路地裏の青空




昨日までの雨が嘘のように晴れ渡った青い空をみあげながら、ユーリは大きく瞬きを一つした。
今日の空の色は幼なじみの瞳の色を思わせるような青で、みあげているだけでなんとなく心が浮き立ってくるような気がする。
たとえいま自分がいるのが狭い路地裏で、見あげる空が狭い僅かな隙間からのぞいでいるものだったとしてもだ。
座った木箱の上で足をぶらぶらとさせながら、ユーリは朝食を仕入れに行った親友が戻ってくるのを、今か今かと待ちわびていた。
やがて、軽い足音がこちらに向かってくるのが聞こえてくる。
ユーリは黒くまっすぐな髪の上に立つ長い耳をぴくりと震わせると、路地の入口のあたりをふり返った。

「ごめん、ユーリ! 遅くなった!」

足音とともに現れたのは、お日様のような金色の髪をもった少年。その瞳は先程ユーリが見あげていた今日の空と、全く同じ色をしている。そしてその頭には、ユーリと同じ長い耳。だけど彼の耳はユーリとは正反対の、白い耳だった。

「パン屋が混んでたから、ちょっとおじさんを手伝ってきたんだ。でもほら、おまけしてもらったよ」

少しだけ申し訳なさそうな顔をしながらも嬉しそうに少年は言うと、ぶすっとしたまま自分をみているユーリの顔を不思議そうに見つめた。

「ユーリ?」
「フレン、なんか忘れてないか?」

こてんと小鳥のように首を傾げたユーリに、フレンはああという顔になる。

「ごめんごめん。おはよう、ユーリ」

そう言うと、フレンは自分の白い耳をちょこんとユーリの黒い耳に触れさせた。
今日はフレンだけ早朝から手伝い仕事に出ていたから、挨拶がまだだったのだ。
いつもなら朝目が覚めてすぐに隣にいるから、もう終わっていた気がしていた。だけど、ユーリはそれがどうやらお気に召さなかったらしい。
フレンはまだちょっとむくれているユーリと並んで座りなおすと、抱えていた紙袋の中からパンを取りだした。

「はい、ユーリの好きな蜂蜜黒パン」
「……おう」

黒パンの表面にたっぷりと蜂蜜を塗って挟んだそのパンは、甘いものが大好きなユーリの好物だ。
一口かじりつくと、ムスッとしていた顔が途端に緩む。もともと可愛らしい顔をしているユーリは、そうやって笑っているとまるで女の子のように可愛らしい。いや、女の子よりもずっと可愛いと、フレンは密かに思っている。
もちろん、ユーリ自身には秘密だ。
長いもふもふのウサギ耳だって、自分よりもずっとユーリの方が似合っている。
フレンの耳も毛並みの揃った白くて内側がすこしピンクのかった綺麗な耳だが、ユーリの耳はそれ以上だとフレンは思っている。
艶々とした黒い毛並みは触るとしっとりとした柔らかな感触で、上等のベルベットを思わせる。髪も黒くてまっすぐな綺麗な髪なので、さらにその艶が増して見える。
実際、可愛らしい顔立ちのユーリの頭の上にウサギの耳が揺れている姿は、たいそう人目をひく。亜人族はこのテルカ・リュミレースでは珍しい存在ではないけれど、街の中を駆け抜けてゆくユーリを誰もがふり返ってゆく。

(だから、僕がしっかりしなくちゃ。)

孤児である二人にも、一応保護者らしき人物はいる。
下町の世話役もしているハンクス爺さんはたしかに頼れるしいい人だが、フレンは自分の力でユーリを守りたいと思っている。
もちろんユーリ自身も決して弱くないけれど、守りたいのだ自分が。

「フレン? 食べないのか?」

怪訝そうなユーリの声に、はっと現実に引き戻される。
葡萄色にも見える黒い瞳が、じっとフレンの顔を見つめている。それに笑い返すと、フレンは自分の分のパンを袋から取り出してからユーリに袋を渡した。
中をのぞき込んだユーリの顔が、ぱっと明るく輝く。
おまけしてもらったパンは、ユーリが好きそうな甘いパンだ。いそいそとパンを取り出したユーリは当然のようにそれを半分に割ると、少し大きい方をフレンの方にさしだした。
そのパンを受け取りながら、フレンは眩しいものを見るように目を細めた。
大事な大事な、幼なじみ。
耳に耳で触れさせてくれるのは最高の信頼の証で、そしてユーリはフレンだけにそれを許してくれている。
粉砂糖のかかった甘いパンにかじりつきながら、ふとユーリがこちらを見て笑う。
大好きな幼なじみ。
これからもずっと自分たちは一緒にいるのだ。
ユーリのいない世界なんて、フレンには考えられない。

だからなにがあっても、彼を守るのだ。
それがこの小さなうさぎ耳の子供の、大きな願いだった。



END (08/12/18)

*拍手から再録。