ぬくもりの半分




夏が最後の力を振り絞ったような暑い日々が終わりを告げると、急速に秋が深まってくる。
真っ青だった空の色がすこし薄くなり、風も匂いを変える。下町の大通りを行き交う人々もそろそろ上着を羽織った者の方が多くなり、石畳に響く足音も気のせいか高く聞こえるようになってきていた。
そんな人々の間を縫って、一人の黒髪の少年が走っていた。
少年とすれ違う人々はその急ぐ姿に目を止め、そして次の瞬間にはほとんどの者が瞳を和ませた。思わずそうしたくなるほど、その子供は可愛らしい姿をしていた。
肩よりもすこし長いくらいに揃えられた髪は青みのかった黒髪で、艶々としていかにも触り心地が良さそうだった。そしてその黒髪に縁取られた顔は少女のように愛らしく、だが瞳のきつさとぷっくりとしたとがり気味の桜色の唇が勝ち気であることを雄弁に物語っている。
そして、その頭には走るたびに風に揺れる長いウサギの耳。髪と同じ黒い色をしたそれは艶々とした短い毛に覆われていて、動きにつれてふわふわと動きさらに可愛らしさを強調していた。
このテルカ・リュミレースでは、亜人族は特に珍しい存在ではない。クリティア族と同じように独自の町を築きあげている亜人族たちもいるが、多くの者達はこうして普通の人間に紛れて暮らしている。
特にここ帝都ザーフィアスは亜人もクリティア族も多くすんでいるので、奇異の目で見られることもほとんどない。だから少年も下町の貧しい暮らしではあったが、それなりの暮らしを送っていた。
「ユーリ!」
突然横から声をかけられて、少年はぴょこんと長い耳を揺らしながら足をとめた。そのままくるりと声がした方へ身体を向けると、彼──ユーリは勝ち気そうな瞳を大きく瞬かせた。
「なんだ、フレンか」
「なんだはないだろ、ひどいな」
そういいながらユーリのすぐ側までかけてきたのは、彼と同じように長いウサギの耳を持った金髪の少年だった。
ユーリとは違いやわらかそうな金色の髪は短く切りそろえられ、丸みを帯びた瞳は空の色をそのまま映しこんだような明るい色をしている。まるで聖堂に描かれた子供の天使のような姿をした彼は、すこし下にあるユーリの顔をのぞき込むとにこりと笑った。
「良い物をもらったんだ、一回家に戻ろう」
「良い物? なんだよ」
「いいから!」
フレンはユーリの手をとると、そのまま駆け出した。
「あ、おい! ちょっと待てよ!」
突然走り出されて、ユーリは戸惑いながらもフレンに手を引かれながら一緒に走った。
彼らが一緒に暮らしている共同住宅の前までやってくると、フレンはここで待っていてと言い置いて自分だけ部屋にあがって行ってしまった。一人残されたユーリはわけがわからないまま壁にもたれかかると、ぶるりと小さく身体を震わせた。
走ったばかりだというのに、すっかり冷たくなった風は微かに汗ばんだ肌を急速に冷やす。ユーリは自分の身体を手で擦りながら温めようとしたが、上手くいかない。寒さに耳もぺったりと伏せてしまったところに、不意に後からふわりと温かなものが肩にかけられた。
驚いて背後をふり返ると、にこにこ顔のフレンがいる。ユーリは自分の肩にかけられた温かなものがやわらかなピンク色をしたマフラーだと言うことに気がついて、目を丸くした。
「これ、どうしたんだよ」
「雑貨屋のポリー姉さんが使いなさいって。だからユーリが使いなよ」
「え? お前がもらったんだろ、これ」
いったい何を言い出すのかと首を傾げると、フレンはニコニコ笑いながら小さく首を横に振った。
「だってこれ、ユーリの方が絶対に似合うよ。可愛い色だし」
「可愛い言うな」
ムッと頬をふくらませると、ごめんごめんとすぐに謝られる。
「お前の方がこういうのは似合うだろ、普通」
「なに言ってるんだい、絶対にユーリの方が似合うよ。それにユーリ、寒がりじゃないか」
「お前の方が寒い寒いよく言ってるだろ」
ユーリが肩からマフラーを外そうとするのを押しとどめると、フレンはため息を一つついてからユーリの顔を仕方なさそうにのぞき込んできた。
「じゃあ、こうしようか」
フレンはマフラーの端を掴むと、ユーリの首に一巻きしてから自分の首にも同じように一巻きしてぎゅっとユーリの手を掴んだ。
「ほら、これで二人とも温かいよ」
ニコリと優しく笑われてようやくユーリは我に返ると、慌てて赤くなった頬を隠すようにマフラーに顔を埋めた。
「ね、寒くないでしょ?」
フレンはユーリの手を握ったまま肩を寄せると、目だけ覗いているユーリの顔をのぞき込んできた。
たしかに彼が言うとおり、さっきまでの寒さが嘘のように温かい。
ユーリは小さく頷きながら、はたしてこの温かさはこのマフラーのおかげなのかそれとも二人で一緒に巻いているからなのか、悩むこととなった。



END (08/11/02)

*うさ耳課題クリア!