Sweetな君




「あ……」

思わず声をあげてしまってからしまったと思ったのだが、すでに後の祭りだった。
それなりに距離があったにもかかわらず、ユーリが思わず驚きの声をあげた原因はなんの迷いもなくふり向くと、遠目でもはっきりとわかるウサギのように赤い目でじっとユーリを見つめてきた。
どうやら無視するつもりはないようだが、動く気もないらしい。
ユーリは仕方なくそちらに足を向けると、自分から彼に歩み寄っていった。

「よっ! 久しぶりだな」

軽く手を上げて声をかけるが、相手からの反応はない。思わず目の前でひらひらと左手をふると、ようやく赤い瞳が大きく瞬きをした。

「なぜおまえがここにいる」
「……いやそれ、俺のセリフだから」

いきなりの第一声がこれ。まったく、感動の再会もなにもあったものではない。
もっとも、感動の再会というのもいささかおかしいかもしれない。なにしろ彼──デュークとは、文字通りの死闘を繰りひろげた相手なのだから。
それに、再会するならなんだか人里離れた山の中のような気がしていたので、まさかこんな騒がしいカプワ・トリム港のど真ん中で、彼に出くわすとは思っても見なかった。

「見た感じ、元気そうだな」
「とりたてて今、することもないからな」
「あ〜、まあ。そうか……」

なにしろこの無気力の塊のような彼が一大決心してやり遂げようとしたことを阻止したのは、自分たちだ。それが間違っていたとは絶対に思わないが、少々気が咎める部分がないわけでもない。
それにしても、相変わらず年齢不詳な容姿をしている男だ。おっさんことレイヴンから彼の経歴を聞いたときは、すくなくとも自分より10才近くは上であることに驚くよりも、レイヴンの方に年齢が近いことに驚いたものだ。
職人が丹誠こめて作り上げた人形のように、綺麗に整った白い顔。毛先の方がくるくるとしたやわらかそうな銀色の髪。そして全体的に白い容姿の中で一際目立つ、赤い瞳。
あまりに人離れした美貌なため最初は彼が本当に人なのかと疑ったほどだが、どうやら正真正銘の人間らしい。しかしこれだけ目立つ容姿をしていながら、なぜか彼から感じられる気配は薄い。

「それで、何の用だ?」
「いや、別に用事があったわけじゃねえんだけど……」

姿を見かけたので、つい声をかけてしまった。それが正しい。だが何となく声をかけてしまったからには、このまま別れがたかった。それに、なんだかいま彼がどんな生活を送っているのかも気になる。

「とりあえず、どこかに落ち着かないか?」

なんとなく居心地が悪いので、とりあえず提案をしてみる。もちろん、断られるのを前提で。
だが予想に反してデュークは頷いた。こうして、なんとも奇妙な場が設けられることとなったのだった。



とりあえずどこかへということで二人が入ったのは、港近くの小さなカフェだった。
こじんまりとしているが、デザートが豊富なのでひそかにユーリのお気に入りだ。店の隅に陣取り向かい合わせに座ると、メニューを開く。向かい側のデュークは座ったままメニューも開かずにジッとこちらを見ていた。その顔を見ているうちに、ふと一つの連想が頭の中でひらめいて離れなくなる。
いやいや、いくらなんでもそれは単純すぎるからと思いつつも、一度頭の中で描いてしまったらもう他のものに目がいかなくなってしまう。

「珈琲とスペシャルショート。あと、ミラクルイチゴミルクパフェ」

すでに何度も来ているユーリの甘党ぶりを知っている店なので、注文に引かれることはない。驚いたのは、ユーリの目の前に座っている相手だった。

「……甘いものが好きなのか?」
「まあな。もしかして嫌いだったか?」

どうせ聞いても普通に答えないだろうと思ってさっさと勝手に決めてしまったが、もしデュークが食べないなら自分が食べるつもりだった。もちろん、量的にもなんの問題もない。
だがその答えはもっと意外なものだった。

「いや、もう随分とそんなものは口にしていないからな……」

言われてみれば人魔大戦の後、彼はその存在自体抹消されていたようなものだ。しかも自ら人を避け、誰にも知られずにエアルの調整を行いながら世界中を放浪していたらしいとも聞いている。となれば、食事などは別にしてもわざわざ甘いものを食べるようなことはなかったのかもしれない。
なんて気の毒な、と拳を握る21才。でも成人してから甘味を心の底から愛するものは少ないことを、彼は果たして気がついているのだろうか。
そんなことを思っている間に、注文したものが運ばれてくる。迷わずパフェがユーリの前に置かれ、うきうきとスプーンを手に取る。だがそこで視線を感じて前を見ると、珍しく少し驚いた表情になったデュークの顔があった。

(うわ……)

あまりにも珍しい光景に、思わずパフェを攻略する手を止める。なんというか、無表情な彼に見慣れているせいなのか、そういう顔を見るとあらためて彼が自分たちと同じ人間なのだと実感できた。

「それは、全部食べられるのか……?」
「へ? ああ、まあな」

本当はこんなのは序の口ですと言いたいが、さすがにそれが一般的な基準でないことはわかっているので口には出さない。
ちなみにミラクルとつくだけあって、いまユーリの前に置かれているパフェは高さが普通のパフェの倍ある。つまり中身は4倍以上のボリュームなのだが、もちろんなんの問題もない。
ユーリは止めていた手をまた動かしはじめると、イチゴソースのかかったミルクアイスとイチゴババロアを同時にすくった。ぱくりと口の中に入れた途端、ミルクの濃厚な甘さとイチゴの甘酸っぱい味が口の中にひろがる。
思わず頬を緩めたユーリの顔は、これが21の男かと疑いたくなるほど可愛らしい。
普段のクールな表情がそう感じさせないが、ユーリは笑うと途端に印象が幼くなる。しかも、もともとどこの美少女かとみまごう顔立ちをしているので、破壊力は甚大だ。仲間たちがユーリの甘味嗜好にやや呆れながらも咎めないのは、この笑顔がおがめるからということもあった。
だがもちろん本人には、そんな自覚は欠片もない。しかも飛びきり美味しい甘いものを食べているときは無心になることが多いので、いくらじっと見られていてもまったく気がつかない。
だからユーリは、いま目の前に座っているかつてのラスボスがどんな顔で自分を見ているのか、まったく気がついていなかった。
ミルクアイスの層が終わり、薄くスライスされたイチゴと甘いイチゴソースの層に切り替わる。そこも瞬く間にたいらげ、今度はしっかりめの甘いクリーム層へと突入する。
真っ白なクリームが、どんどんその小さな口の中に消えてゆく。やっぱりここのクリームは最高だ、と褒め称える。なにしろ、食べ終わっても口の中がさっぱりする。
もちろんここのクリームが美味しいという意見には、この店を贔屓にしている者なら誰もが頷くだろう。だが後味がさっぱりしているなどと言う感想を持っているのは、もちろんユーリぐらいだ。
そうやって夢中でパフェを掻き込んでいたユーリは、不意に口の端になにかが触れたことに気がついて動きを止めた。それはユーリの唇の端を拭うようにして離れると、ゆっくりとデュークの方へ戻ってゆく。
ちらりと視界の隅に捕らえた、デュークの白い手。それが一瞬なにを意味しているのか理解できなかったが、その桜色の爪の先に白いクリームがついているのを見て、ようやくユーリはいま自分がなにをされたのか理解した。

「お……」

思わず声をあげようとした目の前で、ぱくりとなんの迷いもなくデュークがクリームのついた指を口に入れる。それを見た瞬間、ユーリは思わず声にならない叫びを上げていた。

「どうした?」

スプーンを持ったまま硬直したユーリを見て、デュークが不思議そうに首を傾げる。

「おまえ、今なにした……」
「別になにもしていないが」

いや、しただろう。思わず心の中でそう叫ぶが、本気で不思議そうにこちらを見ているデュークを見て、肩を落とす。もしかしなくても、デュークにとっていまのは『何でもないこと』の範疇なのだろうか。あまりに相手が平然としているから、こちらの認識を思わず疑ってしまう。
じっとユーリが凝視しているのを他所に、デュークは自分も目の前に置かれた巨大なショートケーキにフォークを入れた。そして一かけ口に入れると、少し不思議そうな顔になった。

「さっきの方が甘いな……」

これがフレンだったら、おそらくなんの迷いもなく殴っていた。だが相手はあのデュークだ。どう突っ込み返せばいいのか、わからない。
ユーリは見えない何かと少しのあいだ心の中で戦ってから、白旗をあげた。
そしてなにもなかったふりをして、パフェの続きに取りかかることにした。
目の前の男にそっくりな色をしたこのパフェを食べ尽くせば、少しはこのわけのわかない気持ちも楽になるかもしれない。
そう無理矢理理由をつけて。



END(08/10/30)