君と繋がりたい




「あら、どうしたのそれ」

一戦闘終わって、落とした鞘を拾い上げていたユーリの左耳を指さして、ジュディスが訊ねてきた。

「ん? なんだ?」
「あなたの左耳についているイヤーカフよ。どうしたのそれ?」

ジュディスはそういってユーリの近くまでやってくると、そっと耳に触れた。

「髪に隠れて見えていなかった、ってわけじゃないわよね?」
「まあな。このあいだフレンからもらったんだよ。すっかり忘れてたんだけどな……」

二人の様子に他の仲間たちも集まってきて、かわるがわるユーリの耳につけられたイヤーカフを見る。

「ふ〜ん、騎士隊長さんてばずいぶんと奮発したじゃない。それ、けっこうな値打ちもんよ。青年」
「そうですね、はまっている石も本物ですし。……というかこれ、細かく砕いた魔核じゃないでしょうか」
「えっ? どれどれ?」

魔核と聞いて、途端にリタの目の色が変わる。もっとよく見せろとばかりに耳を下に引っ張られて、ユーリは慌てて手で耳を覆った。

「別に、もういいだろ」
「よくない」
「よくありません」
「よくないねえ」
「どうかしら?」
「つか、さっさと見せなさい」

苛立った魔導少女が、ユーリの上着を掴んで身を屈めさせようとする。その弾みに、うっかり大きく開いた胸元がさらに大きく開いてしまい、リタは真っ赤になりながら慌てて上着から手を放した。

「ちょっ、ちょっとあんた! さっさと直しなさいよ!」
「直せって、おまえがやったんだろうが」

やれやれち小さく肩をすくめながらユーリは前を直すと、あらためて仲間たちの方をふり返った。

「なんだ?」
「いーや、なんでもないよ。青年」

なぜかそこには大変イイ笑顔の仲間たちがいて、ユーリは多少疑問は感じたものの、すぐにそんなことは忘れてそっと左耳のカフに触れた。
もらったはいいものの、もともと装飾品をつける習慣がないのですっかり存在を忘れていたのだが、今朝荷物を整理しているときに転がり出てきたのだ。
せっかくもらったものだし、つけてみると意外にそんなに違和感もなく邪魔にもならなかったので、そのままつけることにしたのだ。ついでに、渡されたときにお守りがわりにと言われたことも思いだしたので、少々験担ぎの意味もある。
実際、そのおかげかどうかいつもよりも身体が軽く感じられた気がしたのだが、ほんの小さなものとはいえ魔核なのならその加護があったのかもしれない。
あいつもなかなか気の利いたものを寄越すじゃないか、とユーリが関心しかかけたところで、不意に小さなベルの音を聞いた気がして、ユーリはきょろきょろとまわりを見まわした。
どうやらベルの音が聞こえたのは自分だけではないらしく、みんな不思議そうにあたりを見まわしている。そのうち、何かに気がついたのか「あっ」とカロルが声をあげた。

「ユーリ、なんか、そこから音がしてるみたいなんだけど」

おそるおそるカロルが指さしたのは、ユーリの耳につけられたカフ。まさかと思いつつ耳を傾けてみると、たしかにそこから音がしている。

「なんで音が鳴ってんの? いや、音が鳴るのはいいんだけど。なんで?」

きょとんと目を丸くしながら、リタが呟く。
そんなことを言われても、一応魔導器の権威である彼女が首を傾げているのに、自分たちがわかるはずがない。
とりあえず外してみるかと手を伸ばしてカフの石に触れると、パチンと小さな音がしてなにかが繋がったような感覚があった。

「へ?」
『ユーリ、聞こえるかい?』

なぜかそこから聞こえてきたのは、その場にはいないはずの人間の声。全員の視線が左右に振られるが、やはりこの場には自分たちしかいない。

「ま、まさかお化……」
「非現時的なことを言うなっ!」

最後までカロルが言うよりも早く、リタの鉄拳が炸裂する。だが、そんな彼女こそが、一番青ざめている。

『ねえユーリ、返事をしてくれないかい?』
「え? あ、おっ、おう……って、フレンか?」
『正解』

思わず声がワントーン跳ねあがると、可笑しそうに声が答えた。

『やっとしてくれたんだね。この目で見られないのが残念だけど、きっとすごく似合っているよね』
「って、さらりと普通に話してんじゃねーよ!」

いるのか? どこか近くにいるのか?
思わずモンスターの気配を探すよりも真剣にフレンの気配を探るが、感じられない。ついでにこの中で一番勘の良いラピードに目を向けるが、ぱたりと尻尾を振られただけだった。

『探しても僕はいないよ。いま僕は、帝都に戻っているから』
「じゃあなんでお前の声がきこえんだよ!」
『君に渡したそのイヤーカフ。それね、僕の魔導器と繋がっているんだ』

一瞬、なんとも言えない間が落ちる。
なんか、ものすごくありえないことを聞いた気がする。

「……あのさ、悪いけどもう一回いってくんねえ?」
『だからそのカフ、僕の魔導器と繋がっているんだよ。便利だよね』
「ありえないわ!」

間髪入れず、魔導少女が叫ぶ。でも実際の所なんか繋がってるみたいなんだけど、とその場にいたリタ以外の人間が全員心の中で突っ込む。

「ど、どうやって……。いや、そもそもありえねえだろ、遠くの声が聞こえるとか」
「あら、ナギーグでバウルの声を聞いたりとかはできるわよ」

のほほんと笑いながら、ジュディスが混ぜ返す。でもそれ、クリティア族の特殊能力ですから。

「……俺はクリティア族になった覚えはない」
「あら、残念ね」

なにがどう残念なのかわからないが、耳元でユーリユーリとうるさいのでフレンの方へ意識を戻す。

「おまえ、なにをやったんだ……」
『ウィチルがね、試験的に開発してみたんだよ。成功するかはわからなかったんだけど』

ようやく納得できる理由が出てきて、ユーリはなるほどととりあえず納得しておくことにした。どういうからくりかわからないが、とりあえずこの怪現象は魔核の力によるものらしい。

『でも、これで離れていてもいつでも君の声が聞けるんだね。嬉しいよ』
「……」

何の臆面もなくさらりとそんなことを言う恥ずかしい親友に、ユーリは深いため息をついた。
ちなみにフレンとは、一応そういうお付き合いがある。ユーリ自身が淡泊なせいかあまり甘やかな関係ではないが、たしかにたまにぼんやりと声が聞いてみたいなどと思うこともある。

「……まあ、たしかにこれでお前とは連絡がつきやすくなったのはたしかだな」
『うん。だから、寂しくなったらいつでも連絡してきてくれてかまわないよ。僕は24時間いつでもOKだから。それよりも僕の方が我慢しきれず連絡してしまいそうだけどね』

ふふっ、と甘い笑い声が聞こえてユーリは思わずどういう顔をしたものかと、そろりと視線を横に流した。
気がついてはいたが、全員の目がこちらに向いている。

「でも、よく成功したな。これ」
『そうだね、おまじないが効いたかな』
「おまじない?」
『そうだよ。君と繋がりたいって、ずっと念じていたからね。だからきっと奇跡が起こったんだと思うよ』

おまじないというよりも、それは呪いではないのかという思いがちらりとユーリの脳裏を掠める。認めたくはないが、フレンなら呪いに近い勢いで願いを叶えそうな気がする。

「ま、奇蹟だかなんだか知らねえが、便利なことはたしかだな」
『うん。いつでも声を聞きたいときに聞けるんだものね。これで僕も一安心だよ』
「……フレン」

色々と気になる点はあるが、さすがは親友、そこまで自分のことを心配してくれていたのかとすこし感動する。
だが、その感動は長続きしなかった。

『本当にね、君の声が聞けないと寂しいよ。特に、あのときの可愛い声とか。でもこれで安心だね、これで君がこの向こうで一人でしているときの声を聞かせてくれればそうぞ……』
「うわああああっっ!」

なんだかとてもアダルトなことを言いだした幼なじみに、思わず叫び声をあげながら視線を巡らせると、お子様たちの耳はすばやく保護者たちによって塞がれているのが見えた。よろしい。大変教育上好ましくないセリフは、どうやら聞かれなかったようだ。

『どうしたんだい? ユーリ。なんだったら毎晩自分でしてるときの声を……』
「いいかげん黙れええええっ!」

ユーリは慌てて握りしめていたカフを地面にたたき付けると、念入りに足で踏みつけた。

「あ──っ! なにすんのよっ!」

ぴたりと押さえられていた耳をなんとか自力で解放させたリタが、眉毛を釣り上げる。

「いいかリタ。これは呪いの品だ。いま判明した」
「はあ? なに言ってんのよ」
「いや〜、リタっち。本当にそれ、呪いの品だわ」
「持っていたら絶対に呪われるわね、間違いなく」
「私、呪いの品なんてはじめて見ました」

口々に呪いと口にする仲間たちに、さすがにリタも気味が悪そうにぺちゃんこになったカフを見つめた。

「……ま、まさか。じょ、冗談でしょ?」
「いいや。持っているだけで絶対に呪われる」

うんうんと真剣な顔で頷いている大人たちに、リタもなんとなくしっくりはこないものの、さすがに近づく勇気はなかった。

「それよりも、こんな呪いの品を寄越した相手にはきちんとお返しをしなくちゃね」
「ですね」
「……おっさんは、遠慮しとくわ」

なぜか突然好戦的な雰囲気を漂わせはじめた年上の少女たちに、リタはますます不思議そうに首を傾げた。


そしてその横では、その呪いの品を受け取ってしまったユーリが、癒しを求めて純真なカロル先生を後から抱きしめながら深々と溜め息を漏らしていた。




END(初出08/10/23)(08/10/26)