない。
取り乱す少女達やユーリを慕っていた少年をなんとかなだめ、自身も動揺しているであろうレイヴンやジュディスがなんとかその場をおさめたことは微かに覚えている。
そして、ジュディスが呼びだした精霊達。はじめて見る彼らの姿にも、フレンはなんの感慨も抱けなかった。
彼らはユーリを呑みこんだその球体を見て、そろって顔色を変えた。
水色の長い髪をもった美しい女性の姿を取った精霊が、『地上の凛々の明星』と小さな声で呟いた。その言葉に問いかけるような目を全員がむけると、彼らはようやく一つの隠された歴史を話し始めた。
『満月の子』と呼ばれる一族の血脈とは別に、『凛々の明星』と呼ばれるもうひとつの生きた封印の血脈があることを。
ザウデ不洛宮と対で星喰みを封じていた、空のはるか彼方に存在する『凛々の明星』。そのシステムにも、ザウデと同じく封印のための血脈の命が使われていたことを。
昔語りの、『凛々の明星』と『満月の子』と呼ばれる兄妹。それは実際に存在した兄妹であった。
だが、皇帝家の祖となった監視者の役目を担った『満月の子』とは違い、『凛々の明星』の血脈はひたすら隠されることとなった。その理由は今となってはわからないが、そうやって人々の中にとけ込んで行くことによって封印の血脈を広めていこうというのが狙いではなかったのではないだろうかと、精霊達は語った。
そしてその血脈の中には、時に実際の『凛々の明星』と同等の封印の力を持った者が生まれることがあるという。それを彼らは『地上の凛々の明星』と呼ぶが、『満月の子』とは違いエアルに干渉する存在ではないので、その力が発動されてようやくその存在がわかるようになることも。

「……つまり、どういうことなの?」

震える声をなんとか押さえつけながら、ようやくリタが呻くように声をあげた。

「巨大なヘルメス式魔導器が使用されて、このあたりのエアルは多いに乱れた。それに反応した空の『凛々の明星』がそれを封じるために、もう一つのシステムを作動させたと考えるのが妥当だろう」
「もう一つのシステム?」
「エアルを乱すものを封印し、還元させるためのシステムだ」
「まさか……リゾマータの公式…」

その言葉に弾かれたように球体の方をふり返ったリタは、呆然としたまま呟いた。

「そうだ」

重々しい声で、イフリートが頷く。

「『地上の凛々の明星』とは、生きたリゾマータの公式。あの青年はいま、この大きなエアルの乱れを戻すための、還元システムの媒介となっている」
「じゃ、じゃあ…、エアルの乱れが直ればユーリは解放されるんだね」

泣き出しそうになるのを堪えて大きな瞳に力をこめながら、カロルは精霊達を見あげた。
だがそんな彼を裏切るように、精霊達は小さく首を横に振った。

「……一度発動したシステムがいつ止まるのかは、我らにもわからぬ。明日かもしれぬし、何年も先のことかもしれぬ。あるいは……」

そこでのみこまれた言葉を、誰もが理解することを拒否した。
永遠か、それとも彼の命が尽きるまでか。
どちらにしても、誰もそれを認めることは出来なかった。



短い思考の空白にはまっていたフレンは、ふと我に返ると光の球体に触れたままその場に膝をついた。
そうやって視線をさげると、ようやく球体の中心で横たわっているユーリの顔がすこしだけ近くに見える。
システムにとらわれた彼を、好奇の目やあるいはその力を狙って襲ってくるかもしれない人々の目から隠すことを決めてから、もう一年がたとうとしている。
その間にも世界はめまぐるしく動き、いまではあと少しで精霊の力を利用した新しい魔導器の開発もはじまろうとしている。そこまで開発が急がれたのも、すべて彼をこの理不尽なシステムから解き放てるかもしれないという、微かな望みゆえだ。
リタの他にも何人かの元アスピオの研究員達が解読を試みたが、ユーリを中心に作り上げられているこのシステムは完全に外側からは閉じられているのだという。
それでも、今でも彼女はこのシステムを解除するための方法を模索していて、エステルもそれに協力している。
カロルは最初は意気消沈していたものの、ジュディスやレイヴンに励まされて、ユーリが戻ってきたときに褒めてもらうのだとギルドの活動に邁進している。
そしてフレンも、自分に課せられた義務と責任を果たすために日々忙しく働いている。彼が戻ってくると、信じているから。

「……そうじゃないと、目が覚めた君に怒られてしまうからね」

こつりと小さな音を立ててフレンは球体に額をつけると、昏々と眠り続けているユーリの顔を見つめた。

「でも本当は、なにもかも投げ出して君の側にずっといたいよ。たとえ、触れることが出来なくても」

バカ言うんじゃねえよ。そんなユーリの憎まれ口が聞こえたような気がして、フレンははっとしたようにユーリの顔を見た。だがその顔は相変わらず静かな眠りの中にあって、閉ざされた瞼の向こうにある勝ち気な瞳がフレンを見かえすことはない。

「どうしたら、君は目覚めてくれるんだろうね」

もしその方法がわかれば、なにがあっても自分はやり遂げようとするだろう。
そんな自分の心に気付いて、フレンは自嘲の笑みを浮かべる。これでは、知っていて罪に手を染めたユーリを責めることなんて出来ない。
ユーリがこのシステムにとらわれてからずっと、フレンは自分の生きている時間を灰色に染まった乾いた時間のようにしか感じることが出来なかった。
そんな彼の時間をきちんと毎日刻むのが、あの時計台の鐘の澄んだ音色。
だからフレンは、あの鐘の音色が嫌いだった。

「ねえ、ユーリ。早く起きてよ」

いつか自分が、あの鐘の音を打ち壊してしまう前に。
そして、自分が壊れてしまう前に。

この世界と君を引き換えにしたいなんて、考えてしまうよりも前に。




END(08/11/21)



間違いなく言えるのはこんなのフレンじゃねえってことと、書いた人の頭がとても悪いことですorz。
理論が崩壊している…。