罪作りな君と秋の空




「ユーリ! なんて恰好しているんだ、君は」

生徒会のテントから目ざとくこちらを見つけて駆けてきたフレンに、ユーリは引きながらも怪訝な顔をした。

「……なんだよ。ちゃんと運動靴は履いているぞ」
「そうじゃなくって! ……いいからこっちに来て」

フレンは慌てたようにユーリの腕を掴むと、こちらを見て目を丸くしているソディアに少し席を外すことを告げると、有無を言わさずに歩き出した。

「おい、なんだよおまえ。集合に遅れるだろ」

そのまま自分の腕を掴んでひっぱていくフレンに、ユーリはあわててその手を振り払おうとした。しかしがっちりと捕まえられてしまった腕は取り戻せず、そのままずるずると体育館の裏側へと引っ張って行かれるはめになってしまった。



全校をあげての体育祭の始まりが近いとあって、運動場以外に人影はほとんどない。
今朝は体育祭の準備があったためユーリよりもずっと早く登校していたフレンは、今になってそんな自分の迂闊さに舌打ちしたい気分だった。
ユーリは普段の体育の授業時はジャージを着用している。さすがに夏季は上だけ体操服になるが、下はジャージのままだ。
それはフレンがいつも口うるさく注意しているせいなのだが、今朝は生徒会の仕事の方に気を取られていて、うっかりユーリの服装チェックをするのを忘れていたのだ。
普段あまり積極的にそういう行事に参加するユーリではないが、身体を動かすのは好きなので、体育祭は毎年それなりに楽しみにしているのをフレンは知っている。
そういえば小学生の頃は、短距離走でフレンと一騎打ちすることに闘志を燃やしていたユーリがとても可愛かった。走る前からおまえを負かしてやるぜとか熱く宣言するところとか、走った後に丸い頬がリンゴのように赤くなるのとか、本当に本当に可愛かった。
今でもその可愛い姿は、フレンの心の奥にあるユーリメモリアルにきちんと分類して収めてある。特にまだ声変わりの始まっていない頃のユーリは、女の子顔負けに可愛かったので、貴重なメモリアルだ。
もちろんいまのユーリだって、フレンにとってはどんなアイドルや女優よりも可愛いと思っている。というか、いまだかつてフレンの中では、ユーリとそれ以外という基準しか使われたことはない。

「で、なんだよ。いきなりこんなところに連れ来てやがって……」

突然背後から聞こえたユーリの不機嫌な声に、フレンは一瞬夢の世界に行きそうになっていた思考をあわてて引き戻した。

「生徒会長様はお忙しいんだろ? さっさと済ませろよ」

そう言って胸を張るユーリの恰好は、体操着の上に短パン姿。そこからすらりと伸びているしなやかな足には、妙な色気さえ感じられる。
この姿を、少なくとも更衣室から運動場に出てくるまでの間に見たものが何人もいたのだ。そんな極楽を味わった連中がどれだけいたのかは惜しくもわからないが、もし見つけたらその記憶から丁寧に抹消してやらなくてはならないだろう。
事実、体育祭後、以前とはうって変わって品行方正になった生徒が数多く学園内に現れたことは、余談である。彼らは揃って綺麗に記憶を洗われたような、清々しい表情をしていたという。

「じゃあ、まず上脱いで」
「……は?」

きょとんと丸い目をさらに丸くしたユーリの顔は、これから体育祭が始まるのでなければこの場で押し倒してしまいたいほどに可愛いかった。特に普段は澄ましているくせに丸くなっている目といったら……。

「なっ、なにをいきなり言い出しやがるっ!!」

後に飛び退るようにして逃げようとしたユーリの腕を素早く掴むと、フレンはじっとその黒葡萄色の瞳を見つめ返した。

「いいから、早く脱いで」
「フレン、おまえまさかこんな時に盛っ……」
「出来たらよかったんだけどね」

心底残念そうにそう呟くと、批難のこめられた視線がむけられる。

「いいのかよ生徒会長様がこんなときにがっついて」
「……僕は、いつだってユーリにがっついていたいけどね」
「言うな、それ以上……」

ユーリは深々と溜め息をつくと、それでと問うような目をむける。

「で、なんでいきなりオレにストリップしろって?」
「ここ」

フレンはユーリの髪で隠れている鎖骨のぎりぎりのあたりを指さした。

「……ん?」
「見えているよ、跡」

言うが早いか、ユーリはバッとフレンが指さしたあたりを押さえると一気に顔を赤くした。

「だからほら、僕のジャージを貸すから着て!」
「お、お、おまえのせいだろうが……っ!」

反射的に飛んできた拳をよけると、フレンはまだ低く唸っているユーリの肩を押さえた。

「ほら、もう始まっちゃうから」
「つーか、なんでジャージ着るのに体操服脱ぐ必要があるんだよ!」

もっともだ。そもそもジャージは体操服の上に着るものなのだから、単にユーリがフレンのジャージを借りてきていれば良いだけの話だ。

「だって君、下に何か着ていたら絶対に上を脱ぐだろう」
「当たり前だろ? これから身体動かすんだから、暑くなったら脱ぐのは当然だろうが」
「だからだよ。下になにも着てなければ脱がないだろ、だから脱いで」
「……てめえ。覚えておけよ」

ユーリはワントーン低くした声で呟きながら、勢いよく体操着の上を脱いだ。
長い黒髪が一度宙に舞って落ちるのに目を奪われそうになりながら、フレンは誰にも見られないように急いでユーリに自分のジャージを押しつけると、かわりにユーリの体操着の上を受け取った。

「それから下も脱いで!」
「はああ? なんで下も脱がなきゃなんねえんだよ!」
「君のその足、破壊兵器だから」
「ンな足癖悪くねえ」
「足の一振りで人を悶絶死させられるんだから、立派な武器だろう?」
「喧嘩じゃねえんだから、そんなことするわけねえだろ! 体育祭だぜ?」
「そうじゃなくって! 君のこの美しすぎる足は罪作りだよ!」

その瞬間、ユーリは思わず可哀想なものを見るような目で親友を見てしまった。
キラキラと輝く澄んだブルーの瞳に、それこそ童話の王子様がそのまま抜け出したような甘いルックス。品行方正で教師たちからの信頼も厚く、人望の高い生徒会長。
だけどその実態は、これだ。
もちろんユーリは赤ん坊の頃からの付き合いなので、フレンが冗談を言っているわけではないことはわかっている。そう、あくまでも彼は真剣にそう思って言っているのだ。
殴るか蹴るか。
その二択が頭の中をよぎるが、これから学校を挙げての体育祭が始まるのだ。その晴れの席で、まさか血まみれになった生徒会長を全校生徒の前に出すわけにはいかないだろう。
しかも、絶対に無意識なのだろうが、フレンはユーリが一番弱い子犬のような目をむけてきている。この目には、子供のころから弱いのだ。

「……で、俺にどうしろってんだ」
「ここに僕のジャージの下があるから」
「……おまえ、それどこから持ってきた」

ここに来るまでの間、ロッカールームに寄る暇など絶対になかったと断言できる。それに、さっきまでフレンの手には自分の体操着以外なにもなかったはずだ。なのに、なぜかその手にはしっかりとジャージの下が握られている。

「細かいことは気にしないで。さ、早く!」
「さ、早くじゃねえ! ……あああ、もう、わかったよ! おまえの言うとおりにすりゃいいんだろ。ほら貸せよ!」

ユーリはヤケになってジャージを受け取ると、男らしくさっさと短パンを脱いでジャージに足を通した。
その姿をじっくりと観察しながら、フレンは受け取ったユーリの体操着一式に当たり前のように顔をよせ、ふわりと薫ってきたユーリの匂いに一瞬目を細めた。

(いやいや、平常心)

平常心もなにもその行動がすでに問題なのだが、フレンは無駄に爽やかな表情で顔をあげると、せっかく自分が貸したジャージの前をいつものように半分近く閉じようとしないユーリに、ため息をつきながら前をしめさせた。

「さ、行くよ」
「へいへい」

ユーリは肩をすくめながら、それでもフレンの隣に立って歩きはじめた。
ちなみに先ほどのフレンの行動にユーリが突っ込まないのは、それがすでに当たり前の行動としてユーリの中にすり込まれてしまっているからだ。
実のところを言うと、そういうフレンの刷込成功例は随所に影響を及ぼしている。

「前、開かないようにね」
「うっせーな。わかってる」

面倒くさそうに答えるユーリに、どうだかとフレンは内心ため息をつきながらも、ホッと胸をなで下ろした。
これから思いきり暴れるというのに、こんな薄い布地一枚の体操服を着たユーリを全校生徒の前に晒すことなんて出来るわけがない。
もちろん、鎖骨ぎりぎりの場所に跡を残したのはわざとだ。
フレンは自分のもくろみが半分は成功したことを密かに喜びながら、隣で不機嫌になっている親友の手を軽く叩いた。


だが、その日の晴天に負けてユーリが思いきり前を開くのを見るたびに、フレンは生徒会テントから飛び出す羽目になる一日が待っていることを、その時の彼は知るよしもなかった。



END
(09/01/22)



ギャグを書ける方を尊敬します…